身近なカウンセリング

蓮池 薫さんの素敵文

cocorotkn 2009年12月27日 by cocorotkn

学校への行き帰りでよく本を読むのですが、

心理学の本ばかりではなく時には

話題の本や、

まったくジャンルの違った本を読む事があります。

「1Q84」とか「ハリーポッター」とかも読みますよ。

 

つい最近は、蓮池薫さんの「半島へ、ふたたび」を読みました。

拉致被害者である蓮池さんが、

ふたたび半島へ渡った(韓国側です)時に感じた、

いろいろな思いを書いた本です。

内容はソフトに表現されていますが、

時折拉致された思いが書き込まれています。

拉致された思い、

また、帰国が出来ない悲しさ、

そこで生きていかなければならない思いを、

静かに描かれていました。

 

この本の中の最後の部分で、

蓮池さんが講演で中学や高校へ行かれた時、

みんなに伝える事があるそうです。

 

「100%の自信がうまれるまで待っていたら、チャレンジなんてできない。

というより、

100%の確率なら、

それはすでにチャレンジではない。

最初は50%でいい。

まずは始めてみよう、

後はやりながら学んでいけばいい。

必要にかられた学習、

実践の中での学習こそ、

何倍も身に付く。

失敗したら、

失敗を通してしか、学べないものを学びとればいい。」

 

この文章を、女房に伝えると次の言葉が返ってきました。

 「ええ言葉やなー

  子供の時に、親からこの言葉を貰っていたら、

  あたしの人生変わっていたかもしれへんなー。」
 

 

その通りだと私も思いました。
 

この蓮池さんの言葉を、

みんなに伝えようと思います。

「自分らしく幸せに生きたいならば、

 自分自身が変わることが大切です。

 相手が変わることは無いからです。

 自分自身が変わるのは、とても怖いことです。勇気がいる事です。

 時には失敗もあるでしょ!

 しかし、その失敗から得る事のできる、素晴らしい経験を大切にして欲しい。

 成功から学ぶことよりも、失敗から学ぶこ事がどれ程、貴重な体験か!

 絶対の正解などありません。

 もし正解があるのならば、それは他人が出した答えです。

 自分自身の答えではありません。

 失敗を恐れずに、先ず一歩前に進みましょ」

 

 人生の成長、そのものです。

箱モノ:心の中

cocorotkn 2009年12月18日 by cocorotkn

今日は、強烈に「寒い」です。

地元の山は、雪景色でした。どんな田舎! 

 

先週、下の娘が「キッザニア甲子園」に行ってきました。

もう行く2週間前頃からは興奮状態でした。

案の定、帰って来てからは「マシンガントーク」です。

その日やってきた事を、全部説明してきました。

余程、楽しかったのでしょ!

確かに、いろいろな職業体験が出来、

それによって稼ぐ事の出来たお金を銀行に預け入れ、

そして本人のキャッシュカードが作れ、

キッザニアで使えるお金をATMから引き出したり、

そのお金で色々なショッピングが出来るようです。

「キャビンアテンダント」

「お医者さん」

それも外科医になって手術体験、

など一杯体験できたようです。

その姿の写真もあり

写っている姿はそれなりに「様に」なっていました。

顔の表情も生き生きしていて、

楽しかった様子が伺えます。

 

「私のしごと館」とは大違いのようです。

色々な職業を学べるようですが、

その職業を紹介するのに、

マネキンにその格好をさせているだけ!

その一体のマネキンモデルが

100万、200万円掛かっていては困ったものです。

職業体験といっても、

これといってと、いうモノもないようでは!

本当に「箱モノ」と言われても仕方ないかもしれません。

 

まさに「仏つくって魂入れず」の状態です。

 

いくら立派なモノを作っても、

そこに目的、方向性が無いと意味がありません。

意図はしっかりしていたでしょうが、

それを発揮させるノウハウが不足していたのでしょうか?

 

私たちの世界にも言えます。

カウンセリングの勉強は大切です。

しかし「理論」として学んでも意味がありません。

その学んだことを、実生活に活かせてこそ意味があります。

「マニュアル」「データ」「理論」に頼りすぎ、

「真実のこころの叫び」を

聴きそびれては意味がありません。

 

学んだ知識を、実践の中で使いこなせてこそ意味があります。
 

自分自身の「こころの叫び」を聴くために、
 

そして、

相手の「こころの叫び」を聴けるようになるためにも!
 

知識による「箱」だけを作らず、

その「箱」の中に

「魂」を注いで

「血の通ったカウンセラー」を目指してください!

割り合い

cocorotkn 2009年12月1日 by cocorotkn

今下の娘は、算数の時間で「割り合い」を習う時期になりました。

どうもこれが苦手なようで、意味が理解できないようです。

上の娘も苦手なようで、いまだに苦労しているようです。

 

簡単に言えば次のような例です。

「100g200円の肉を、250グラム買いました。支払いはいくらでしょう?」と、言うような問題です。

 
1グラム当たりの単価を計算すれば、

すぐに答えは出るのですが、

どうもピンと来なくて、計算がメチャクチャになってしまうようです。

そういえば、私もこの頃はよく勘違いをしていた気がします。

ただ、答えが大きくなるか、

小さくなるかは理解できてたと思うので、

そっちの答えになるように、

掛けたり、

割ったりしていたと思います。

 

なぜ、ピンと来ないのかなと思っていたら、

私たちが小さい頃、よくお使いをさせられました。

「肉屋さんへ行って、100グラム250円の肉を450グラム買ってきて。」

時には「100グラム250円の肉を、600円分だけ買ってきて」と言われ、

その結果肉の量が多いか少ないか、

支払いが多いか少ないかと、

生活の中で、この「割り合い」を体験していました。

 

しかしながら今の子供たちは、

お使いに行っても「スーパー」に行くために、

すべて「パック」になっていいます。

この感覚が体感できない状況です。

店員さんに話をしたり、

聞いたりする事の無い今では、

日常生活の中で、学ぶことが出来なくなって来ているのかもしれません?

 

昔は、何を買うにも店の人に注文をしない限り、

何も買うことはできません。

店の人と「やり取り」をして、

コミュニケーションを覚え、

簡単な駆け引きを学んだものです。(おまけを貰う事)
 

 

これこそが、生きていくための「総合学習」だと思います。
 

今の子供たちは、

店でコミュニケーションをせずに、

なんでも買い物ができます。

挨拶をしたり、

「ありがとう」と言う言葉が必要のない環境です。
 

 

ある意味で生活は便利になりましたが、

人と人とのふれあいが、どんどん無くなってきています。
 

 

なんか寂しい世の中ですね!

あたりまえ

cocorotkn 2009年11月24日 by cocorotkn

私たちは「あたりまえ」に慣れてしまい、

「ありがたさ」に対し、無関心になった気がします。

毎日、「生きていてあたりまえ」

「御飯がだべれて、あたりまえ」

「電車に、車に乗れてあたりまえ」

「好きな物が買えて、あたりまえ」

「好きな事をしてて当たり前」

「毎日、学校、会社に行けてあたりまえ」

「毎日、テレビが観れてあたりまえ」

「誰かが、私の為にしてくれてあたりまえ」

「私の犠牲になって、私が楽しくあればあたりまえ」いっぱいあります。

 

確かに、

日本は「平和」で貧富の差があれ多かれ少なかれ「幸せ」に生活が送れます。

でも、それは色々な人たち、

いろいろなものたちの努力、

犠牲の上に成り立って居るものが多くあります。
 

 

御飯がいつでもお腹一杯食べれる!

これも当たり前のことです。

好き嫌いをいくら言っても、

空腹にならずご飯が食べれます。

しかし、

その「あたりまえ」が何の問題なく手に入るのは、

いろんな人たち、ものたちの力添えがあればこそ、

成り立っている事です。

 

今、娘達もこの「あたりまえ」の中で育っています。

何にも、娘たちに「苦労」を味わせたくないので、

出来るだけ「望み、夢」を叶えられる様に、環境作りをしてきました。

時には、その事が娘たちを

「あたりまえ」の世界に浸らす事に成るのかと、思い悩む時があります。

何も「苦労を買って出ろ」と言いませんが、

「あたりまえ」では無い事に、もっと気づいて貰わなければならない気もします。

「世の中」も「あたりまえ」で通っているから、

余計に無頓着になるのでしょうか?

「平和ボケ」の一言で片づけれることではないと思います。

 

「あすかへ、そしてまだ見ぬ我が子へ」の一節を書き込みます

 

「あたりまえ」

 あたりまえ。

 

こんなすばらしいことを、

みんなはなぜよろこばないのでしょう。

あたりまえであることを。

お父さんがいる。お母さんがいる。

手が二本あって、足が二本ある。

行きたいところへ、自分で歩いて行ける。

手をのばせばなんでもとれる。

音がきこえてこえがでる。

こんなしあわせはあるでしょうか。

しかし、だれもそれをよろこばない。

あたりまえだと 笑ってすます。

食事がたべられる。

夜になったらちゃんと眠れ

そしてまた朝がくる。

空気をむねいっぱいにすえる。

笑える 泣ける

叫ぶこともできる。走りまわれる。

みんなあたりまえのこと。

こんな素晴らしいことをみんな決して喜ばない。

そのありがたさを知っているのは

 「それを失くしたひとたちだけ」

 

 「あたりまえ」に麻痺しないように、心に感じていきましょう!

シニアが来た!

cocorotkn 2009年11月20日 by cocorotkn

この夏に家族旅行に行った時です。

 

遊園地のゲイトの料金表に

   「シニア(55歳以上) ○○○○○円」と表示されていました。

フゥ~んと過ぎていくところが、

私は今年の11月で「55歳」になるのです。
 

まさしく私が「該当者」に11月以降になるのです。ガァク~ん!
 
 

これが現実です。

確かに昔でいえば(私が社会人になった頃)定年は「55歳」でした。

全く意識していなかっただけに、少なからず「ショック」を受けました。

 

仕事がら、若い人たちと関わっていく関係で、

年齢をあまり意識する機会が少ないせいもあります。

ワーク(Ellenやエサレンでのダンスワーク)していても、

生徒さんたちよりも元気に最後まで踊っていますので、

体力的にも自信があったものですので。

「TDR」「USJ」に行っていても、

チケットを手に入れるために、必死になって走って行きます。(途中でアゴが上がりますが!)

子どもたちも「とうとはいくつ」と

疑問視されるぐらいの時もあります。

 

自分自身の意識の中でも、「年齢不問」の状態です。

帰りの電車の中で、仕事帰りのサラリーマンを見ていると、

「この人たちはいくつ?」

酒を飲んで、

会社、上司の悪口を言いまくって、

ヨレヨレになっている姿を見ていると

「このおっさんは!」と思わず思ってしまう事があります。

もしかして、私より若いかも知れないのに!

 

自分自身の中では「若い」意識があるのですが、

現実は「シニア」が近づいてきています。

只、「シニア」として落ち込む気はありません。

「気持は若く、シニアを楽しもう!」と思っています。

「シニア割引」もありますしね!

まだまだ、若い者には負けません!

この発想こそがシニア

 

私には、まだまだやりたい事が残されています。

以前、スタッフが

「20年後、結婚して子供が出来、子育てから手が離れたら、先生と一緒にエサレンに行きたい。」と言っていました。

「おいおい待てよ、20年後は私は75歳だぞ!」

しかしながら、スタッフの意識の中では、

私はいつまでも今のまま居ている気がするそうで!

 

まぁ、私もその期待に応えるようにこれからもがんばります!
 

毎日、若い生徒さん達の「生き血」(エネルギー)を吸って若く頑張ります!

私は「ドラキュラか!」

他の人に何でそんなにパワフルで居られるのか聞かれる時には、

よく冗談で言っています。
 

’09 第5回 Ellen Watson ワークショップ

cocorotkn 2009年10月21日 by cocorotkn

 

Ellenのワークショップ無事終わりました。
 

開催前に大型台風が上陸しましたが、

まさしく「Ellen台風」が私たちの心の中を吹き抜けて行きました。

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今年のテーマは「Dancing from to Freedom:自由へのダンス!」でした。
 

今年のエサレン中にEllenとワークのテーマについて話し合っている時に、

今年は何をしたいかと聞かれた時、「恐怖からの解放」と答えると、

Ellenが「まだ、恐怖から解放されないのかい?恐怖のテーマで何回ワークをしている!」と言われましたが、

しかしながら「恐怖」にいまだに囚われているのも事実ですし、

そんなに簡単に解放されるものではありません。

それだけ、根が深いものですので。

 

そんな訳で、今年も「再度チャレンジ」です。
 

今年は去年の反省から、

初体験者達と経験者が旨くひとつの輪になれるようにEllenはスケジュールを組んでくれました。

セイジのエッセンシャルオイルを額に付け、

乾燥セイジを燃やしその煙で

「清める(儀式として)」事をひとり一人行い、一体感を感じるように工夫をしてくれました。

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そして、日本の歌を皆で唄い、そのあとにネイティブアメリカン:エサレン族の歌を唄いました。

(ただ、初体験者にとっては退いてしまったようですが!)
 

その後は、Ellenワークのオンパレードです。

今年は、新たな試みとしてワーク会場の外に出て、

人混みの中に入り「恐怖」を感じる体験を行いました。

ワーク会場そばは「橿原神宮」ですので、

自然も豊富ですし、

初代天皇「神武天皇陵」もあり日本人のルーツ(尚、政治、宗教的意図は全くありませんので)でもあり、

何か感じることが多くできる可能性があります。

ところが、当日は橿原神宮では「フェスティバル」があり、出店、イベントなどで人が一杯です。

そして「大安」でもあり、結婚式も多数ありの状況の中を

Ellenを先頭に約40名のメンバーが無言でただ歩き続けます。

周囲の目は明らかに「興味の目」で見られています。

その中を、黙々と歩き続けるので、

「不安、恐怖、恥ずかしい、」などいろいろな感情に襲われます。

ただ、みんなと一緒に居る安心感があり、

「守られている。ひとりじゃないんだ。」という感覚が皆を守ったようです。

その後のワークで感情が出やすくなりました。

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その後、「聲明」(お経を唱にしたもの)を、

広島から参加してくれました「高仙さん」が詠う中で瞑想したり、

「恐怖」に向き合う心づもりをしてきました。

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 いよいよ夜は第1日目のメインイベント「ブラインド・ダンス」です。

目隠しをした上、予め作製した「恐怖のテーマのマスク」を被り、「恐怖との対峙」が始まります。

昨年も体験しているのですが、

今年は昨年以上に「恐怖への叫び」が吹き出しました。

「恐怖」に対峙し、立ち向かい、受け入れる作業です。

普段かよわい女性が、

どこから湧き出てくるかと思うばかりの力で、ぶつかって来ます。

私が受けても、後ずさりする位の力です。

「心の中に閉じ込めた、悲しみ、寂しさ、苦しみ、怒り、妬み、恨みなど」が

一気に噴き出してきているようです。

ペアを組んだパートナーがその人たちを受け止め、

守っているので、

ダンス後は「安心感」からすっきりした顔になっていました。
 

二日目は、昨年同様Live演奏でのダンスです。(昨年同様、伊藤さんの協力です。)ジャンベの生演奏の響きの中で、

「5Thリズム セッション」(第2回ワークショップで行いました)のもと、感情に向き合うダンスを続けました。

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途中からは、「ポエムダンス」の始まりです。

各自自作の「感情の4行詩」を基に、パフォーマンスダンスを演じます。

チームを組んでパフォーマンスダンスを皆の前で表現します。

叫び、踊り、繰り返していくうちに「昔、飲み込んでしまった感情の叫び」が吐き出されていきます。

一緒に見ている皆も、自分の昔を思い出し、涙が溢れ出します。
 

いつもは、引っ込み思案で気持ちを表現することが下手な皆が、

一生懸命「自分自身の思い」を表現してくれます。

素晴らしいことです。

 

今年はマスクをもう一面用意していました。(真っ白なマスクです)感情を吐き出した後、

今の気持ちをマスクに表現しました。

初めのマスクと違って、新たなマスクは「明るく、ホットするマスク」が多く出てきました。

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午後からは、もう一度橿原神宮へ向かいましたが、

昨日ほど緊張はあまり感じず、周りの目も感じず、歩いていました。

後は、仕上げのダンスです。

新たなるマスクを被り、自由にダンスをします。

「5Thリズム セッション」を感じながら!
 

今回のワークでも色々な事がありました。

これまで5回のワークを行っていますので、

回を追うごとにステップアップして行っていますので、

経験者は素直にワークに入り込んでいき、感情を吐き出しますが、

初経験者にとって入りきれない、

もどかしさ、

感じられない苛立ちと自責の念、

予想外の感情への反応、

と戸惑いがあったようです。
 
 

無理もありません。

それだけ幼い時より「自分らしさ」を殺し、感情を飲み込み、閉じ込めていたのですから!

そんなに一気に出ては来ません。

 

「ティッピング」の如く、少しずつ殻をツツキ、少しずつ殻にヒビを入れ、

「殻を破り、生まれ変わる日」迎えて欲しい。

 

今そのスタートを切ったのだから。

「やり続けること」「継続は力なり」この事がとても大切です。

 辞めればすぐに元の状況に戻ります。

やり続けることにより変化「チェンジ」が生まれるのです。
 

自分らしさ、幸せのゴールを目指して、走りましょ!あなたのペースで!

他の人と比べる必要はありません!

 

「あなたはあなた。私は私」なのですから!

ゲシュタルトの「今、ここ」を心がけて、一歩一歩、歩きましょ!

「私の幸せ」に向かって!
 

そして次回、Ellenに会う時に「素敵な笑顔」で迎えれるように!

 

PS:今回ワーク会場より外に出た時、周りの目は驚異の目でした。

「変な集団、宗教集団」と思われていました。

現に途中である老婦人が「なんかの会ですか?」と尋ねてきました。

悲しいかな、未だに日本では「心理学」「ワークショップ」が受け入れられていないのが現状です。

(変な集団がある性もありますが?)

TKNを開いて14年、其のころから比べればかなり改善されましたが、まだまだです。
 

これからも、少しでも皆に受け入れて貰えるように、「

カウンセリングの種」を蒔き続ける事が、

私のライフワークのようです。

USJとTDL:気配り

cocorotkn 2009年9月24日 by cocorotkn

シルバーウィークも終わり日常生活に戻りましたが、

何かリズムに乗り切れない所があります!

 

 

21日の敬老の日に久しぶりに「USJ」に家族と一緒に遊びに行きました。

しかし、シルバーウィークの中日にもあたり大変な混雑でした。

何をするにも,

長い行列を並ばなければならない状況でした。

入場するなり「エキストラ・パス」を購入するために

「スパイダーマン」の処まで走って行ったものの、すでに売り切れ!

(Netでも購入できない状況でした)とりあえず、

家族が来るまで「スパイダーマン」に入場する列に並んでいました。(この時点で40分待ち)

 

「エキストラ・パス・アフター」が入口のストアで販売しているのが分かり、

代わりに家族列に並び、とんぼ返りで並びに行きました。

並んでいる時間が約40分。

やっと購入出来たら、家族は既に乗り終わった後でした。

仕方がないので、

子供たちの為に「スヌーピーのスライダー」に又並びに、

子供達が並んで乗っている間に、

次の乗物に並びに!

やっと私が乗れたのは8時の入場から並びまくり、

午後2時にやっとこさ「バックトゥーザ・フィーチャ―」が最初でした。

 

只、その後も「パス」を購入して持っているのに、

「パス」を使用して1時間待ちという、混雑ぶりでした。

 

昨年末に「TDR」に行っていて、

超混雑を体験しているので混雑ぶりには理解が出来るのですが

でも、どうしても納得できないところがありました。

「キャスト」の対応の悪さでした。

混雑をして、忙しいのは分かりますが、

そこらじゅうに「ゴミ」が散らかっていました。

 

「TDR」では、

どんなに混雑していても「キャスト」が何処となく現われて、

「ゴミ」を処理していきます。

「ゴミ箱」もいつも入れ替えをしています。

そこまでしなくてもと思うぐらい徹底しています。

お陰で、ゴミを路上に捨てる事が「罪悪感」に思えて、

みんな「ゴミ箱」に捨てていきます。

人間心理です。

何時も、きれいな「夢の国」の世界に居てれます。

各施設の「キャスト」も担当の仕事が山とあるのに、

見つけたらすぐに「ゴミ」を処理します。

「ゲスト」に対し「夢の世界」で思う存分楽しんでもらうために、

不快な気持ちを味わさせない、こまかい努力がされています。

 

しかし、悲しいかな「USJ」では

「知らん顔のキャスト」が多く見かけられました。

人手が足らなくて忙しすぎるのかは分かりませんが、

「ゴミ」が一つ落ちて居れば、二つ目もごく普通に落ちていきます。

以前ににも書き込みました「ティピング・ポイント」の現象が起きています。

いっぺんに「イメージ・ダウン」につながり、悪循環が広がります。

一生懸命、ゲストの為に笑顔で接してくれる「キャスト」が多いにも拘らず、

残念な気持ちになります。

思わず「第3セクター」のお役所仕事が未だに、

寝ず居ているのかなと思いました。

ここにも「天下り」の影響が出ているのでしょうか?

 

幸いにも、株式が総て「民間」(問わ言え外国投資会社ですけれど)に移ったので、

これからは「夢の国」になる事を期待しています。

決して「夢をお金に換えて売る国」にならない事を願います。

本当に高いですもの!

「サービスをお金で買っている」イメージが付いてまわります。

 

私たちのこの仕事も「幸せになる夢をかなえる」のお手伝いを心がけています。

決して「夢を売る」事の無いように、肝に銘じておきます。

今できる事

cocorotkn 2009年8月18日 by cocorotkn

第19回卒業式もちかづいてきました。

 

卒業するためには、「卒業論文」を作成しなければなりません。

大学の卒論のような、大そうな卒論を作成をする必要はありません。

今、自分の素直な気持ちを表現して貰うだけです。

難しく考える必要はありません。

正直に今まで学び「気づき」から感じ取れた、

今の自分を表現して貰う事が一番大切です。

ある意味で「自分自身の集大成」を卒論で整理をする感じです。

 

卒業対象者には予め、卒業式の大まかな日程を告げます。

その卒業式の一か月前が卒論の提出期限です。

対象者には1・2か月前には伝えて(早い時には3か月以上前から)作成に掛かってもらいます。

充分に時間の余裕ある状態でスタートして貰います。

 

 
しかしながらこれが厄介で、

なかなか手が付かない人が多くいます。

どうも、ギリギリにならないと行動が起こせないようです。

気持ちは分かりますが、やらなければ成らないことです。

先に延ばせば、延ばした分だけ

「焦り」が大きくなり自分に、プレッシャーを掛けるだけです。

どうせやらなければならない事ならば、

どこかで腹を決めて「実行」して、

「終了」させれば、

その後はユックリ余裕を持って、他の事に挑めます。

先に延ばした分だけ、

延ばした時間がただ過ぎて行き、

何も状況は変わらず、

その間、遣らねばならないという焦りと苦しみ、

罪悪感に追いかけられます。

 

ただ何もせず時間だけが過ぎます。

 

いつもどこかでやっていませんか?

「できない!できない!できない!」

と愚痴るだけで、その間は何もしていません!

 

そんな時間はもったいなくありませんか?

やらねばならない事ならば、

特に嫌な事ならば、

先にやってしまいまい、

後を楽に過ごしませんか?

 

今できる事をしませんか!

先の事を考えて不安になったりしないで!

平和教育:引き寄せの法則

cocorotkn 2009年8月14日 by cocorotkn

8月6日広島、

8月9日長崎両原爆投下の日、

8月15日終戦記念日と、

8月は平和について、考えさせられる日が続きます。

 

私たちにとって(全世界の人たち)

「広島」、「長崎」「アウシュビッツ」のこの三つの名前は、

絶対に忘れてはいけない言葉です。

でも、講座の中で「アウシュビッツ」の名前を出しても、知らないという人が増えました。

困ったことです。

「広島と長崎」さえ知っていれば良いというものではないのですが!
 

 

私の住んでいる奈良は「平和教育」に力を入れているようです。

小学生の夏休みは、

8月6日が「登校日」になり「平和教育」を受けるようです。

そして6年生の修学旅行は「広島」に行って

「原爆資料館、平和公園」などを巡るようです。

 

大人の私が観ても辛く苦しい展示を、

小学生が観てどのように思うのか気にかかります。

しかし、とても大事なことなので「平和」について

小さい時から考える事は重要だと思います。

 

でも、変なもので中学になれば登校日も違うし、

修学旅行もまったく違った所に行くようです。

上の娘が通う中学はTDLに行くようです。

これもある意味で平和教育?

何か一貫性が無いような気がします。

 

今、平和教育と言うと

「戦争の悲惨さ!悲しさ!辛さ!苦しさ!etc・・」を訴えて、

平和が良いのだと言う事が強く伝えてるように思います。

 

それよりも「平和の素晴らしさ」を訴えないのでしょうか?

昨年、ベストセラーになった「ザ・シークレット」に

「ひとは平和を願い訴える時に、

戦争反対を訴える。

これでは平和は訪れない!

それは、戦争反対と言いながら、

戦争を意識しているからだ。

だから意識している世界が現実になり、

何時まで経ってもこの世から戦争が無くならない。

みんな戦争を引き寄せているからだ!

本当に平和な世界を望むならば、

平和な世界を意識する事が大切である。

平和な世界を引き寄せる事。」

と言うような事が書いてある項目がありました。

 

確かに、「戦争反対。核兵器廃絶。」

その上で「平和」を謳っています!

平和と言う下地には

「戦争。核兵器」が意識されています。

私たちは知らない間に「戦争」を意識し過ぎているようです。

そのためにこの世から「戦争」が本当に無くならないのかも知れません!

 

素直に「平和」だけを意識する事が大切と思います。

 

「平和な世界では、

こんな素晴らしい事がある!

夢があり実現できる!

幸せが訪れる!」事を、

伝えていく事が大切なのではないでしょうか!

 

 

「戦争と言う、負の遺産を伝え認識させた上での平和、幸せ」より

「平和な世界の上に成り立つ、夢・希望」を伝える大切さ!

 私は、こちらを意識していきたいと思っています。
 

「引き寄せの法則」

とても凄いパワーを秘めていると思います。
 

 

 私は、実践して「夢」を叶えてきましたから!

消えた!奇跡です。

cocorotkn 2009年8月8日 by cocorotkn

奇跡が起きました!

 

昨日、私の喉に出来た「声帯肉下腫」の経過観察で

奈良県立医大付属病院に半年ぶりに検査に行きました。

その結果なんと、「声帯肉下腫」が消えていました。

「声帯肉下腫」が出来ているのに気づいたのが2年前。

喉に刺すような痛みを感じて、

医者に行ってみると「声帯肉下腫」がある事が分かりました。

以前にも書き込みをしましたので、ご存知の方も多いかと思いますが!

 

医者からも、

「普通は半年から一年以内に消えるけれど、あなたの場合は消えない。

病院としても二例目の症例です。

消えないとして、付き合っていくしかない。」と言われていました。

 

それが見事に消えていたのです。

医者からは「何かしましたか?」と尋ねられましたが、特別何もしていません。

しいて言えば「マヌカ・ハニー +15」を飲み続けた

(正確にいえば朝夜二回なめていたですが)ぐらいです。

抗菌作用があり「ピロリ菌」も消えるという蜂蜜です。

喉を酷使する人たちの中でよく利用されています。

 

それと、前回、半年前の検査からは、

あまり「声帯肉下腫」のことが意識になならなくなっていました。

それまでは、声の使い過ぎですぐに痛くなり気にしていましたが、

この半年は痛くともそんなに「声帯肉下腫」の事は気にならなくなっていました。

痛いのは当たり前になっていたせいもあるので、

「また、使い過ぎたな。少し休めたらいいやん!」と言う程度になっていたので、

気にならなくなっていたようです。

案外こっちの方が正解かもしれません。

 

「意識した事が現実になる」講座の中でも教えていることです。

「声帯肉下腫」を意識している間は、消えなかった。

「声帯肉下腫」を意識しなくなったら、消えた。

 

  講座の内容を実践したようですね!