対人関係の糸口

イタ電

cocorotkn 2012年3月27日 by cocorotkn

「いたずら電話」には、困ったものです!

 

この世界ではある意味で

「付き物」でもありますが、

時には「威力業務妨害」でもあります。
 

 

開校当時は「無言電話」が多々ありました。

それも夜中に!

何か淋しいこころがさせるのでしょうが、

夜中に飛び起きて電話に出ていた思い出があります。

この世界では、ありがちな事です。

淋しさゆえの行動です。
 

 

たまにあるのが、「ワイセツ型」です。

女性スタッフが対応する事が多いので、

繰り返し電話をしてきます。

でもそんな時に、

私が出ると直ぐに電話が切れ、

その後は掛かってこなくなります。
 

 

先日、と言ってもこの日曜日でしたが、

昼間に電話が入りました。

 

「何回も何回も電話をしてきやがって、ふざけるな!

うるさい!二度と掛けてくるな!」と

凄い剣幕で怒鳴り付けてきた電話がありました。
 

 

発信元は「ケイコとマナブのフリーダイヤル」です。

NAVIダイヤルでこちらに繋がりますが、

発信者の電話番号は確認が取れません!

まして、私の学校の信念として

「資料請求を受けても、

後は問合せはしない。

本人の自立性を大切にする。」を開校以来続けていますので、

こちらから連絡は一切しないのです。(営業的には下手ですけれどね!)

 

お陰で、スタッフが怖がってしまい、

その後の電話に出る事が出来なくなりました。

 

そして、夕方に又電話が掛かってきました。

 

「何回言うたら分かるじゃ!

警察に訴えるぞ!

怒鳴りこむぞ!

場所も分かっているんだ!

承知せんぞ!」と

一方的に怒鳴り散らして電話が切れました!

 

もうスタッフも、恐怖で震えていました。

 

そこで「次は私が出るから、こっちに回してね!」と言って安心させている矢先に、

再び電話が鳴りました。

今度は直接「非通知」で!

 

電話に出るなり先程と一緒で

「何度言わせるじゃ!

ぶっ飛ばすぞ!

代表出せ!」です。

「私ですよ」と言うと

「朝から何回迷惑電話をかけてくる気じゃ!

警察に言って発信元を調べた!

お前とこの女の声も録音したある!

警察に訴えるぞ!」と、

怒鳴りまくりです。

「河内弁」って迫力がありますね!

 

そして一方的に電話が切れました!

 

それ以降は、掛かってきません。

 

相手が女性ならば、

何回も繰り返し電話をしてきますが、

男性が出た瞬間収まって行きます。
 

 

余程、プライベート「腹の立つ」事があったのでしょうね!

その「怒り」の矛先が私どもに向けられたようです。

自分自身の生活に影響の出ない処に、

矛先を持ってきたようです。

 

私どもに「怒り」をぶつけても、

自分自身には影響が出ない処に怒りをぶつける!

本人さんは怒りが消火出来たでしょかね?
 

 

正直言って私も「謂われなき怒り」をぶつけられ、

私も「怒り」が湧きました。

と同時に「恐怖」も!

 

しかし、

「この人は何か、自分の中で怒りが起きる事があったんだな!

その怒りを人にぶつける事により、

自分の怒りを発散しているんだな!

大変だな!

苦しいだろうな!」と、

思えたので私の「怒り」は、またたく間に消えて行きました。

 

「怒り」は自分より弱い立場の相手にぶつけても、

何の解決にも成りません。

 

その当事者に対しての怒りに気づき、

何に対して怒っているのかを受け入れない限り、

永遠に燻り続けます。

そして、自分のこころを毒していきます。
 

 

丁度、来週から行うセミナー「怒りの心理学」のテーマでもあります。

そして症例が見つかりました。

 

逆に感謝をしなければ成らないかも、しれませんね!
 

 

でも、正直あの電話は怖かったですよ!

日本人と欧米人

cocorotkn 2012年1月31日 by cocorotkn

今、読んでいる河合隼雄先生の

「ユング心理学と仏教」の本の中に、

「西洋の意識」という項目があります。

 

河合先生がロサンゼルスで分析を受けている時に、

遠い国から学ぶために来た貧乏な留学生だから、分析料を安くして貰ったようです。

 

処が先生は、

「分析と言う大切な事に対し料金を安くして貰い、

自分自身は生活が楽になるが、

食費を削ってでも正規の料金を払うべきではないか!」と考え、

分析家に伝えたそうです。

 

その時帰ってきた答えが

「I don’t mind at all.Why do you mind?」でした。

「お金を受け取る方の私が全く気にしていないのに、どうしてお前が気にするのか?」
 

 

この、「自分が納得しているのに、何故あなたは気にするのか」に引っかりました。

 

EllenやLuciaと色々な話をし、

Esalenやワークショップを進めてきました。

 

意見がぶつかり合い、

話し合いを続けていくと、

突然、EllenやLuciaは自分の中で結論を出し、

話し合いが完結する事が度々ありました。

 

この事だったようです。

 

彼女たちにとっては、

「自分の中で納得できればOK」のようです。

 

こちらが、一緒にやるのだから

「お互いが納得して、協調しようではないか。」との、

捉え方ではないようです。

 

自己を大切にする人と、

共生により自己を大切にする違いが、

ベースに在る事に、気付かされました。

 

個人(自己)をベースとして、他の関わる欧米人と

 

共生の中で個人(自己)を捉える日本人との違い!
 

 

そらぁ、話が通じない事が有っても、当然ですよね!

 

いつも、何か不完全燃焼で打ち合わせが進むので、

違和感を感じていました。

 

何か、この事が分かり

 

「スッと」しました。

良い人は?

cocorotkn 2012年1月24日 by cocorotkn

「いい人」ってどんな人でしょうね?

 

真面目で、

おとなしく、

誠実で在り、

裏表が無く、

思いやりがあり、

親切で、

誰から見ても「良い印象」を与え、

自分を前面に出さず常に控え目で、

気配りが効き、

常に笑顔で居て、

優しく、

人当たりがよく、

明るく、

落ち着いて、

友好的で、上品で、

信頼され、

大人の印象を与え、

しっかりしている、等など!
 

 

これだけ揃えば、誰にでも好印象を与える事が出来ますよね!

 

でも、これって変と思いません?
 

 

でも、裏を返せば、

個性が無く、

魅力に欠け、

自分の意志が無く、

意見が言えず、

相手の事ばかり考え相手に合わせ、

優柔不断で、

貧乏くじを引き、

美味しいところは相手に譲り、

嫌の事は、笑顔で引き受け、

意気地無しで、

可も無く、不可も無く、

自分の気持ちに嘘をつき、

責任を取らない、

良い人で居る為に嘘もつく、等など!

 

自分に嘘を付いている、

 

「おバカさん」ですね!
 

 

実を言えば、これは「私」です。

私が、幼い頃からずーぅっと演じてきた、

私の姿です。

本当に「アホ」です。

 

良い人で居れば、みんなから好かれる。

良い人で居れば、嫌われる事が無い。

良い人で居れば、大切にされる。

良い人で居れば、必要とされる。

良い人で居れば、得をする。

良い人で居れば、居場所がある。

良い人で居れば、彼女が出来る。

良い人で居れば、恋人が出来、結婚が出来る。

良い人で居れば、幸せな家庭が出来る。

 

ずっと思っていました。

この「こころの世界」に入るまでは。

 

学校でも、

会社でも、

近所でも、

そして家族の中でも!

 

ごく当たり前の様に、

自然に振る舞っていました。

何の違和感も無く!

 

そんな環境でした。

自分気持に嘘を付いていると言う事に、

気付きもせず、

ごく当たり前に!

 

「いい人」が、

私に与えられた役割だったのです。
 

 

でも、結婚することにより、

女房により少しづつ気づかされました。
  

 

「素のままの自分」で居てよい事に!

愛するということ-②

cocorotkn 2010年8月29日 by cocorotkn

前回と同じく

エーリッヒ・フロム著

「愛するということ」の中にこんな文章があります。
 

 

その人を尊敬(愛)するには、

その人の事を知らなければならない。

表面的なものでなく、

核心に届くものである。

 

相手の立場にたって

その人を見ることが出来て初めて、

その人を知ることが出来る。

 

そうすれば、

たとえば、

相手が怒りを外にあらわにしていなくても、

その人が怒っていることがわかる。

だが、もっと深くその人を知れば、

その人が不安にかられているとか、

心配しているとか、

孤独だとか、

罪悪感にさいなまされている、

ということがわかる。

 

そうすれば、

相手の怒りが

もっと深いところにある

何かの表れだと言う事がわかり、

相手のことを、

怒っている人としてではなく、

不安にかられ、

狼狽している人、

つまり苦しんでいる人として見ることが出来る。
 

 

相手のことを深く知る!
 

 

表面に表れている事だけに捉われず、

その人の奥底に隠れている、

本当の叫び、

こころを知ることがとても大切です。
 

愛するということ

cocorotkn 2010年8月13日 by cocorotkn

エーリッヒ・フロム著

「愛するということ」の中にこんな文章があります。
 

 

「自分の生命を与えることによって、

人は他人を豊かにし、

自分自身の生命感を高めることによって、

他人の生命感を高める。

もらうために与えるのではない。

与えること自体がこのうえない喜びなのだ。

 

だが、与えることによって、

かならず他人のなかに何かが生まれ、

その生まれたものは自分にはね返ってくる。

ほんとうの意味で与えれば、

かならず何かを受け取ることになるのだ。

与えるということは、

他人をも与える者にするということであり、

たがいに相手のなかに芽ばえさせたものから、

得る喜びを分かちあうのである。

与えると言う行為のなかで何かが生まれ、

与えた者も与えられた者も、

たがいのために生まれた生命に感謝するのだ。

とくに愛に限っていえば、こういうことになる。

 

愛とは愛を生む力であり、

愛せないということは

愛を生むことができないということである。」
 

 

皆さんはこの文章をどのように捉えますか?
 

決して「見返りを求めない愛情」を与えることが出来ますか?
 

 

「条件付きの愛情」が欲しいですか?
 

自由への責任

cocorotkn 2010年7月17日 by cocorotkn

「自由への責任」

 

自由とは何でしょう?

 

 
V・Eフランクルの著書「意味への意志」の中に表現されていました。

彼は第2次世界大戦下、

ナチスによって強制収容所に収容され、

妻をはじめ、多くの家族を失いながらも、

「態度価値」を見出して生還し、

後に「ロゴセラピー」を展開した人です。
 
 

 

あの悲惨な収容所の中で、

想像を超える体験の中で「生きる」事の意味を見出せたか?
 

 

「意味への意志」の中で「自由の責任」が問い掛けられていました。

私たちは「○○からの自由」を意識しすぎる為に、

「求める」事を望みます。

結果、「与えられる自由」を要求します。

しかし、真なる自由は「○○への自由」です。

これには、責任が求められます。
 

 

私たちは今、「自由」は有って当たり前と思っています。

求めて当たり前と思っています。

何をするにも自由、

先ず「自由」ありきで捉えています。

何をやっても自由、

何を言っても自由、

好きにやって自由、等。

これは本当の自由でしょうか?
 

 

本当の自由は常に「責任ありき」です。

自由には必ず、責任が付いてきます。

責任を果たすから「自由」が手に入ります。

 

例えば「校則」です。

みんなが一般的な常識の約束事を、自主的を守って行けば、

「校則」は必要ありません。

そのルールを破るから「校則」が生まれます。

結果縛られることになります。

面白くありません。

 

「自由」を手に入れたければ、

一般的な常識の約束事を守るという、

責任が常に付いてきます。

 

行動、言動、等に

責任を持つからこそ自由が守れます。
 

 

言論の自由、

表現の自由、

宗教・政治の自由等、

今は当たり前に有るように思っています。

それは、

先人達が戦い、

勝ちとり、

責任ある行動をとり、

守って来たからこそある自由です。
 
 

 

一度、「自由」と「責任」について、考えてみませんか?
 

 

今日の書き込みは、ちょっと堅くなりすぎましたね!
 

 

先日、娘と受験、成績について話し合いました。

昨年の今頃このブログにも書き込みました、「自主勉強」の問題です。

塾をやめて、

通信講座で自分で勉強し成績を上げる。

そして「嵐のコンサートに行く」事を約束して、チャレンジを始めました。

娘なりに努力して頑張りましたが、

思うような結果が出ません。

 

この時までに結果を出す、

約束も果たせないまま、一年が過ぎました。

間もなく一学期が終わり、

受験には最後の大切な夏休みです。

一学期末のテストは、

私の眼から見ても分かるぐらい、娘なりに頑張りました。

いつもの取り組みとは違っていました。

しかしながら、結果は伸びませんでした。

 

その上での話し合いでした。

その結果、

本人も納得をしたのでしょう「夏季講習」に行って頑張る事を決めました。
 

 

自分なりの考えで「自由」(自分のやり方、ペースで。)に勉強をしましたが、

結局約束が守れなくて、

自分なりの「責任」をとって夏季講習に行く事になりました。

 

娘は、立派に責任を取ったと思います。

本人の意識の中では、感じていないとは思いますが!
 
 

 

このように、自由には必ず責任が付いて回るものです。
 

 

 

Win=Win:考えさせられます。

cocorotkn 2010年5月3日 by cocorotkn

日本国憲法の代表的なテーマ

「憲法第9条:戦争放棄」の平和憲法です。

 

いま、沖縄普天間米軍基地問題が話題になっています。

移設問題には考えさせられます。
 

沖縄に日本に在る米軍基地の大半が集まっています。

その結果、負担も大きく掛っています。

私も沖縄に行った時に観光バスに乗って、基地の傍を通っていました。

その時、頭上から戦闘機が降りてきました。

爆音と共に!

想像を超えるものでした。

こんな状況が

ごく普通に四六時中行われていると現実、

凄まじいものだと思います。

 

そして、悲惨な戦闘の爪痕。

大きな犠牲と負担を、

沖縄の地に押し付けてきた気がします。
 

 

今回の移設問題は単純に移設で考えて良いものでしょうか?

沖縄の負担を減らす事は誰もが望んでいることです。

しかしながら、

移設候補地は当然「拒絶」を訴えています。

「移設」は容認、

でも、自分の処に来ることは「拒否」で、

果たして良いのでしょうか?

 

「移設」に関しては良い事だとみんな賛同します。

しかし県外移設先は何処!

「移設はOK、しかし私の処はNO」だけででは、

おかしくありませんか?

小手先の「移設論」だけで済む事でしょうか?

根本的に「基地」が必要なのか?

必要ならば、

日本全体で「基地の必要性、受け入れ問題」を考える時かと思います。

今は、「全国知事会」があるのですから、

そこで真剣に討論すべきではないでしょうか!

国、内閣だけで議論しても答えが出ない事だと思います。
 

 

この時に必要なのが「Win=Win」の考え方です。

「自分の考え方が正しくて、

相手の考え方が間違っている。

それ故に、私の考え方に相手が合わす事が正しいのだ。」

 

この捉え方が、私たちの考え方です。

「私が正義で、相手が悪。正義は悪を倒して良い。」結果、

喧嘩が起きます。

こんな捉え方が当たり前で過ごしていれば、

対人関係が悪化するだけです。

強い人も、傷つきやすい人もこの考え方を基準に生活をしています。

このように偉そうに書いている私も!

 

私たちが考える事は「パーフェクト」はありません。

必ず欠点があります。

お互いが自分の意見を訴え、

お互いの意見を聴き合い、

お互いの良い点、

悪い点を認め合い、

お互いにとって「プラス」になる

「結論」を目指す事が大切です。

そして、

その結論を実行して結果を検証し、

問題点をお互いに検討して、

更に良いものに改良していくことが、

重要です。

 

お互いが「Win=Win」でないと、

負けた方は「あげ足」をとってきます。

負けた方は、決して納得した訳ではありません。

ただ我慢しただけです。

逆に「怒り」が込み上げてきます。

相手の失点を待っていて、

この時ばかりはと思いで、

逆襲してきます。

今の政治家の様子が、見本です。

誰の為に必要かという考え方でが必要です。

D族:ダ音語 否定系

cocorotkn 2010年4月27日 by cocorotkn

春がすっきり訪れないままに、

「ツバメ」を飛び回っています。

 

わたしの家の「ツバメの巣」にも、

季節の使者「ツバメ」がやってきました。

つがいで「巣作り」に頑張っています。

今年は、新しい命が産まれるのでしょうか?

 

読売新聞の朝刊に「こぼちゃん」という

「4コマ漫画」が掲載されています。
 
 

毎日、下の娘が楽しみに見ているのですが、

先月「ダ音語」のテーマで描かれていました。
 

 

「だけど」
 

「でも」
 

「だって」

「どうしたらいいの」

「どうしよう」

「どっちでも」等など

 

何かにつけて、この言葉が口をついて出てきていませんか!

何処か、言い慣れてしまっているフレーズです。

毎日、何回言っていますか?

日常会話の中で、

相手も含めて!
 

 

この言葉は総て

「否定系」の意味をもった言葉です。

そして、優柔不断に対応して、

「心理ゲーム」を仕掛ける言葉でもあります。
 

 

従順のようで、否定をする。

そして、言い訳をして行動を起こすことは無い!
 

自然と口から出てきていませんか?
 

「D(だ)族」になっていませんか?
 

「D族」が口から出てきている時は、

自分に自信を失くしている証拠です。

言い訳をしている限り、

自分のやりたい事は出来ません。

相手の言いなりの人生しかありません。

愚痴だけを言って!

愚痴を言っても何も変わりません。

愚痴を言っている限り

 

幸せは逃げていきます。
 

心理ゲーム:チキンレース

cocorotkn 2010年2月16日 by cocorotkn

心理ゲームの続きです。

 

いよいよ、平日クラスの

「人生脚本セミナー」も最終仕上げの段階に来ました。

 

今日は、参加者全員が

「インナーチャイルドの叫び」に向き合っています。

 

色々な呑み込んでいた感情が飛び出し、

大声で泣き叫んだりしています。

隣のオフィスの方々が、ビックリしていないか心配ではありますが!

 

心理ゲームの中で「チキンレース」をする方が居ます。

ゲームは一回で済んでいると、

「後味が悪い」感じで流してもらえる事が多いのですが、

何回も繰り返されると、

どんな温和な人でも怒りだすものです。

 

例えるならば、

子供がイタズラをして親から

「ヤメナサイ!」と注意されても、

子供にとっては

「軽い冗談、イタズラ、遊び」にしか過ぎません。

親の反応に対しても「構ってもらっている」感覚から、

何回も繰り返します。

 

結果、「ダメよ」から始まって

     「ヤメナサイ」

      軽い調子の「怒るよ」

       「何回言ったらわかるの」

        「いい加減にしなさい」

         「今度したら承知しないよ」

          「本当に怒るよ」

     
とどのつまり「コラ!」と怒鳴り付けられます。

 

これと同じ事を、大人になって他人関係に於いて、

再現しているのです。
 

当然、喧嘩になり、嫌われます。
 

 

このゲームの「刺激」を求めて、

エスカレートしながら繰り返し行なえば、

当然「結末」は「拒絶」が起きます。
 

 

特に「チキンレース」になると、

「仕事を辞める」

「グループから抜ける」

「学校をやめる」

「もう死ぬ」などと、

究極の選択を迫ってきます。

 

初めは、みんな心配して構ってくれますが、

当然、何回も繰り返されると相手も

「もう知らない!」と堪忍袋の緒が切れてしまいます。
 

これで「The END」です。

「絶交」「クビ」「退学」

 

みんなから嫌われ、

行き場を失い、

ひとり孤独になり、

去って行くしかありません。
 

 

ギリギリの駆け引きをして、

構ってもらおうとしてるだけです。
 
 

「自分で自分の首を絞める」行為をしています。

しかしながら、本人はその自覚がありませんから、
 
 

「相手が私を裏切った、傷つけた!」との思いしかありません!
 

こんな「刺激」を求めていても、

何の意味もありません!
 

 

「チキンレース」に気づき、止めてみませんか!
    

心理ゲーム:インナーチャイルド

cocorotkn 2010年1月26日 by cocorotkn

今、開催中のセミナー「人生脚本セミナー」の中に、

「心理ゲーム」があります。

 

相手の人と何気なく繰り返してる「やりとり」が、

相手を傷つけたり、

喧嘩したり、

時には相手を死に至らしめる程の力がある、

厄介なモノです。

 

本人はただ相談したり、

話をしているだけなのですが、

無意識の中の自分が問題を起こし、

相手は不快な感情になり、怒り出す。

 

 しかし、怒られた本人は

  「私はただ相談しただけなのに、

      なぜ私の事を怒るの、

         意地悪するの、

          虐めるの、

           嫌われるの!」との、意識しかありません。

 時には、他の人に自分の都合のよいところ

(相手が怒ったところ)だけを言い触らして同情を引く行為をします。

 

仕掛けたのは「本人」なのに!

本人は全く自覚がありません。

ただ、

人が恋しく、

構って欲しいが故に行なう

「せつない行為」なのです。
 

喧嘩して、嫌われる結果しかないのに!
 
 

 

生徒たちも、一杯「ゲーム」を仕掛けています。
 

特に、相手が時間が無く、忙しい時に限ってよく仕掛けます。
 

私に相談という形で「ゲーム」を無意識に仕掛けてくる子がいます。
 

その都度、

「今ゲームをしているよ」と伝えるのですが、

ゲームにハマってしまうと、

なかなか抜け出せないのが、現実です。
 

 

幼いときに、親から構ってもらえずに、

何とか自分に「振り向いてもらう」為に、

行なった「切ない行為」が原点です。

この事を繰り返し、強化し、今に至る結果です。

   「私を見て!」

   「私を愛して!」

   「私は淋しいの!」

   「私をひとりにしないで!」

こころの中で叫んでいる

「インナーチャイルド」の声を

   しっかり聴き、

   受け止め、
   しっかり抱きしめてあげてください。

一度、じっくり

「インナーチャイルドの叫びに」耳を傾けてみてください。

今も

「インナーチャイルド」こころの中で

「すすり泣いて」いますよ!