私の家族のよもやま話

所長のカウンセリングアドバイス:心の思春期

yokoitomizou 2016年10月4日 by yokoitomizou

「心の思春期」

我が家にも、思春期真っ盛りの娘が二人います。

長女は約6年前に大爆発をして迎えてくれました。

本人は今となったら、何故に反発していたか!

その経緯に関しても、あまり覚えていないようです。

今は、落ち着いて「大人の対応」が身に付いて来ているようです。

必要な時にだけ頼りにして、後はマイペースで過ごしています。

次女は、現在継続中!

長女とは違うタイプの反抗期を迎えてくれています。

此れも通過儀礼ですから、子供の成長を見守っています。

「LINE」というアイテムを使い、コミュニケージョンをとる事も出来ます。

其々の子供のタイプに合わせた思春期を迎えて貰い、

親としても上手く対応出来ればと思っています。

心の世界に居ているお陰で、子供達の成長として反抗期を観る事が出来ます。

 

思春期は、子供の心から大人の心に成長していく大切な時期です。

物事の捉え方が「0か1」の世界の子供の心から

「0と1の間のグレーゾーン」を使い分け、割りきる世界に入ります。

その為に、今までの考え方を一度壊し、

新たな「私」を再構築する時期です。

この時に「大人びた子ども」は対応が難しいです。

親の望む姿で生きてきた子供にとって、とても怖い事です。

親に拒絶される恐怖を感じて、心を成長させません。

何時も親(相手)の顔色を観て、親(相手)が喜ぶ姿を選びます。

結果、自分本来の姿を見失ってしまいます。

思春期は、本当の自分を創り上げていく時期です。

「心の親離れ=自律」の時期なのです。

物理的な自立は、親を喜ばすためにも甘えて、頼れば良いと思います。

「心の自律」が出来る事が重要です。

カウンセリングの世界では、「心の自律」が出来ていない方々悩まれています。

悩まれているからこそ、「心の自律」に気付かれて、変わっていきます。

カウンセリングを受けに来られて方は、

いま正に「こころの思春期」を迎えようとしている方です。

世間一般の青春期との捉え方ではありませ

「心の親離れ=自律」が出来て、思春期卒業です。

カウンセリング中は、思春期真っ盛りです!

 

夏の風景01

 

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所長のカウンセリングアドバイス:ただそこに居てくれる存在感

yokoitomizou 2016年9月13日 by yokoitomizou

ただ、そこに居てくれる存在感!

これは、カウンセラーとしてのテーマでもあります。

ただ、そこに居てくれているという、「安心感」が

私達は、癒されます。

私が、見る事ができなくてもいい!

私が、話し掛けれなくてもいい!

私の事を見てくれなくてもいい!

私の問いかけに何も言わなくていい!

私の話をたとえ聴いてくれなくてもいい!

ただそこに居てくれるだけで、何となくホッとする安心感!

この存在が、「家族」であり「家」であります。

私がこの事を実感したのは、父親が死んだ時です。

40年前、父親は「食道がん」の大手術のお陰で寝たきりになりました。

家族が皆で看病をしました。

最後は、自分では何もできない状態でした。

全身麻酔で「気道切開」をした関係で、

声が出にくくなり、最後はほぼ出なくなっていました。

自分の力で、何も出来ない、トイレも出来ない状態でした。

話し掛ける事、目を合わせる事が体力を奪うので、話も出来ませんでした。

ただ、そこに居てるだけ。

でも父親は存在していました。

本当に、父親が死んでもそこに「亡骸」がある限り、父親は存在しました。

そこに、父親が居たのです。

語りかけても、返事が無い。

見ても見返して来ない。それでもそこに居ました。

父親を棺に移し、担いでお寺に運びました。

その瞬間から、父親が居なくなりました。

家に居なくなったのです。

心の中にぽこっと「穴」が空きました。

ただ、居てくれているという存在感が、

私を安心させていました。

大きな存在でした。

今は、女房が私の

「ただ、そこに居てくれる存在感!」で居てくれています。

 

今、私は娘達に、この存在感を与えているのでしょうか?

何があっても、安心できる。

辛い時、

悲しい時、

苦しい時、

淋しい時、

潰れそうになった時、

嬉しい時、等色んな時、

ただそこに居てるだけで安心できる存在感を、

私は、娘達に感じさせているのでしょうか?

私としては感じさせているつもりですが、

娘達が実感してくれているかは、

娘達でなければ分かりません。

答えが出る時は、

私が死んだ時かもしれません。

「ただ、そこに居てくれる存在感!」になれる様に

頑張ります。

そして、「TKN心理サロン」とい存在が、

あそこにあるだけでいいんだ。

頼る必要はないんだ。

ただ、そこにあるだけで。

みんなの

「ただ、そこに居てくれる存在感!」と成れる様に

努めます。

 

ピンクの蓮1

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TKNブログ:またまた裏切られました

yokoitomizou 2015年3月26日 by yokoitomizou

またまた裏切られました。
20年間、嘘をつかれ騙されました。
私の母親から!

20年前
私の事を「裏切り者」と罵り、
私より兄を選んだ母親。
私は平等で良かった。

その時、私は母親を切った。
でも、母親ゆえに今まで、関わってきた。女房と共に。
何時か、ワダカマリが解け、分かり合える時が来る事を、微かに望みながら。

しかし、また嘘をつかれ裏切られた。

20年間、兄と連絡を取り続けていた。
「娘の結婚式に出て欲しい」とまで言われるぐらいに。
口では、「私の事が一番気に掛かる」と言いながら。

私が兄から追い詰められ、家の仕事から追い出された事も
「私が、仕事を嫌って、他の仕事がしたいから会社を辞めた」と。

私の家を、兄から脅しを掛けられ、追い出された事も
「今の家は嫌だから、もっと広い明るい家に引っ越した」と。

総て、母親にとって都合の良い様に親族や周りの人に言い触らしていた。
周りに人から母親が良い人で居られるように。

兄を選んだ母親のケアは、兄が面倒をみるべきだが
この事が分かるまでは女房共々、
母親を引き取り、面倒を看なければならないと思っていた。

でも、もう限界を超えてしまった。
「もうこの先、関わる事は出来ない。縁を切る」とまで、言った。

こころの中に閉じ込め封印していた、「怒り」が一気に爆発した。
再び嘘をつかれ、裏切られた事により。
母親は、ここ迄するか!

母親の気持ちは、
「子供からそんなに怨まれているとは思わなかった」
「私は、何も分からんかった」
「そんな事いっぺんも言っていない」と、
私への恨みがあるようだ。
母親自身を正当化する為に。
被害者として。

しかし、砂を噛むような、虚しいものだ。
例え何があっても、親子の縁は切れないもの。
なのに、ここ迄追い詰められた
苦しみ、悲しみ、寂しさ、罪の意識、
もう二度と、元へ戻る事が出来ない寂しさを味わった。

それでも、心の片隅には残っている。
どんな仕打ちを受けても
「何時か分かち合える事が来る」と、
母親だから。
無理である事は、十分承知の上でも。
私の甘さだろう。
それが自分の首を閉め、墓穴を掘ってきた。

きれいさっぱり、こころから消し去る事は出来ない。
この、二つのこころを持ったまま、生きていく。

それが、私です。

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TKN心理サロンブログ:今昔ドラマ:MOZU

yokoitomizou 2014年7月22日 by yokoitomizou

私は仕事がら、TVドラマを」観る機会が極端に少ないです。

 

毎日、自宅に着くのが早くて11:00PM。ドラマはすべて終わっています。

 

観れるのは、休みの日で子供たちがTVを観ていない時間帯だけです。

 

今シーズンは何が話題のドラマなのか?全く分からないのが常です。

 

でも、講座中の例題としてドラマ等から、

テーマを見つける必要があります。

 

そんな時には、

子供たちが録画した番組を観ている時に、

一緒に観て話題を仕入れます。

後は、新聞のTV解説で把握するようにしています。

 

前回クールで、

上の娘が興味の持っていたのが「MOZU」でした。

娘もリアルタイムに観る事が出来ないので、録画をしていました。

私も休みの時に参戦しました。

 

心理的に観ても、面白いドラマでした。

一回目から最終回まで観ることはできません。

話はとぎれとぎれになりがちですけれどね。

 

じっくりと考えさせられる推理物語でも在ります。

 

「真の犯人探し」。

裏切りあり、

どんでん返しあり、

予測がつきにくいドラマでした。

 

全話を通して、

「一つのあらすじ」になっていますので、

じっくりと考えさせられました。

 

次回の展開、真実探しの謎解き。

回を追うごとに謎が謎を呼び、

真実へと向かいます。

 

本当の「連続ドラマ」でした。

 

でも今のドラマは、一話完結型ドラマになっていますね。

その日の回で、「起承転結」が起きています。

刑事ドラマでも、その回で事件が起きて、解決する。

その回で、話が決着しないと、落ち着かないのでしょうかね?

 

一つの事件を1クールを通して、解決する。

では、そのドラマを観なくなるのでしょうかね?

 

じっくりと考えて、次回の放送まで期待する。

 

日々、私達の生活が時間に追われ、

ゆっくりと物事を考えて観る事が、

だんだんと許されない時代に成って来ているのでしょうか?

 

「水戸黄門」型の、ドラマがいいのですかね?

 

私が子供の頃は、

一年間かけて、

ドラマが完結する時代でした。

これも、ちょっと長すぎますけれどね。

 

久々に、じっくりと観たいと思ったドラマに出会いました。

も、シーズン2は「Wowow」なので、観れないのが残念です!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:守るべきもの 

yokoitomizou 2014年4月16日 by yokoitomizou

4月の半ば、春ですね!

木々も芽吹き、鳥もさえずり、蝶々も飛び、草花が咲き、そして花粉症も飛び交い!春ですね!

 

春は出会いの季節でもあります。

新しく新鮮な空気を持って、

新人さんたちが街を走り回っていますね。

 

我が校を担当してくれている広告代理店の部署にも、

新人さんが配属されているようです。

 

新しいものが入ってくると、

当然の如く古いものを処分しなければなりません。

新陳代謝と言えば聞こえがいいのですが、

 

昔から使っているものは、なかなか捨てれないものです。

愛着があるし、なんだかもったいない!

 

そんな気がして、何時までも捨てれない?よくあります。

 

何に拘っているのでしょうね?

 

心の世界にも言えることがあります。

 

「拘りを捨てる」簡単なようで難しいものです。

頭では分かっているのですが、

気持ちの上で切りかえれない!

 

私もありました。

 

家の仕事を辞める時に。

辞めるのは簡単です。

特に追い詰められていて、

居場所がなくなり、

毎日が苦しい状況でしたから。

 

しかし、辞めれば生活の基盤を失います。

身内から追放され、

地位も収入も、

先の財産も。

そして見栄。

「えぇかっこしぃ」でしたから。

 

たとえ、耐えがたい屈辱の中で苦しんでいても、

我慢さえすれば「安定した収入」「地位」「よいっしょ」が手に入ります。

 

そして、女房にも安定した幸せを届けることができます。

 

自分の中の「欲」が邪魔をしていました。

自分自身で拘っていたのです。

 

この欲を捨てた時、目の前の霧がすっと晴れました。

 

守るべきものは何のだ。

女房との生活さえ守れるならば、他の欲はいらない。

捨ててしまえと、思えた時。

 

楽になりました。

 

怖いものが一気に減りました。

身内とぶつかることが怖かった私でしたが、

欲を捨てたお陰で恐怖心が小さくなりました。

 

「お金」「地位」「見栄」そして「身内」を失う恐怖からの解放。

 

もう身内の顔色を観る必要はありません。

 

嫌われようが、悪口を言われようが「身内内の村八分」にされようが、

そして「親から縁」切られようが気になりませんでした。

 

こちらから願下げだ!

 

今考えれば、ちっちゃなものに拘っていた気がします。

 

捨てれたおかげで、今があります。

 

「こころの断捨離」してみませんか?

 

スッキリしますよ!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:被害者・加害者の気持ち

yokoitomizou 2014年3月18日 by yokoitomizou

先週末は、下の娘の中学校卒業式でした。

下の娘も大きくなりました。

私が歳を往くのも仕方ない事ですね。

 

娘にとって、

良い思い出の中学生生活には成らなかったようです。

 

3年生になり仲の良かった友達から、

変則のいじめ被害に遭ったからです。

 

その友達のクラスを巻き込む「狂言イジメ」により、

娘が犠牲になってしまいました。

 

信じて居ただけに、

娘にとっては深い傷に成りました。

 

「狂言イジメ」がばれ、被害者が加害者となったのに、

その友達は「何もなかった」の如く、

普通に学校い生活を送り始めている。

 

学校、教師は、出来るだけ事を穏便に済まそうとした結果、

更に娘の傷が深くなり

「大人は信用できない」状態になりました。

この言葉は「親も信用できない」に繋がります。

 

娘は夏休み前に「登校拒否」に入りました。

丁度「エサレン研修」中でしたので、

傍に居てやれない悔しさがありました。

歯痒い思いでした。

 

世間の「いじめ」が娘にも!

 

それから約二ヵ月間、

女房は娘と添い寝を続けました。

二学期からは学校へ行ってくれるのか、不安の中で。

 

不安定ながらも二学期からは学校へ行くようになりました。

 

しかし、当事者は普通に友達と楽しそうに学校生活を楽しんでいるようです。

娘はその姿を見るだけで苦しみます。

 

その内、クラスでは苦しんでいる娘の方が悪いかのような空気になって来ていました。

 

特に思春期故に、割り切る事が出来ません。

拘ってしまうのです。

 

「悪いのはあいつなのに、のほほんと学校へ来て楽しんでいる。

被害を受けた私はこんなに苦しんでいるのに!

悪い相手が何故苦しまない。」です。

 

被害者と加害者の気持ちの違いです。

 

被害者は、その苦しみを持ち続けます。

 

加害者は、その苦しみから逃れるために、忘れます。

 

 

私共の生徒さんの中に「教誨師」の方が居られます。

 

刑務所へ出向き、

受刑者の話を聴き更生への、

助けをします。

ボランティアで。

 

しかし、教誨師、刑務官の前では、

更生しますという顔をするそうです。

仏像に手を合わせ被害者の人に対し祈るそうです。

 

仮釈放を得るために。

直ぐに再犯を犯す人が多いようです。

 

韓国大統領の言葉ではありませんが

「被害者は1000年経っても、心に残っている」

 

何も、加害者は一生、

末代までも罪の意識を持って、

小さくなって生きろなどとは言いません。

 

人は、人を傷つけるものです。

真っ正直では生きていけません。

 

もし、図らずとも人を傷つけたら、

傷つけた人の心の痛みを感じ、

我が身に起きた痛みとして感じ取る

「思いやり」が必要です。

 

相手の心を傷つけた事を、

心に留めながら更生して人生を生きる事が、大切かと思います。

 

ここにも、「受容と共感」の難しさが出てきます。

 

娘は、今でもその事で苦しんでいます。

「そんなもんなんだ」と割り切れるようになれば、楽なのですが、

なかなか旨く行かないようです。

 

私たちが、気を使わせないように「笑顔」を出してくれています。

傷ついた心はまだ癒えて居ません。

 

子供から、大人へ変わる時期です。

この苦しみがやがて娘を、

強く大きくしてくれると信じて居ます。

 

春から始まる、「高校生活」が楽しいものになる事を祈ります。

 

今も、娘に何をしてやれるか?

葛藤しています。

 

カウンセラーとしては、失格ですね!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:プロの技

yokoitomizou 2014年3月11日 by yokoitomizou

スプリングコートを買いました。

 

どうもスプリングコートには縁がなく、

春先だけのコートなので購入するタイミングを逃して居ました。

この、ひと月さえ誤魔化せば乗り切れる乗り切れる処が、在りましたから。

 

昨日、女房と一緒にデパートへ買いに行い来ました。

 

ただ、私の年齢からすると選択肢が限られて仕舞い、

選びようもないのですが、

一つの店に入りました。

 

「バーバリー」です。

 

そこの男性店員さんが素晴らしかったです。

私より年上ですが凄腕です。

 

私を見るなり、

サイズを見抜き、

コートの下に着せるジャケットを選び、

コートを着せました。

 

ボタンを留め、

ベルトを締めました。

 

ピシッと決まりました。

 

見事な着こなし方です。

思わず「ほぉ~!」と納得してしまいました。

 

これぞ、このコートの着こなし方だ!と

納得させられました。

私までが別人に見えました。

 

鏡に映っている姿の自分に成りたいと思いました。

 

ただ、直ぐには決定せずに、他の店とコートと比較する事に。

 

そこの男性店員さんが、

やはり同じような手順でジャケット、コートを着せてくれました。

 

そこに映っている「私」は、

貧弱な年老いた「おっちゃん」でした。

 

コートが悪い訳ではありません。

良いコートです。

着こなし方でした。

 

何時もならば、直ぐに決めて購入するのですが、

何故か二人とも悩みました。

選べない特別の理由が在る訳でもありません。

 

その代わり、どうしても必要だからという思いも有りましたので、決めれなかったのです。

 

二人で、一旦は諦めたのですが、

あのバーバリーの男性が忘れられないのです。

 

商品に誇りを持ち、

自信を持って最高の着こなしを魅せた、

あの男性が脳裏から離れないのです。

 

どうせ買うならば、彼から買いたい。

もう一度店に行って、彼が居れば買う。

居なければ買わない。

 

これぞ「プロの技」でした。

お陰でブランド価値も上がりました。

 

因みに、私が何時も買っていた「D」メーカの店員さんは、

軽く感じられ今まで好きで買っていたブランドなのに、

急にランク落ちの安物を着ている感じまでしました。

 

プロの技の凄さを実感させられました。

 

結局、店に戻りもう一度試着して、購入しました。

 

コートの扱い方、着こなしの仕方など、色んな事の話も聞きながら!

 

ここで問題です。

果たして私が、旨く着こなしが出来るか?

おおいに問題です。

 

鏡に映った、自分のようになれるか?

 

これからの私次第ですよね。

ダンディーになれるかな?

 

 

桜

 

 

TKN心理サロンブログ:正月の風習

yokoitomizou 2014年1月15日 by yokoitomizou

今年ももう半月過ぎましたね!

今日が気分もしっかりと抜け、日常生活に戻りました。

あの、年末年始の忙しさは何だったんでしょうね?

 

 

我が家では、初詣は「成人の日」に決まっています。

子供たちの学校と、私の仕事の休みが一致する日が、この日です。

正月休みは、親の家に年始に行ったり、

どうしても車で移動するので、

渋滞を避ける関係でこの日になりました。

 

子供たちが幼かったので、

混雑を避けるのが発端だったんですが、

これが我が家の「初詣の風習」になりました。

(既に元旦には、家の裏になる神社にお参りは済まして居るのですけれどね。)

 

お参りをする神社も決まっています。

奈良桜井の「大神神社」です。

 

そして、参拝するルートも決まっています。

本社(殿)から始まり、

おみくじをして、

巨大絵馬に願いを書き込みます。

娘に言わせると、「必ず願いが叶う」です。

それが目的で毎年欠かさずに初詣に一緒に行くようです。

昨年は大雪の中でも一緒にお参りをしました。

 

今年は、娘二人のW受検でもありましたので、

祈祷もして貰い、

最後に小さい社しかない神社に

お神酒をお供えをして、お参りします。

 

ここには「大物主命」が祭られています。

昔、私の家でも祀っていました。

 

これも、私の家で昔から行っている、風習です。

 

仕上げは、お店で「にゅう麺と柿の葉寿司」を食べ、

露天で「イチゴ飴」と「サツマイモ揚げ」を買い、

帰るのが何時ものお決まりの風習でした。

 

でも今年は、最後の露天が違いました。

イチゴ飴もサツマイモ揚げも要らない!

みたらし団子、ベビーカステラ、たい焼、を食べたい、と言いだしました。

 

いつのもパターンが崩れました。

風習が変わったのです。

何時も決まり切っていて、

変わらないと思っていたのに、

いとも簡単に、

それも何の前触れもなく変わりました。

変化・変革ってのはこんなものかもしれませんね!

 

変えようと意気込んで頑張って構えてみても、

なかなか変わらないのに、

変わる時ってあまり意識せずに変わってしまうものですよね。

 

そう言えば、「お神酒」を何時も買う店が、

女房が「あそこのおじさん何時も怖い」と言うので、

「それなら手前のお店で買えばいいじゃないか!」と言うと、

「えっ!あの店で買わなくてもいいの?あの店で買わないといけないと思っていた!」と言っていました。

 

これも、思い込みの風習ですね!

何故か、何時もやっている事を変えると言うのは、

何か気持ち悪い物が有りますが、

変えてしまえが、何か「スッキリ」をします。

 

今年は、「思い込みの固定観念」からの脱却ですかね!

娘達も、変化する時が来たのかもしれません!

何処か、寂しい様な、嬉しい様な、へんな親心です。

 

ちなみに、写真の鳥居の横に、お神酒を売っているお店が有ります。

そしてその向に「にゅう麺」屋さんが在ります。

 

 

大神神社

 

TKN心理サロンブログ:今年を振り返って

yokoitomizou 2013年12月27日 by yokoitomizou

今年も後僅かになりました。

早いものです。

 

この前新年を迎え、

「MBSラジオ・ウォーク」のイベントを行い、

エサレン研修を実施して、

Davidaワークショップを開催し、

その間に「アンカー&・カンパニー株式会社」さんのお陰で

ホームページのリニューアル作業を行い、

全国心理業連合会(全心連)に加盟し

「認定教育機関」になりました。

 

あっという間でした。

この1年。年を取るとともに、

1年が早く感じると言いますが、実際早く感じる1年でした。

 

この前、雪の積もる中を初詣に行ったつもりでしたが、

その初詣に行った神社「大神神社」に

上の娘が「巫女さん」として、

アルバイトに行くおまけ付きの締めくくりです。

 

プライベートでも色々在りました。

娘たちのW受験の年でもありました。

そしてその下の娘に学校での「イジメ」があり、

一時期登校拒否。

そして大人への人間不信。

イコール親への不信。

 

すったもんだしました。

でも、それも娘の思春期として大事な通過点でも在りました。

 

子供から大人への大事な体験です。

 

この仕事をしながら、

現実の中での娘の対応に悩みました。

 

しかし、この世界に居てるからこそ、

「娘の気持ち」を聴こうと、

そして受けとめようと、

そして娘を信じる事が出来ました。

 

本当に毎日が夫婦共に「修行」の場でした。

色々と、教えてくれました。

娘が教えてくれたのです。ありがとう。

 

娘も今、必死になって頑張っています。

大人への階段を登る為に。

 

この経験が、

学校で新たな力のなりました。

伝える事が増えて居ます。

如何に、相手の立場に立ち、心の叫びを聴き、受け止めるか!

当たり前の事ですが、認識を深めました。

又一つ、成長できました。

感謝の一年です。

 

 

年末データ

TKN心理サロン・ブログ:懐かしい電信柱!

yokoitomizou 2013年10月29日 by yokoitomizou

電柱-02   皆さん、こんな電柱を見た事がありますか?見た事のある方は、

   そこそこの年齢を重ねた方ですね!

   私の子供時代には、電柱と言えば総て「木製」でした。

   間伐材を使って?もしかしてら全国で使用をしていたのですから、

   それ用に植樹をしていたかも知れませんね。

   電柱の近くでたき火をして、電柱が燃えた事もありました。

   犬がおしっこを掛けて、腐って行く事もありました。

   木材ですから、ポスターも貼り付けていました。

   特に選挙の時は、もう貼り捲くでした。

   今みたいに規制がありませんでしたから。

   この木の電柱が町の中に溶け込んでいました。

 

 

皆さんは「映画」等で観た事がある程度でしょうね。

この写真の電柱は、私の家の傍にあった、唯一の木の電柱でした。

毎日、通勤の行き帰りに傍を通って居ました。

何と無く懐かしく、そしてホッとする、電柱でした。

温もりを感じ、落ち着きます。

そして存在感がありました。

でも時代の流れ、

寿命もあり安全性の関係もあり、

先月末には差し替えられました。

 

コンクリートと鉄柱の組み合わせ型です。

丈夫でしっかりしています。

がっちりとして居てて、

安心感だあるのですが、

朝晩に通る時に目に留らなくなりました。

 

 

何も感じなくなりました。素通りしてしまいます。

たった一本の木の電柱ですが、

私には「存在感」がありました。

何気ない、存在感。って

とても大切な気がします。

 

私たち、カウンセラーも「何気ない存在感」で、

在る方が良い様な気がします。

 

 

電柱-01 

 

でも、新しい電柱の存在感を否定している訳ではありませんよ。必要ですので。