家族の糸口

子供らしく:素直に自分を出す

cocorotkn 2009年3月13日 by cocorotkn

「子供は子供らしく」

これは当たり前のことです。

でも、これが当たり前でないのが現実です。

 

昨日も、大阪市立西淡路小学校の「人権講演会」へ

「子供との接し方について」という内容で講演に行ってきました。
 

講演会の講師と呼ばれた時には、

冒頭の「子供は子供らしく」と言う事を必ず取り上げます。

「良い子」って、どんな子なのか?

「親にとってい良い子」なのか?、

それとも「子供にとって良い子」なのか?
 

皆さんはどちらを選んでいましたか?
 

 

先日も寝る前に女房と話していたのですが、

下の娘がチョゲまくって(大阪弁です。ふざけることです)調子にのり、

うるさいぐらい喋ったり、おどけたりしています。

私の家の「ムードメーカー」でもあります。

おかげで、お姉ちゃんからも怒られるし、

女房からもお目玉を貰う日々です。

そんな時、女房が

「うるさいぐらいで手を焼くけれど、子供らしくて羨ましいわ。

裏表なく、作ることなく自分をそのまんま出しているんだから。

私なんか、親の前では絶対に本当の自分を出さなかった。

出せなかった。猫を被って作っていたから!」とポツリと。

 

ある意味で、喜ばしい事ですね!

子供が、家の中では飾ることなく、

思いっきり自分を出していて、

チョゲまっくている事は。

親の顔色を見ることなく、

思いっきり自分を出している事は!

女房の話を聞いたあと、はたと思いました。
 
「俺も親の顔色を見て生きてきたけれど、

猫を被っている自分自身にも気付かなかったよ。

ごく当たり前の如く、違和感無かった。

普通だった。

やっぱし昔は変だったんだな!」と言っていました。

違和感を持つ事自身が、良くない事と思い込んで居たのですね。

持てば辛いから!

 

昨日、エレンから連絡が来ました。

「来年(2010年)の日本で行うワークショップをいつ頃にしますか?」
と言ってきました。

エレンは、来年のスケジュールを組んでいる最中のようです。

TKNのワークを優先する思いから、声を掛けてくれたのですが、

まだ今年のエサレン研修も此れからなのに、

まして秋に行うワークショップ(10月10日(土)・11日(日)に奈良で行います。)

の内容も此れから詰めていく段階なのに、

そして来年の、エサレン研修の予定もまだ立てていない段階での話は、

少しキツイものがあります。

 

ちょっと、ゆっくりさせてよエレン!

でも、これ位のスピードで動かないと、何も進まないのですよね!

それでは、私も「アクセル」を踏みますか!

みんな、ついて来てくれよ!

身の上話③ 顔色を見る

cocorotkn 2009年2月4日 by cocorotkn

昨日は特別にお休みを貰い、

久しぶりに夫婦で映画に行ってきました。

 夫婦割引:片方が50歳を超えていたら、ひとり1,000円で見れます!

 

「マンマ・ミィアー」

久しぶりに、単純に笑い、泣き、楽しめた映画でした。

ギリシャのきれいな海、

自然の中で歌い踊るミュージカルに堪能してきました。

映画の内容が、どうのこうのと批評するより、

ただ何も考えずに楽しめた事で、スッキリしました。

思わずCDまで買ってしまいました!

 

昨日は節分で、豆まきをしてそのまま、静かに終わるはずでした。

が、下の娘が又、風邪をひいてしまい早く寝ささなければならないのに、

テレビを見ながらダラダラしていたので、

少し語気を強めて「早くしろ」と言って寝さしました。

そのとばっちりが上の娘に行ってしまい、

今日から1時間勉強をする?

(普段は全然していません!)と言っていたそうなのですが、

ダラダラしていたので

「そんなことしていたら、9時からの見たいドラマが見れないぞ、

お風呂が遅くなるぞ、時間の段取りを考えろ。」と言ったら、

ドラマも観ずに、勉強を始めました。

 

私の意図が伝わらなかったようです。

何か、気まずい空気が流れました!

怒られたと取ったのか、

拗ねたのか!

 

私は、小さい頃から「相手の顔色」を見る癖が、しっかり付いています。

常に「いい子」で居なければ成らなかったからです。

絶対に悪い子ではいけないのです。

家の中でも、学校でも、近所でも、どこでも!

特に母親に対しては、

「大好きな母親には嫌われないように!」がありました。

母親は、昔から身体が弱く常に構われる存在でした。

母親の機嫌を損なう事は悪い事でした。

身体が弱いせいもあって、ヒステリックを起こせば寝込んでしまう癖がありました。

母親が寝込んでしまうという事は、子供の私にとってはとても淋しいことです。

構ってもらえません。

そのお陰で、母親が嫌な気分になりヒステリックを起こし、寝込まないように

母親の「顔色」見る癖がつきました。

以前も書きましたように、

朝、起こしてくれる時に母親の声ではなく、

父親の声の時は兄弟が顔を見合せ

「今日は静かにしておくのだぞ!

母親に手間を掛けさせてはいけないぞ!

機嫌を悪くさす事をしてはいけないぞ!

わがままを言ってはいけないぞ!

母親が機嫌よく落ち着くようになるまで、おとなしくしている事。

母親の機嫌を取れ!」

が暗黙の了解です。

 

母親の声のトーン、

顔の表情、

イラツキ、

行動に神経をとがらせていました。

母親がヒステリックを起こし、

寝込んでしまえば総ての事が台無しになってしまいます。

とても寂しく辛いことです。

 

そのために、「相手の顔色を見て、相手が機嫌よくなるようにする。」とてもうまくなりました。

自然に反応するようになっていました。

そうすることが自分の安定になるからです。

「自分さえ我慢すれば、相手は優しい。それが幸せだ!」と思い込んでいました。

それが生きていく術だったのです。

 

 

この癖から解放されるために、苦労をしました。

「もう、ひとの顔色に一喜一憂しない!」と

「自分の気持ちに正直になる!」という事に!

 

しかし、今の家族の中でも、

「顔色を見ている自分」が居ました。染みついているのですね!

子どもたちがした悪いことに対し、

注意をして何故悪いかを説きます。

しかしこの事は、子供たちにとっては「説教」にしか映りません。

子どもたちの顔が暗くなり、

時には「すねている」ようにも映ります。

この空気が私は一番いやなのです。

母親との関係をよみがえさせられるので!

思わず、子供たちが笑顔になるように行動をしていました。

 

「私が悪いわけではないのに、

なぜ私が罪悪感を感じなければならないのか!

子供たちが悪い事に気づき、

自分たちから態度を変え無くてはいけない。

私は何時もと変わらない、

同じ態度を取っているだけだ。

相手に対して、思いやりを持てるように(子どもたちはこの部分は弱いので!)」

という葛藤にいつもなっていました。

ある時、

「このやり方では、昔の私と同じことになるのではないか?

子供たちが親の機嫌を取ることになるのではないか!」
  

 

やめました!

この考え方を!

子供が、笑顔で毎日を過ごせるように、

私が対応する事にしました。

子供が気付くようでは、私の二の舞いです。

いつの日かこの事が、子供たちなりに気づくことを信じて!

 

子どもたちの笑顔が一番です!

明日も、笑顔で学校に送り出せるように!

 

余談ですが「顔色を見る」この癖が、今とても役立っています。

生徒たちの様子がよく分かります。

ドアを開けて教室に入ってきた様子、

挨拶の声で生徒たちの様子がよく分かります。

元気か、

調子悪いか、

悩みにぶつかっているか、

などよく分かるようになりました。

 

この事だけは、親に感謝をすべきですかね!

この頃「顔色を見る」ことに対して、

罪悪感をあまり感じなくなりました。

「肯定も否定もしない」ようにしていると、気持ちが楽になりました。

拘っていた自分が少し滑稽に見えます!

フォーリーブス

cocorotkn 2009年1月29日 by cocorotkn

昨日、フォーリーブスの 青山孝史さんが亡くなられました。

特にこれって言う事はないのですが、

私が18・9歳頃よくみんなから「青山孝史」に似ていると言われた時期があります。

 私自身は、何故なんだろうと思っていました。

そのおかげで、「フォーリーブス」何となく気にしていました。

 

 彼らがジャニーズの先駆けです。

その前に“ジャニーズ”というグループが居ましたが、

彼らが活躍しなければ、今のSMAPも嵐も存在しなかったでしょう。

この事を娘たちに言うと、思いっきりスルーされました。

確かに古いことです。

昨日ニュースが流れた時には、何か言いしれない「虚無」の気持ちになりました。

年齢も近いこともありましたし、

ずーっと活躍していくものと思い込んでいた人物が、

突然亡くなってしまい、なんか変な感覚です。

 

今更、一線に出てくるわけでもないし、

 

私とはまったく関係のない人ですが、

一時期似ていると言われた人が、

亡くなるのは何となく嫌な感覚です。

 

特に、今月中旬「肝臓癌」を発表した時

「一日でも長く幼い娘の為に生きたい」と言っていた事が、こころに残っています。

私としても40歳を超えて恵まれた娘たちですので、

「一日でも長く生きたい、せめて娘たちが嫁ぎ、自律するまでは生きていなければ」という思いと重なり合います。

彼の無念さは、私なりの解釈で分かる気がします。

ガンに侵され、ステージに立つことなどもう無理な状況だったはずなのに、

娘に「父親の生きていた証し」を見せるが如くの姿には、胸詰まらされる思いです。

私には娘たちに「生きていた証し」を残す事が出来るだろうか?

今は、その事を考えています。

サバイバー:生き延びるために

cocorotkn 2008年10月2日 by cocorotkn

 昨日書き込みをしました、エレンのワークショップの報告に抜けていた事がありましたので、こちらのカテゴリーで追記をします。
 今回のワークのテーマ「恐怖を解き放つ」で、大事な事があります。
「サバイバー=意志によって闘う人」

 

 直訳すれば「サバイバルする人」「生き伸びる人」になります。

 

これは、アレキサンダー・ローエンの「バイオエナディティックス」の理論から生まれています。

 

私達は、

「生き延びる闘いのために多くのエネルギーを傾けていれば、

自己表現は必然的にそのしわ寄せを受ける」と言うテーマ持ち、生きています。

自分の「素直な感情」を表現する事が自然体です。

(わがままを言う事ではありません)

対人関係のおいて

「喜怒哀楽」を感じれば、吐き出すことによりクリアする事ができます。

ごく自然な行為です。

 

しかし、その自然な感情を表現すれば「嫌われる」事になります。

この事を、親子間で行ないます。

幼い子供と親との関係で!

 

幼い子供は、生活の中で色々な感情を持ちます。

感情を溜め込んでいると心のバランスが取れなくなり、不安になります。

不安にならないようにするために、

その感情を一番よく理解してくれる親に吐き出します。

受け止めてくれるとの思いで。

 

しかしながら、

親のタイミングで「OK」の時は受け止めてくれますが、

「NO」のタイミングでしたら、拒絶されます。

親もそんな環境で育っていますので、

子供を受け止める事が出来ないのです!

特に「NO」の時、

親は「怖い顔、嫌な顔、悲しい顔」などをしてきます。

子供にとって

「親が笑顔でやさしく接してくれる姿が愛されている姿」=生きて行けます。

逆に

「親が怒っていたり、悲しんでいたり、嫌がっている姿は、愛されていない姿」=生き延びれない=「死」を意味します。

 

その結果、私達は

「親の顔色を観ながら、自分の感情を殺し、呑み込む」事を選びます。

それも自然な事だとして!

つまり

「自然な感情を出す事は死を意味する」=「生き延びるために自分の感情を殺す」=「感情を出す事は死を意味する」事になります。

「死=恐怖」を意味しますから、

「感情を出す=恐怖」に繋がります。

 

こうして「サバイバー」が誕生したのです!

「生き延びるために、闘う人」として人生を送ってきました。

 今回のワークは

「サバイバー」から脱却するために

「恐怖を解き放つ」事を目指したのです。

 

ワーク中、

みんな感情を出す事に恐怖を覚えながら、必死に頑張りました。

恐怖の乗り越えて、

感情を出したのは「他ならぬ私」なのです。

 

  そんな自分を「誉」と思って欲しい!
  

  自分を信じて欲しい!
  

  自分を好きになって欲しい!

  みんな良く頑張ったね!

  ありがとう!

歯車:家族システム

cocorotkn 2008年9月24日 by cocorotkn

今日のテーマは「歯車」です。

 

日頃、私共の講座を受講されて、

皆さん、自分の「悩み」から少しずつ解放されていきます。

 

 

そしてたまにあるのですが、受講の途中で

「元気になれたので、後は自分の力で頑張っていきます!」と言って、

学校から離れていかれます。

本当にこの言葉は、嬉しい事です。

しかしまだ「一人で歩いていく」には早い時があります。

 

これは、エサレン研修でもエレンのワークでも良くある事です。

私共の講座や、エサレン、エレンのワークを受けることにより、

力がつき元気になります。

自分の力で歩いて、生きる気がします。

確かにこの思いは大切です。

しかしながら、「本当の自分の力で歩いている」と

錯覚をしてしまう事がよくあります。
 

 

私達は、家族という「大きなシステム」の歯車として動いています。

 

順調にこのシステムが動いていれば、問題はありません。

自分もそのシステムの歯車として、幸せに回転します。

でも、システムが間違っていたら!

 

問題を抱えながらも「家族システム」は回転を続けます。

「アンバランスのバランス」をとりながら。

長年の習慣として!

お蔭で、問題点にも気づきません。(困った事です!)

 

そんな時、ひとりの歯車が「問題点」に気づき、

「自分らしく生きたい」と叫び、

「自分らしい回転」を始めたら、

「家族全体の回転(システム)」が狂ってきます。

 

これは問題家族にとっては一大事です。

問題点に目をつむり何もない、

幸せな家族と思っていた家族にとっては、

とても耐えられない事です。

幸せ(問題がある)が脅かされるのですから!

問題家族にとって

「家族全体の回転(システム)」を乱すものは「悪者」です。

「悪者」は倒すべきです。

何をしても構いません!

いじめようが、

バッシングしようが、

傷つけようが、

見捨てようが、構わないのです。

自分達の安全を守るためには!

一気に攻めてきて、

「健全な歯車の回転」を止めて、もとの回転に戻します。

問題家族にとってはこれが「正義」です!

私達に「恐怖」が襲ってきます。

「見捨てられる恐怖」が!

 

 
講座もエサレンもエレンのワークも、

「自分らしい回転する歯車」となり、

「正しい回転」を身につけてもらいます。

それを一緒に実践しながら、回せるように実体験してもらいます。

そして回せば、

どんなに「自分らしく」生きれるか実感してもらいます。

私達はそのサポートをするだけです。

その場を提供する事しかできません。

後は、

自分の力で歯車を回転出来るように、

「歯車が自分で回れるようにモーター」を取り付けるのです。

自分で回転できるようになれば、

家族からの元へ戻す力が来ても、

跳ね返す事が出来ます。

 

講座を受けることにより、

エサレンに行く事により、

エレンのワークを受けることにより、

「みんなの力」によって、

「自分の人生の歯車を回している」と言う事実に、

気づいていない場合が多々あります。

 

自分で歯車を回しているつもりでいます。

しかしながら、

サポートがなくなれば、

初めは惰性で回っていますが、

やがて回転は止まり、

元の回転に戻されます。

もとのポジションに戻されて、何もなかった状態に戻ります。

 

自分の力で「歯車を回転」できるようになるまで、頑張って欲しいのです。

 

今回のワークショップでは、エレンにお願いして、

日常生活で5分間ぐらいでできる「エクササイズ」を作ってきてもらい、

生徒達に教えて貰いました。

ワークショップで獲る事ができた、

「安心感」「幸せ」「希望」「仲間」「やれば出来る達成感」「そしてそれを認める力」を持ち続けるために、

「エクササイズ」を続けて欲しいのです。

 

「不健全な家族のシステム」の力を跳ね除け、

「健全な歯車の回転」が出来るようになるまで、続けてください。

中近:気の緩み

cocorotkn 2008年9月11日 by cocorotkn

月曜日から、とうとう「中近メガネ」を付けています。

ハイ「老眼鏡」です。

近視のため、メガネを外せば近くははっきり見えるのですが、

近視用メガネを掛けていると、手元の小さい文字が見えにくくなっていました。

よく目にする、目から離して文字を見ている老眼とは少し違います。

でも、遠近の切り替えがスムーズに行かなくなると、

もうそれは老眼なのです。(シュン!)

レンズに境目の無い「中近レンズ」を使っています。

これを掛けると面白い現象に遭遇します。

レンズの見る位置でピントが変わるのです。

そのお蔭で、観たい物に対してレンズの位置を合わして、モノを観なければなりません。

これに慣れるまで大変です。

眼とメガネを動かしてモノを観る事になります。

今まで通り、目だけを動かしているとピントが合わなくなって、目がおかしくなります。

 

新しい体験が出来ました。

不便な部分と、新鮮な部分があり、面白いです。

 

しかしながら、視力の大切さをつくづく知らされました。

私達は、「失って初めて分かる大切さ」をあまり気づいていません。

当たり前と、思い過ぎています。

 

これからは、加齢ゆえに今まで普通に出来た事が、スムーズに出来なくなります。

その現実を受け入れながら、今あるモノを大切にしたいと思います。

 

ちなみに、昨日女房が車を擦りました。

2年ぶりかな!

何故か2年間隔で定期的にぶつけます。

今回は可愛い物です。

バンバーを擦っただけです。

今までの最高は、家を潰した事。

ガレージの柱を折りました。車のドアもグチャ!

よくドアを潰します。(何枚目!)

丁度、慣れによる、気が緩んできたときです。\(◎o◎)/!

 

しかしながら、いつもながら「怒る気ならない」のです。

メールで「今電話していい」と言ってきます。

ショックを受けてショボンとしています。

もう女房は悪い事が分かっていて、

落ち込んでいるのに、怒る気もなりません。

 

以前の私ではこうは行きませんでした。

独身の頃は相手を責めて責めていました。

結婚した安心感が変えたようです。

自分を受け止めてくれる。

分かってくれる人がいると言う安心感です。

 

でもあんまり、当てて欲しくないと言うのは本音です。

まぁ、モノにぶつかっている間は「気にしない~!」です。

 

24時間テレビ:奇跡の子

cocorotkn 2008年9月4日 by cocorotkn

6年前のエサレン研修に出発する一週間前に「24時間TV」ありました。

アメリカの同時テロの翌年だったので、

戦争被害に苦しんでいる被災者達に、

愛の手を注ごうと言う主旨だった事も有り、

戦争の悲惨さを番組で訴えていました。

子供達を一緒にTVを観ていたら急に、

上の娘が泣き出しました。

 

「エサレン行かんといて。

行ったらアカン!行ったら、

とうとは死ぬ!」

「飛行機が落ちる!」泣き叫びました。

下の娘もつられて、大泣きをしていました。

この年初めて、TKN心理サロンとして単独でエサレンに行く時でしたから、

私も少し不安になりましたし、

子供達をどのように落ち着かせたら良いのか、悩みました。

また、TVの子供達に与える影響の大きさに驚かされた物でした。

 

あれから6年経った今、

急に「24時間TVが観たい。一晩中起きて観ていたい!」と言い出しました。

(そのとき以降あまり観ていません。

今年のメインパーソナリティーが「嵐」だったからです。

どうもドラマ「花男」の影響のようです)

 

私達が寝ても、二人で起きて見ていました。

夜中、1時半頃までキャァー!キャァー!言いながら!

番組に感動する事も無く、

何か感じ取るも無く、

涙することなく(親が泣いていました。)

こんな感性で大丈夫なのか、

思いやりに欠けているのではないか!複雑な思いでした。

 

しかし、子供達のキャァー!キャァー!言っている姿を見ていると、

本当は「無かった命」だったんだなぁと思いました。

 

私が「男性不妊」で、子供が授かる可能性は0%に近い状態でしから。

カウンセリングの世界に関わり、

人生を180°変換させる事が出来たお蔭で「奇跡の子」が授かりました。

夫婦でエサレンに行ってから、大きく人生が変わりました。

以前も書きましたが、

夫婦でエサレンに行ったカップルはみんな授かっています。偶然だとは思いますが!

 

当然、一人っ子だと思っていたら、

二人目も授かり奇跡が続きました。

 

本当は無かった命。

今ここに、元気に姉妹仲良く騒いでる姿を見ていると、何も言えませんでした。

女房と二人「良かったな!」涙ぐんでいました。

 

今は、感度も無ければ、思いやりにも欠ける。

でも元気に今、生きている。

それだけで充分に幸せだ!

 

「ありがと!私達の子供として産まれて来てくれたことを!」

「お前達を、苦しめる、悲します事からは絶対に守るから!」

本物を知る

cocorotkn 2008年8月15日 by cocorotkn

本物を知っている事が如何に大切か!

 

数年前、家族で「寿司屋」に行きました。

カウンターに座り注文をしていると、下の娘が

「このお寿司屋さんは、ニセモノ!だって回ってないもん!」

そうです、

娘達は回転寿司しか、行ったことがなかったのです。

 

この日が本物の「寿司屋さんデビュー」だったのです。

 

「違うよ。こっちが本物で、回転寿司はニセモノ(?)なんだよ!」

「ううん!違う!お皿も丸くないもん。」

娘の言うとおり、

回転寿司の皿は「丸皿」、

本当の寿司屋さんは「細長い皿」なのです。

 

子供は、物事を素直に見て捉えています。

大人には気づかない事も!

「いやいや、細長い皿が本物だよ。」

「へぇ~!変なの!」

 

店の人も、お客さんも微笑みながら子供達を見ています。

親としては少し冷や汗ものでした。

 

本物が何かが分かっているかどうか!

これが大事です。

本物を知っているからこそ、

偽者がわかります。

本物を分からず、

偽者しか知らないと、

「偽物が本物」なります。

とても怖いことです。

本物を分かっているからこそ、違いが分かります。

 

今の子供達は、

「スイカが切り身で、木に生っている。」

「魚が、切り身で泳いでいる。」

「太陽が、地球の周りを回っている。」等、

信じている子供達がいます。

 

大人は、しっかり伝える事が大切です。

「違いの分かる男(大人)!ムゥ マンダム!(古る~)」

 

「こころの世界」も同じです。

「本流」と「亜流」

本当の「こころの世界」を知って、

「本流」を伝えていくのか、

流行に乗り、「亜流」でカウンセリングを行なうのか!

本物を知り、時代に合わせて変えていくのと、

表面だけをかじり時代に合わせるのとでは、大きく違います。(スピリッチャルな世界や、霊の世界に走ったりします。)
 

夏休みの出来事:怖いもの

cocorotkn 2008年8月13日 by cocorotkn

先日の休みの日、

下の娘が学校の授業で育てていた「ひょうたん」が成長しすぎ、

1階の屋根まで「蔓」を伸ばして絡んできたので、

剪定をしようと足場を作って作業をしていました。(娘にはチョット手に負えないので)
 

 

ふっと「ひょうたん」の根元を見ると、

小さい黒い粒がいっぱい落ちていました。

葉っぱを見ると、色が変わり穴だらけになっていました。

 

そうです。「青虫」にやられていました。

よく見ると、

居るはいるは、ゆうに二十数匹。(小さいんですけど)

 

丁度、自由観測で写真などを撮りながら記録を残していたので、

娘を呼び出しカメラを持って来さしました。

しっかり「青虫」をカメラにゲットしました。

写りが良いように「青虫」を集めたりバランスを取りました。

娘に記録を残すように伝えました。

しかしここからです。

この青虫の処理です。

 

娘に、

「青虫がひょうたんに付いている事を気づかなかったか?」

「下に青虫の糞が落ちていた事に気づかなかったか?」と聞くと、

黒い粒が落ちていた事に気づいていたようです。

そして葉っぱがおかしい事にも!

 

娘に対して、

「ひょうたんを守ってやれるのは誰だ!

青虫も、蝶々になるために必死になって葉っぱを食べて、生きている。

でもそのお蔭で、ひょうたんは死んでしまう。どうする?」

娘が「守らなアカン!」

「青虫を殺すのは可哀そうだけど、

ひょうたんを助けるためには、必要な事だな。

同じ命を殺すのは、矛盾しておかしいけれど、

一緒に片付けよう!」

 

ここから大変でした。
 葉っぱに付いている、青虫を素手で袋に入れるからです。

当然、娘にとっては「怖い」事です。

でも、逃げれない事です。

ほっとけば、

青虫も必死ですから逃げ出して、

元のひょうたんに戻ろうとします。

 

とうとう泣き出しました。

「怖い」と「青虫を退治」する事の葛藤です。

しかし「怖い」が大きく勝っています。

 

小1時間程、

泣きながら、

固まりながら、

この嫌な時間が早く過ぎる事を願っているようでした。

 

確かに、嫌な事です。

娘に嫌な思いをさせたくありません。

でも、怖いからといって逃げていたら、何も出来なくなります。

「怖いのものは、怖い!」この事からは、逃れられません。

「例え怖くても、最後までやらなければならない」ことが、この世の中には一杯あります。

「怖いから逃げていたら、何もならない。

怖くてもやらなくては事がある」事を、娘には分かって欲しかったのです。

そして、「命」の大切さを。

 

娘は、泣きながらも逃げずに、

葉っぱに付いた「青虫」を袋に入れました。

よく頑張りました。

 

その2・3日後、夜に「蜘蛛」が出ました。

私の手のひらを広げた位の大きさです。

(蜘蛛って脚が長いから、大きくグロテスクに見えますね)

丁度、私は手が離せない状態だったので、

女房に「殺しといて」と頼みました。

暫くすると、キャーキャー言いながら「蜘蛛」と格闘しています。

すばしっこいので、最後は私が新聞紙て叩いて殺しました。

でも、普段私が居ない時は、

女房が総て処理をしているんですよね。

子供を守るために!

私が居たら逃げるのに!

やはり「母は強し!」ですね。

 

例え相手が、

ゴキブリでも、

蜘蛛でも、

ムカデでも!

 

やはり、

ここでも「怖いから逃げているわけには行かない!」です。
 

 

人生も同じことが言えますね!

思い上がり

cocorotkn 2008年7月10日 by cocorotkn

エサレン付近の山火事は、

未だに収まることなく、燃え続けているようです。

 

ワークショップも来週まで閉鎖のようです。

ようやくワークスカラー(働きながら勉強している人たち)の受け入れが始まるようです。

早く火事が収まり、

エサレンが再開される事を願います。

 

エレンは今、バリに居ます。

バリでマッサージ教えているようです。

そして秋の私達のワークのために、色々エクサ・サイズ作りなど準備をしてくれているようです。

今月中にはエレンもエサレンに帰る予定のようです。

 
上の娘の一学期末試験が終わり、

テストが帰ってきました。

学年の平均点も発表されました。

 

 

私達の頃は、総合点を学校の掲示板に張り出されました。

一目瞭然で、

誰が成績が良くて、

誰が悪いかはっきり出ます。

私も成績は良くないので、とても恥ずかしいものです。

特にこの時に好きな女の子がいたら、夢も希望もありません!ショックでした!

 

娘は前回の中間テストで、

本人も予想外の良い成績を取っていたので、

どうも期末を甘く見ていたようです。

テスト一週間前でも焦ることなく、TVを見ていました。

丁度ドラマが最終回を迎える番組が多く、気持ちがそっちに行っていました。

ようやくテストが月曜日から始まるので、週末から勉強らしいものを始めていました。

こっちも初めての期末なので、勉強が終わるまで寝ずに付き合っていました。

(おかげで、生活リズムが崩れて辛い一週間でした。歳ですかね!そして親ばかです!)

 

勉強の様子を見ていると、

「おいおい大丈夫かい!」と言うような、状態でした。

中間試験の経験から、この程度でいけると「思い上がった」ようです。

結果は散々でした。

平均点にニ、三点足らない状態でした。

答案を見ても、かなり「イージーミス」をしていました。

(漢字で点が四ついる処を、二つしか書いていないとか)

しっかり基礎を抑えていないからです。

正直このイージーミスは、簡単に直りません。

旨くポイントい合えば、よい成績が取れますが、

基礎が無ければ、ポイントが合わないと悲惨な目にあいます。

 

 

私もこの思いを経験しています。

下の娘も今日が成績懇談会です。

おおよその成績が分かります。

私の子供達ですからあまり期待はしていませんが、やはり不安です。

二人とも、

この夏休みは、思いっきり楽しめるか、

勉強という嫌なものに追いかけられるか?

失敗を経験に学ぶものを!

 

二人とも、知らない間に持ってしまった。

「思い上がり」に気をつけて欲しいと思います。

見えるものまで見えなくなります。

 

このことは、私達にもいえます。

クライアントの気持ちが分かっている、

カウンセリングが分かっている等との「思い上がり」を持ってしまうと、

恐ろしい落とし穴にはまってしまいます。

 

 

抜け出す事が難しい「あり地獄」に!

気を付けなければなりません!

 

アッ!もう1人いました。「思い上がり」が!

私共の旅行社の担当です。

エサレンでは一生懸命頑張ってくれたので、

「合格点」を片目をつぶって出そうかなと思っていました。

本人の合格点は90点でした。

でも生徒達が付けた点数は平均75点程しかありませんでした。

「エサレンではムードメーカーとしてよく頑張ってくれたので、

80点を出してもいいけど旅行社としては60点以下です。」と言う結果でした。

今起きている問題が、何も無く収まる事を願ってはいますが、果たして!

ここにも「思い上がり」が招く、トラブルが!

 結果は、乞うご期待を!