私の家族のよもやま話

命どぅ宝:検査結果

cocorotkn 2010年7月3日 by cocorotkn

先日、手術をして取り除いた

「肺の腫瘍」部分の病理細胞検査が出ました。

手術後、「一応、良性」という結果は聞いていましたが、

最終的な結果が出るまでは、一抹の不安が有りました。
 
 

 

結果は「良性」でした。ホッとしました。

冗談で女房に、

「病院から、内緒の連絡は入っていないか?」と聞いたものです。

 

朝から血液検査と胸部レントゲンを撮り

その結果からも順調に回復しているとのことでした。

痛みはまだまだ残っていますが、

一時に比べれば「天と地」程の差が有ります。

後は日にち薬で、痛みが治まるのを待つばかりです。
 

 

原因なのですが、

これと言って原因が有る訳ではないようです。

 

たまたま、

何かを吸い込んだ事により肺が炎症して、

普通なら炎症が治まれば、

何も無く消えていくモノなのですが、

たまに、炎症が治りきらずそのまま塊となり

「腫瘍」となる事が有るようです。

 

例えば「鳥のフン」を吸い込んだだけでもなる時が有るそうです。

私は、決して「鳥のフン」等吸い込んでいませんよ!

 

人間の身体と言うものは「摩訶不思議」なものです。

怪我をしたり、

病気になっても、

元の健康な状態に戻す力

「ホメオスターシス」が働きます。

しかし何らかの状態のときにはこの力が働かず、問題が発生します。

 

心の状態と同じです。

また問題が起きたから、

ダメなのだとは思わないでください。

この問題も、

私たちに「気づかす」為の信号です。

そのままほっといたら、

大きなトラブルが発生する!

 

自然の回復力では、

もう対処できない限界を超えているから、

その原因をしっかり見つけ、

対処できるようにと教えてくれています。
 

 

私も、何故「肺の腫瘍」が出来たのか、

何か原因が有るはずですので、

その原因に気づき、

対処していきたいと思っています。
 

命どぅ宝:ツバメの命・助かる命

cocorotkn 2010年6月25日 by cocorotkn

今日は朝から大変でした!
 

 

 

私の家には「ツバメの巣」があります。

 

隔年で巣作りをします。

今年はその当たり年で、

丁度今は、ひな鳥たちが口をあけて

親鳥たちがエサを運んで来るのを待っています。

「ピーピー」と、うるさい位です。
 
 

今年はいつもより巣作りがひと月以上遅く、

これも環境変化のせいかもしれません。
 

 

ツバメの巣がガレージにあり車の上に「ウンチ爆弾」が落ちてきます。

いつも,、巣と車の間にシートを張り

「ウンチ爆弾」の被害から車を守っているのですが、

昨日シートを観ると(部屋の中から見えますので)、

1羽のひな鳥が落ちて居て、

既に息絶えていました。

エサをを貰うために身を乗り出して落ちたようです。

例年なら3羽が孵るのですが、

今回は4羽孵っていました。

狭すぎたようです。

 

女房がそのヒナを埋めてくれました。

哀しい思いでした。
 

 

そして今日も見ると、また1羽が落ちていました。

しかし今度は、まだ動いていました。

でも、体温が下がっているだろうから、

助かるかなと思いましたが、

とりあえずそのヒナを取り上げました。

すると、まだ元気で私の指をクチバシで噛もうとしていました。

エサを貰えると思ったのでしょう!
 

 

すぐにタオルに包み保温をしましたが、

次の問題が出てきました。

巣にヒナ鳥を戻さない限り死んでしまいます。
 
 

でも巣は天井にあり家にある脚卓を使っても届きません。

車の上に乗らない限り巣に戻す事が出来ません。

脚卓に乗っても車の上には届かない!

困っている間に、時間切れ!

学校に行かなければならない時間になってしまいました。
 

 

後は、女房に対し

近所から高い脚卓を借りて、

巣に戻してくれとしか、頼みようがありませんでした。
 

女房は鳥が嫌いです。

でも、女房も命を助けたい一心で巣に戻したようです。

今は「ピーピー」鳴いているようです。
 

 

確かに自然の淘汰で「失われる命」だったかもしれません。

巣から落ちてしまえば、自分の力では戻れません。

まして親鳥は助けません。

助けられないのです。

人間のように手があり道具が使えません。

見捨てるほか選択肢がないのです。
 

 

しかし「救える命」ならば何とか助けたい!

私も今回手術を行い、

「命」の大切さを実感しました。

「命」を助けてもらえたので、

今度は何とか「命」を救いたい!

守りたい!

という思いが強く湧いてきました。

 

後は、このひな鳥の「生命力」です。

成鳥となり大空を飛び回るか、

巣から落ちた衰弱から命を落とすか!
 

 

私はこのひな鳥の「生命力」に期待しています。

 

「生きたくとも生きれない人」も居られます。

生きれるならば生きて欲しいのです。

生きて居ることの素晴らしさを感じ、

喜んで欲しいのです。

決して自ら命を絶たないでください。

生きている限り、可能性があります。

何でもできます。

苦しくとも、哀しくとも、

その先にある幸せを信じて!

ヒナ鳥を抱き上げながら、感じました!

命どう宝:術後半月

cocorotkn 2010年6月8日 by cocorotkn

お久しぶりです!

 

半月以上、ブログを更新出来ませんでした。

申し訳ありません!
 

 

実は、先月24日に手術を行いました。
 

 

4月26日に

今年の「PET検診:人間ドッグ」に行ってきました。

今年は、受けるか受けないかどうしようかと思い迷っていたのですが、高いですからね!

ちょうど、

プロ野球・ジャイアンツの木村コーチが「くも膜出血」で亡くられたのが気になり、

「脳ドック」を兼ねて受信する事にしました。

気楽に「安心確認」の思いで!

検診は、半日も掛らなくて直ぐ済みました。

ただ寝てるだけの検診ですし。

結果は、「二週間程で手元に届きます。」の事で

「ハイ・ハイ」という感じでした。

 

ところが、GW初日5月1日に予定より早く結果が届きました。

偉く早いなと思いながら、気楽に封を空けました。

 

「PET検診異常なし」

「MRI脳検診異常なし」と出ていました。

PETでは右肩に集積あり。

両膝に水が溜まっているというデータは出ていました。
 

 

ここまでは問題なし!

しかし血液検査の中の

「腫瘍マーカー」で

「SCC」データが

「3.31(正常値1.5以下)」で

「精査必要」と出ました。

 

このデータは

「食道、喉頭、肺、子宮癌:扁平上皮質癌」の時に示す値です。

何で!

タバコは吸えないので肺は関係ない!

男だから子宮も関係ない!

しかし

「祖父が喉頭癌」

「父が食堂癌」で命を奪われていますので、

「もしや?」と、

そして「食道癌」ならば、

父親の状況を知っていますから

「罹れば命が亡くなる」という恐怖が過りました。

 

詳しい話を聴きに行かなければ成らないのですが、

「GW休暇中」のために病院に連絡も取れません。

本当にGW期間中は思いが交差していました。

インターネットで情報を仕入れても、

安心できる情報は手に入りません。

毎日、一喜一憂していました。

 

ある夜、寝る時に

「死ぬというのはどうなるのか?

このまま寝ているような感じで、

徐々に意識が無くなっていくのか?

それとも、

もがき苦しみながら息絶えるのか?

心肺停止になりながらも意識が残り

いろんな思いを持ちながら死んでいくのか?」と

恐怖を感じた覚えがあります。
 

 

連休明け、病院に連絡を取ると

運良く休講日の5月10日(月)に予約が取れました。

どんな事になるのか不安の中、

女房と一緒に詳しい話を担当医に聴きました。

話が始まるなり担当医が

「CTを撮りましょ。

それからまとめて詳しい話をしましょう。」と言われ、

他の検査を受ける人の間に差し込んで、CT撮影を行いました。

直ぐにデータ解析も終わり

詳しい説明を聴きに入りました。

 

テーブルに着くなり担当医が

「CT検査室」に連絡を取り

「直ぐに総べてのデータを現像して欲しい。」

 

「左肺の肺動脈の後ろに8ミリ程の腫瘍があります。

これは胸部レントゲンでは写りません。

PETでも1㎝以下の腫瘍は写りません。

この腫瘍は切除した方がいいです。

呼吸器内科に紹介して、

この場所を内視鏡で手術すれば、

間違いなく失敗すでしょう。

呼吸器外科を紹介しますから、

内視鏡手術により治療して下さい。

たぶん形からして良性とは思いますが、

採ってみなければ、はっきりしたことは言えません。」

 

女房には

「奥さん、手術して良性ならば赤飯!悪性でも赤飯!ですよ。」と、
 

こちらが良く分かるように、

そして不安にならないように、簡潔に説明をしてくれました。
 

 

「告知」が、どうのこうと言うのも関係なしでした!

 

 
以前から「奈良県立医大」に行っていましたから、そこを紹介してもらいました。

しかしながら「奈良県立医大」の担当医は予約が直ぐに取れるか?

それも水曜日、入門講座の日です。

これも運良くその週の12日に取れました。

この日は手術前提の診察です。

データをすべて預け、順番を待ちました。

こちらの担当医も淡々としていて、

「手術はこの様に行います。

良性ならば1割。

悪性ならば3割から5割の切除になります。

内視鏡によりこの様に手術します。

手術はうまく24日が空いているのでこの日に行いましょう、

入院は21日の予定でいかがですか?」

 

スケジュールはスピーディーに決まって行きました。

 

丁度、6月12日からのルシアのワークショップが控えていた関係で、

これ以上遅らせることが出来ません。

踏み切りました。

 

 

しかしながら、5月の体験講座の日がぶつかってしまうのが気に掛るのですが、

どうしようと躊躇している時間はありません。

1日でも早く処置をする方が良作ですから!
 

 

ここで決断を迷っていれば、

取り返しの付かない事になるかもしれません。

私の性格上、

1日も早く処置をして、

元の状態に戻る!

ウジウジして結論を延ばすチャンスを逃す事は嫌ですので。

 

今回は、「引き寄せの法則」如く、

総べてのスケジュールが私の思いで進みました。
 

「引き寄せの法則」

「決断」の

大切さを実感しました。
 

「思いは叶う」講座の中でも事は伝えています。

今回も実践した思いです。
「必要は決断は下す。」

「躊躇するより、まず行動。」の必要を実感しました。

 

本来ならば

「カウンセリングの世界」に居ますので

「ホメオスターシス:自己治癒能力」を高めて

切除するよりも、

元の状態に戻す事が大切ですが、

今回はあえて手術を選びました。

もし「悪性」ならば時間との闘いです。

この戦いに「負ける」事は出来ません。

ですので私は「今できるベスト」の選択をしました。
 

 

私は最低でも20年、出来れば30年命が欲しい。

まだまだやりたい事があります。

夢があります。まだ達成していません。

そして子供たちのためにも、

命が欲しい。

手術のリスク、

肺の一部を取り除くに事により起きる、

身体のバランスを崩す問題点より、

20年の命を取る事を、心に決めました。
 

 

手術・入院中、学校の事が問題になります。

あまりにも急な事で、

段取りの付けようもなかったのですが、

スタッフや専科アカデミー生、

卒業生が協力し合ってこの難題を乗り切ってくれたお陰で、

この難局を乗り越える事が出来ました。

 

本当に有難い事です。

みんな良く頑張ってくれました。

良くここまで成長してくれたものです。

本当に感謝の気持ちで一杯です。

 

私も安心して手術を受ける事が出来ました。
 

 

24日手術は朝から始まりました。

全身麻酔のために何も分かりません。

目覚めれば「ICU」に居ました。
 

 

無事生還!

 

女房が居ました。

「良性やったよ。

1割取っただけで済んだよ。」と、言いました。

女房の顔を見てホッとしました。

「地獄で天使!」の思いです。
 

 

麻酔医が

「年齢からして身体が若い。

そのために全身麻酔が掛るのに必要量以上掛ったし、

意識が戻るのも早かった。

何かアンチエイジングをしていますか?」と

「ICU」で聴かれました。

フラフラで痛い状況の中で、ぼーっとして居ましたから、

まともに答える事は出来ませんでしたが、

後で考えると「ゲシュタルト」のテーマがここに出てきたようです。

プラス「エサレン・パワー」も影響していた気がします。

身体は正直です。
 

 

あくる25日(火)に「ICU」から一般病棟に戻り、

後は回復を待つだけです。

 

身体から「ドレンパイプ」が、出ているし尿管も、

右手には点滴のパイプが4本付いています。

この状態で歩いたりしてリハビリを始めなければなりません。

日に日に点滴パイプが減っていき、

尿管も取れ、

やがてドレンパイプも。

総べて取れた時は、

体が軽くなり解放感に包まれました。
 

 

私の担当医は

「外科的な治療が済めば、

痛みとの闘いだから、

同じ痛いならば、

病院に居てるよりも、

家の環境の方が落ち着いてリハビリができる。」と、いう考え方でしたから、

24日(月)に手術をして

29日(土)には退院になりました。
 

 

今は、「痛み止め」を呑みながらリハビリを続けています。

6日には「上級・入門講座」を行いました。

一日も早く元の状態に戻って、

元気に講座を行いたいと思っています。

明日は、まる一日の講座にチャレンジをします。
 

 

週末の「Luciaのワークショップ」にはまだまだ痛みがあり、

踊る事は出来ませんが、

みんなのケアは頑張って行うつもりです。

生徒たちも、

頑張ってくれると思っています。
 

 

今回あまりにも急な事でしたし、

生徒さん達に心配をかけたくなかったので、

スタッフ等のメンバーにしか詳しい事は伝えず、

内緒にしていましたので

心配や不安な思いをお掛けして、申し訳ありませんでした。

後、少しで完全復帰できると思いますので、待って居て下さい。
 

 

今回、手術を控えて、経過を見る方法もありましたが、

たまたま病院の同室の人が私と同じ病気で、

一年様子を見ていたら腫瘍が倍になり、

肺を半分除去した様です。
 

 

タイミングというものはとても大切です。

躊躇する時には

行動を起こす事が

今回は良い事と実感できました。

 

「迷うならば行動を起こせ!」

イチゴ飴:失敗しよう!

cocorotkn 2010年1月12日 by cocorotkn

「えべっさん」を終わり、

ようやく正月気分も抜けてきましたね!

 

 昨日「成人の日」(正直ピンときません!15日に慣れ親しんでいたおかげで)

奈良・桜井の「大神神社」初詣でに家族で行ってきました。

元旦には家の裏の神社に済ましていますけれど。
 

 

毎年、特別に意味はありませんが

家族で「三輪さん」に初詣でをして

帰りに「にゅう麺」と「柿の葉寿司」を食べる事が、

暗黙の決め事になっています。

またこれが寒い中、お参りをした後食べるのが美味しくて!

特別美味しいという訳でもないのですが、その雰囲気がいいのです。
 

 

なんか、これをやらないと一年が始まらない気がして、変なもんですね!

特別拘っている訳でもないのですが、やらないと落ち着かなくて!

 

正月三が日だと、出店も一杯出ていて賑やかですが、

11日にもなると、かなり少なくなっていました。

 帰りしなに、出店の中を通っていると、

下の娘が「イチゴ飴」を見つけました。

一般的には「りんご飴」ですが。

通り過ぎた後、

なんか下の娘がブツブツ言っているので、聴いてみると

「イチゴ飴」の事を言っています。

なんか欲しそうに!

「欲しいんやったら、買ったらええやん。」

「でも食べれなかったら、あかんし。」とモジモジしていました。
 

 

下の娘のパターンです。

「欲しいけれど、食べれなかったらダメだ!
  

 ダメはよくないから、やってはいけない!」という思いが、

勝ってきていました。

 

「食べてみやんな分かれんやないか?

食べてみて、

食べれなかったら、

自分には合わないものだと分かるだろ?

失敗したらええねん!

そこから分かる事が一杯ある。

やってみ!」(大阪弁丸出しですね!)
 

 

結局、買って車の中で食べて美味しかったようです。

ついでに飴で服を汚していましたが
 

 

 
失敗を恐れて何もやらないより、

失敗して経験を積んで、

そこからどうすれば成功するかという体験、

実感がとても大事です。

 

失敗したり、

嫌な経験をするから、

自分の中に「好き嫌い。OK、ダメ」だ出来てきます。

何もしなかったら、

経験出来ないので、

何も分からないままで、終わってしまいます。

 

私も女房も同じ経験をしています。

 

「失敗する子はダメな子」

この事をおもいっきり刷り込まれていますので、

「失敗すること」を極端に恐れます。

おかげで「新しい事にチャレンジ」する事を躊躇します。

「新しい事にチャレンジして、失敗すると悪い子」になる事を恐れます。

ならば

「新しい事にチャレンジしなければ、失敗は無い」

イコール「怒られない」

 

大いに失敗をすればいいのです。
 

その失敗から、学ぶ事が一杯あります。

そこから、成功体験を一杯作ればいいのです。

「失敗は成功の母:

失敗から学ぶことは一杯ある。

成功からは学ぶことは少ない」
 

失敗した時に、

責められずに見守って居てくれていたら、

子供は安心して「チャレンジ」を続け、

「自信」を付けていきます。
 

 

今年は、一杯失敗をしませんか!
 

「失敗経験」を

「成功体験」に

「チェンジ」する事を!
 

 

そして、「自分の自信に!」

“嵐”が去った!:裏方

cocorotkn 2009年9月29日 by cocorotkn

先日、27日(日)に、上の娘待望の「嵐」のコンサートがありました。

朝の始発から!普段は早起きなどしない娘が、頑張ったようです。

コンサート会場の「京セラドーム」へ!

 

朝一番で行かないと、「嵐のグッズ」が買えないそうで必死でした。

当初は私が、一緒に始発に乗って行く予定でしたが、

見事に嫌われました!(ToT)/~~~

女房が変わりに付き添って行きました。

 

父親は虚しいものです!

6:30AMに到着すると、もう既に長蛇の列が出来ていたそうです。

すごい人気です。

やはり、ネクタイ締めたオジサンが行っていると、かなり浮いていたそうです。

7:30AM頃に、学校のスタッフの女性にバトンタッチして、コンサート終了まで託しました。

グッズを買い終わった後、

どこも店が空いてないので、スタッフの家で時間をつぶさせて貰っていたようです。

娘が、スタッフとは言えども知らない人の家に、友達と一緒に行くとは信じられないことでした。

付き添いでコンサートに行ってくれたスタッフには感謝します。

 

コンサートも終わり、興奮が収まらない状態で家に帰ってきました。

娘にとっていろいろな経験が出来た一日でした。
 

 

ここで娘に気づいて欲しい事があります。

コンサートに行って楽しむために、

どれだけの「大人」達が動いて、

力を貸してくれ、

何も問題なく安全にコンサートに熱中して楽しめたか?

決して、簡単に楽しめた事ではないことを!

当然、子供にはそんな事は、これっぽちも気づいていないでしょう!

当たり前のことです。

私だって子どもの頃人の目を気にして、

周りの様子を見ながら生きてきた者でも、

そんな事は気付きませんでした。

コンサートにしたって、

グッズの販売にしたって、同じです。

誰かが、つつがなく問題が起きず、

スムーズに事が運び無事終わるように、

いろんな人が動いているからこそ、

成し得ることです。

 

総ての事がそうです。

何をしても「裏方」で動いてくれている人たちが居ているからこそ、

私たちが生活が出来、

幸せに暮らせることが、

普通に出来ている事に、

いつの日か気づいてくれればなァ・・と、思います。

 

しかしながら、コンサートに来る人たちのパワーはもの凄いものです!

あのパワーさえあれば、何でもできる気がしますよ。

 

金曜日(コンサート初日)に帰りの電車の中が(会場からの線と同じなので)混んでいました。

「嵐」ファンでいっぱいです。

中には50歳近い女性三人組も居ました。

熱く「嵐」・コンサートについて「熱く」語っていました!
 驚きでした。

 

 ジャニーズ戦略!見事です!

塾:誰が安心?

cocorotkn 2009年7月8日 by cocorotkn

昨日は長々と書き込みをしましたが、

今回娘と話し合いをする前に、塾をいろいろ回ってみました。

下の娘にも、適した塾を見つけたかったので!

 

回ってみて意外な事も見つかりました。

有名な進学塾に通いながら、

別の個人指導の塾に通う子が居てるようです。

進学塾で分からない事を、個別指導の塾で勉強するようです。

また、進学塾で付いて往けない子たちが補講の意味で、通っているようです。

何か矛盾を感じます。

 

 

何の為の塾?
 

 

娘の言い分の中で「塾に通っても成績が上がらない」と言うことです。

まァ、今回の娘の場合は1学期の中間考査までという短い期間でしたので、

そんなに早く成果が上がるわけでもありません。

そして、進学塾でしたら「受験」の為の勉強ですので、

学校の授業と比べると約3か月から半年くらい先を進んでいます。

入塾したてでは、なかなか追いつけない状況です。

成績がすぐに上がらないのも仕方ない事ではありますが。

 1年生の時に通っていた「学習塾」でも成果が上がらなかった経緯もありますので、

そんな思いも大きいかと思います。

 

私も娘と同じ頃に、塾に行っていた時の事を思い出したのですが、

「成績は上がったか?」と言うと、

「?」です。

 

親から言われて、仕方なしに?塾に通っていました。

結果は、「現状維持」でした。

本当は上がらなければ、いけないのですが。

勉強法が悪いと言えばそれまでですけれどね。

 

今の子供たちを見れば、大多数の子供たちが塾に通っています。

それならば、学校のテストの学年平均点が上がっていって良いはずです!

でも今回、娘の学校の学年平均を見ると「下がっています」?

何故?

塾では中間・期末テスト対策を行っています。

ならば上がらなければならない筈なのに?

変な結果です。

 

今思えば、「塾」に行く事により

「納得」し「安心」していたような気がします。

塾に行っていて成績が上がらければ仕方がない。

と変な納得をしていたと思います。

 

そして、親も!

 

 

「塾」って親たちの「安心保険」なのでしょうかね?

娘に気づかされました!

 

PS:ちなみに、娘は私と顔を合したくないようです。話も。

女房に言わせれば、

「怒られて、怖がっているから、話も顔も合すのが嫌な気がする。」との事。

嫌がっているのと両方と思いますが?

大失敗! 娘の反乱②:父親失格

cocorotkn 2009年7月7日 by cocorotkn

大失敗を仕出かしました!

父親失格です!本当に!

 

娘の反乱①からの続になりますが、

塾をやめた後、独学で期末考査に挑みました。

今回の期末でがんばる条件の基、

成績の結果が出なかったら

塾の夏期講習から頑張るという事で

「嵐」のファンクラブに入る事を許しました。

9月にあるコンサートに行く事が目的です。

娘なりに、頑張っていました。

テストの日は登校寸前まで資料を見ていました。

しかしながら結果は、思うような成績が取れませんでした。

残念です。

 

テストの結果での話し合いの時です。

このままでは「嵐」のコンサートには、とても行かすことが出来ないので、

何か方法がないかと思い

「アピールポイント」と

「改善ポイント」を考えさしました。

 

初めは、娘も冗談を言いながらはじめ、

徐々に気づけるようにもっていきました。

和やかな状態で、

「今回の勉強法が失敗だったから、

塾で問題点を解決して、次のテストで頑張って成績を上げるから、

コンサートに行かせて!」と言う形で、

話を持って行くつもりでした。

 

しかし、女房の一言で娘は「貝」になってしまいました。

こうなればもう話が前に進みません。

娘は自分の気持ちを、言わなくなるのです。

無言のまま時間が進みます。

出て来た言葉が

「塾は嫌。通信講座を受けてやる」でした。

これでは答えになりません。

以前に通信講座で上手く、いかなかった経験があるからです。

もうこれ以上、考えを変える気が娘にはありません。

こう着状態が続き、月曜日まで持ち越す事になりました。

 

もうこの時点で娘の気持ちは

「怒られている!」になっています。

 

娘の為に何とか勉強法を変えるために、

来年は3年生なので、受験勉強がスムーズにいくようにするためにも、

娘が学びやすい「学校の勉強を中心に進める塾」に行って欲しくどうすればよいか考えました。

 

娘は「嵐」のファンになる事により、

積極的な面が出てきました。

また熱中できるものが出来、

今まで親と一緒でないと、何処にも行く事が出来ない娘が、

友達と一緒に、コンサート会場まで行くと頑張りを見せていました。

 

だから、コンサートには是非とも行って欲しく思い、

「夏期講座」でがんばって結果を出して

コンサートへ堂々と、胸を張って行けるように提案をしましたが、

 

「通信講座でやる」と、頑として考えを変えません。

ガンコです。私に似ています。
 

このままでは、前に進まないので娘の意見を採用する事にしました。

しかし塾をやめる時の約束を破ってのことですから、

娘の意見を鵜呑みにする事は出来ません。

 

「分かった。お前の言うように通信講座でがんばれ。

しかし中間テスト時の約束を守らないのだから、

今度は条件が厳しくなるぞ。

結果が出せないのならば、

コンサートの予約はしても構わないが、

コンサートに行かせない。

嵐のグッズは全部没収。

今後嵐のテレビも見せない。

それでもよいか?」

娘は「それでいい」とガンコです。

救いの手を出そうとしても、受け付けません。

 

私は最後に

「結果を出して絶対に

コンサートに胸を張って堂々と行け!

頑張れ!」とはっぱを掛けました。

 

突然娘は泣きだし

「何でそこまで言われやんなアカンの!」叫びました。

 

娘の事を思って言った事が、

娘にとっては

「おせっかい」

「圧力」

「怒られている」と北風になってしまったようです。
 

 

大失敗です。

娘が頑張ってコンサートに行けるようにと考えた事が、

全て裏目に出ました。

 娘は部屋に閉じこもったまま、

ご飯も食べずに、一夜を明かしました。

朝も食事以外は、部屋に居て登校しました。

 

家族みんな重たい空気が流れています。

とても辛い気持ちです。

娘への怒りもありますが、

私自身が味わっている「辛さ」も自分への言い訳だと思います。

娘が味わっている「辛さ」が方がもっと大きいので、とても応えます。

娘は一人で受け止めなければならないのです。

私は大人ですし、

家では女房と話も出来ます。

学校もありますので、いろいろ対応できます。

 

娘は今、「子供と大人の中間点」に居ます。

自分の気持ちも、上手くコントロール出来ない状態です。

学校に行けばまだ友達がいますが、

でも、家に帰れば「ひとり」になります。

「辛さ」をひとりで引き受けなければありません。

私が娘の環境を整えてやらねばならないのに、

逆に追い込んでしまって

本当に「父親失格」です。

こんな事を書いている事も、

私の逃げ道でしょう!

 

反抗期の入り口ではあるので、

大いに私に反抗してくれる事は歓迎します。

私を怨んでくれても構いません。

ただ娘にこの「辛い」気持ちを、何時までも待たずに

楽しく過ごして欲しいと願うだけです。

 

そしてこれからも、

「娘の壁」になり続けなければならないと思っています。

娘が私を乗り越えて成長する事を願って!
 

 

今日、カウンセリングしている途中に、

相談者に行ったことがあります。

「子どもは親を信頼しているから、

キツイ言葉も言う、悪口も。

分かって貰えるからです。

もし、分かってもらえないと思ったら、

子供は何も言いません。

信頼しているからこそ、

わがままも言うし、

文句も言う、

無茶も言う。

自分が間違っていると思っても、

何でもぶつかってくるもんです。」

 

まるで、自分に言い聞かしているような言葉でした。

何時の日か、私の気持ちを分かってくれる日が来るだろうか?

親にになった時に分かる、とよく言いますが、

さぁそれはどうでしょう?

 

ともかく父親失格でした!

大反省!

 

懲りずにいいます。
  

 

コンサートに胸を張って

堂々と行け!

帰ってきました!&娘の反乱

cocorotkn 2009年6月10日 by cocorotkn

6月8日に、無事エサレンより帰ってきました。

全員関空からマスクをして出発しましたが、

現地に着くと誰もしていません。

当たり前ですけれど、そんなもんなんですね!

 

エサレンの中では、感染等気にする事はないのですが、

サンフランシスコ内はやはり心配なので、

マスクと思いましたが、誰もしていません。

マスクをして店に入ると、帰って変な眼で観られそうでとても出来ませんでした。

結局、往復の機内だけの着用になりました。

日本に帰ってくると、みんなしていません。

あの騒ぎは何だったのでしょうかね!

エサレン研修の報告は、

後日書き込みますので楽しみにしていてください。

生徒達の頑張りを読んでください。

 

月曜日に、ようやく我が家に辿り着くと、

女房から上の娘の様子がおかしい、との事。

土曜日の塾に理由も無しに行かないと言い出し、

部屋にこもってしまった。

日曜日も部屋に入ったままで、出てこない。

朝食、昼食も食べない。

晩御飯もようやく食べる状況だそうです。

 

ムム「反抗期」が来たか!

ある意味で戦々恐々として、娘の帰りを待っていました。

学校から帰るなり部屋に直行!

しかしながら、晩御飯の時には降りて来て、

エサレンの話を話しながら、いつも通り食事をしていました。

少し食欲がない感じでした。

 

その後、土産の服を見せて、下の娘と好きなものを選んでいました。

いつもと変わらずでした。

 

あくる日は、塾の日。

さぁどう出るか?

塾に行くために早い目に食事を始めました。

私は風呂上がりに娘の食事をしている前で、

何気ない話を始めていると

「塾をやめたい。

期末テストは自分でがんばる。

それで駄目なら○○塾に行く。」

 

詳しく聴くと、

「今の塾は受験対策で、学校の授業の進み具合と合わない。

 

もう3学期の勉強している。

今のテストの点数が取れる勉強が出来ない。

塾の宿題が多すぎて、テスト勉強が出来ない。

○○塾なら学校のペースで勉強が出来るから、こっちの方がいい。」 と、言い出しました。

 

確かに、夜の7時から10時迄で家族団らんの時間もなく、

塾の宿題に追われて、自由時間も少なくなっていました。

受験を考えると当たり前のことですが、中2なのでもうちょっと、という思いはあります。

 

今の塾に行くようになってから、

頭痛や腹痛がよく起きだしました。

神経的に参っている事は、気になっていました。

 

ここで、判断の難しい所です。

単純に嫌だから辞めさす事は、

これからの事も考えて良くないことです。

 

しかしながら今回は、

娘は意志をしっかり伝えてきました。

いつもならば自分で決断が下せず、

うやむやの形で物事に決着をつけてきた娘が、

「やめてもいい?」とは聞かずに

「辞める」としっかり意思表示をしました。

 

これも娘の成長だと思います。

自分の意志で物事を決める。

そしてその責任をとる。

この第一歩だと思います。

 

娘は塾に関する、嫌な事、これからどうするか?

その結果、問題が起きた時はどうするか?

しっかり自分の意見を伝えてくれました。

それも笑顔で!

 

どうも、女房とは感情的になるみたいで、

こんな時は旨く対話が出来ないようです。

同性の難しさでもあります。

思春期に入ってきた証拠です。

 

そして、娘も「ファザコン」であることも証明されたようです。

それでも、私に話してくれるのも、時間の問題だとは思いますが!
 

 

娘の成長に乾杯!
 

身の上話④迷子

cocorotkn 2009年4月28日 by cocorotkn

私の幼い頃は、休みだからといって家族と一緒に遊びに行った記憶はありません。

自営業、故に仕方ないことではありますが、

やはり友達が親と一緒に遊びに行く話を聞くと、

淋しい思いがあります。

そのお陰で、以前にも書き込みましたように、

「休みには子供と一緒にどこか出かけなければならない!」

と、言う強迫観念のようなものが今でもあります。

 

それと同時に「迷子」と言う思い出も!

 

私は小さい頃よく「迷子」になりました。

よく親から「お前はいつでも、どこでもすぐに迷子になる。」と言われていました。

私は、親と一緒に遊びに連れて行って貰えなかった代わりに、

「叔父家族」に一緒に連れて行かれました。

ともかく、遊びに連れて行って貰えなかったので、

たとえ「叔父家族」でも連れて行って貰えることが、

嬉しい事でもありました。

でも、本当は親でないので淋しいのですが!

 

叔父には3姉妹の娘がいて、

下二人と年齢が近かったので、よく下の娘二人と一緒に遊びに連れて行って貰いました。

当然、遊んでいる時や移動する時には、

叔父夫婦は娘たちの手を握り連れて行きます。

娘たちが第一優先です。

私の事は、当然後回しです。当たり前です。

そして、家の中では

「手の掛からない、いい子」を演じていましたから、

「お前はひとりで何でもできるよね!ほっといても大丈夫だよね!」

と言う扱いを受けていましたので、

後回しにされても仕方ないことです。

 

今でも覚えています。

小学校3・4年のころ叔父家族と遊びに行った帰りのとき、

阪急電車に乗り

(私は近鉄沿線に住んでいました。その頃のことですから、電車に乗る事も経験があまりない時でした。)

 

どこかの駅で乗り換えて梅田駅まで戻る時に、

電車の中で叔父から

「次の駅で降りて、乗り換えるからな。時間がないから急げよ。」

だけ言われて、駅に到着しました。

叔父夫婦は、娘たちの手を引き乗り換えの電車に急いで行きます。

私は、ただ降りる事が必死で、

降りたとたん「どこへ行けばいいか、どの電車に乗ればいいのか」全く分かりません。

降りた途端どうすればいいの分からず、

叔父の後ろ姿を必死で追い求めました。

でも人混みに呑まれてしまい、

姿を見失い、気が付けば駅には誰も居ませんでした。

そして電車も!

 

私は、駅のホームを必死に行ったり来たりしていました。

叔父の着ていた服を捜し求めて、

少しても似た雰囲気ならば走って行きました。

ホームには誰も居なくなりました。

その駅が何処なのか?分からず。

 

半ベソをかきながら、ホームに立っていました。

何故か駅員さんも居ませんでした。

 

丁度その時、知らないおじさんが私に声を掛けてくれました

「どうしたの?どこの子?名前は?親御さんは?家は?」と定番の質問です。

私自身もパニックていますし、

今ここが、何処なのかも分からないので、

何を伝えれば、いいのかと言う状態でした。

ともかく、その親切なおじさんにより、

梅田駅まで連れて来てもらえました。

今考えたら、知らないおじさんに連れられて行くという事は怖い事でした。

しかし藁をもすがる思いでした。

梅田駅の駅長室まで連れて行ってもらうと、

そこには叔父夫婦が心配した様子で居て、ようやく再会できました。

当然の如く、怒られました!(何故!)

 

時には、デパートへ行ったとき、

デパートの屋上にある遊園地(当時は賑やかな楽しい場所でした)遊んでいたら、

案の定私はまたもや「迷子」になりました。

係りの人に見つけて貰い、「迷子探し」が始まります。

屋上遊園地の真ん中で、

お立ち台に乗り場内放送されます。

何回も!

そのうち、その台の傍を、叔父夫婦が娘を連れて通り過ぎるのが見えました。

迷子の私に気づいてくれません。

場内放送があっても。

これも当たり前のことです。

自分の娘が一番ですから!

私は、あの時の淋く、不安で、辛い、悲しい、みじめな思いがあります。

私の娘には決して私と同じ思いをさせたくないので、

移動するときは娘の手をしっかり握りしめて移動します。

程々に、ひとりで行動させた方がいいのですが、

迷子の悲しい思いだけはさせたくないので!

少しでも迷子になりかけた時には、怒ってしまう時があります。
 

私ももうじきG・Wがスタートします。
 

 

又、手を握っているのでしょうね!

悩まされます!②:ダブルバインド

cocorotkn 2009年4月24日 by cocorotkn

続報です!

エサレンに娘を連れて行くか悩んでいましたが、結論からいいますと、

娘が行かないと言い出しました。

 

 

やはり、行くと決まった時から不安が湧いて来たようです。

娘に対し、

「ダブルバインド」「ゴムの壁」の如く、

こころの中は不安からの反対なのに言葉では賛成し、

その後娘に対しに不安になるような事を言って、

諦めさす様な事はさせたくないので、

私の率直な思いを伝えました。

初めに、

「我慢している姿を見たくないから連れて行かない」と伝えた上で、

それでも、娘が行きたいと言っていたので、

娘と一緒にエサレンに行ったら、こんな楽しい事があると伝えました。

自分にも、不安を振りはらうためにイメージしていました。

複雑な気持ちです。

 

連れて行く不安と、一緒に行く喜びと!

正直言って、娘と二人で旅行など行く事はないと思います。

ある意味で「素敵な機会」でもありました。

もう二度と、父親である私と二人で一緒に行くとは言ってくれないと思いますし、

ラストチャンスでもありましたので。

 

娘は決断した後は「サバサバ」していました。

夜もぐっすり寝たようです。

娘なりに悩んでいたと思います。

あくる日の朝は、少し寝過していました。

これはこれで良かったんだと思います。

娘は自分で決断する事が出来たので、

成長したんだと思います。

 

私は、少し消化不良です!