対人関係の糸口

神経症④:優先順位

cocorotkn 2008年11月18日 by cocorotkn

今話題の「夢をかなえるゾウ」の本の中に、こんな内容が載っています。

 

「自分にとって大切な顧客を蔑にして、

手間の掛かるウルサイ顧客に、一所懸命しなっていないか?」というのがありました。

 

ドキッとしました。

私も昔営業をしている時の事を、思い出しました。

 

結構、あの本はカウンセリング的にみると、結構面白い内容です。

この事を、対人関係に置き換えてください。

いつもウルサイ人、怖い人、苦手な人に気を使っていませんか?

文句を言われたくない、

嫌われたくない、

機嫌良く相手をして欲しい、

という思いで一生懸命になっています。

 

そしてその分、大切な人を蔑にしています。

あの人は、優しい人だから少しぐらい後回しにしても、

ほっといても怒らない、

何も言わないと思っていませんか?

甘えていませんか!

 

その人は、あなたを大目に見ているのではありません。

「仏の顔も二度三度」です。

こんなことが続けば、

どんなに優しい人でも、

心広い人でも決して許してくれません。

許してくれているのではなく、

諦められているのです。

信用を失くして居るのです。

 

会社関係、友人関係、恋人に知らない間に、嫌われてしまった経験はありませんか?

神経症になる人のタイプに「拘ることができない人」が居ます。

今、大切な事に拘ることが出来ずに、

どうでもよいこと、

後回しにしていい事に、

拘ってしまうのです。

そして悩みます。
 
苦手な人に気を使い、

今、大切にしなければならない人を、

ほったらかしにしていませんか?

貸し出し本:神経症③

cocorotkn 2008年11月12日 by cocorotkn

先日、ニュースで公立図書館の本が

28万冊返却せれていない事が流れていました。

被害金額約4億円との事!

 

何気ない、「たった一冊」が積み重なった結果だと思います。

当事者にとっては、何の罪の意識もないと思います。

でも犯罪です。「窃盗罪」

 

私の学校も、今まで私が読んできた心理関係の本を、生徒対象に貸し出しをしています。

なかには話題書(「夢をかなえるゾウ」もあります)や、コミックもあります。

ただ見方を変えれば、みんな「こころ」に関係してくる本ばかりです。

少しでも、生徒さん達の「気づき」になればと思い貸し出しています。

いろいろな角度から見ていくことも大事です。

 

 

ところが、帰って来ない本が年に数冊出てきます。

(図書館ほどではありませんが!)困ったことです。

返却しない生徒にとっては「たかが一冊」ですが、

私にとっては「大切な一冊」です。

返却しない人も、なにも悪気はないことはわかります。

私どもの生徒ですから!

本当に返すタイミングを忘れ、

ズルズル時間が経ってしまい、

学校に来なくなってしまったケースが、ほとんどと思います。

「悪いなぁ!」と思いながらと思います。

なかには「その一冊」により、

学校と繋がりを持とうとしている生徒もいると思います。

 

確かに「たかが一冊」です。

ひろい心で受け止めて「罪を憎んで、人を憎まず!」の心で、

新しく買い揃えばいいことです。(現に何冊かを貸し揃えています。)

しかしながら、「心理学の本」はあまり売れないので「増刷」があまりまりません。

「一版」で製作が終わってしまうことが多いのです。

 

よく生徒さんには「心理学の本は欲しいと思った時に、買うように。

次に買いたいと思ったときには、無くなっている時が多いよ。」言っています。

もう手に入らない本も多くあります。

現に、ユーズドでプレミヤガがいている本も多くあります。

その意味では、大切な貴重な本たちです。

結果、「その本」がなくなってしまいました。

他の生徒さん読みたくても、

読めなくなってしまった事に気づいていません。

迷惑を掛けている事に気づいていないのです。

 

これも「神経症(質)」のなせる業です。

 

「その本」を戻さないことに対し、当然「罪」の意識はありません。

返却するつもりで居るのですから。

間違いない気持ちです。

信じています!

でも返却しないことにより、

どれだけ、他の人に迷惑をかけている事に、気づきがないのです。

結果、関係が切れてしまうことになります。

学校にも来れなくなってきます。

 

自分で招いている「トラブル」で、

時には対人関係までも壊します。

 

 

私たちは、気付かないところで「対人関係」を壊してしまう、

時には今まで築きあげた「信用」を無くしてしまう事があります。

気を付けねばなりません。

何気ない「ちょっとした事」にも!

私も含めて!
 

打てば響く:呼吸を読む

cocorotkn 2008年8月2日 by cocorotkn

この頃、講座の中で表現の方法として

「ことわざ」「格言」などを使って、説明をする時がありますが、

意味が伝わらない事がよくあります。

 

例えば「打てば響く」を使った時です。

 

「対人関係において、

自分のペースで対応する事は大切だけど、

一分一秒を争っている時には、

相手の呼吸を読み行動、

言葉や態度から発する信号で、

反応する力が必要です。

打てば響く対応が要るよ。」と言ったら、

「ポカーン」としていました。

 

又、広告の営業と打ち合わせをしている時

「こっちの言っている事に対して、打てば響く対応が欲しい!」と言ったら、

又「ポカーン」とされて、

しばし静寂の時が過ぎました。

 

意味が分からないようです。

まさしく「打てば響かなかった!」のです。

 

思わず、

「大学も出て、いっぱしの社会人、

それも広告と言う表現を大事にする仕事をしていて、分からんか?」

といってしまいました。

 

他にも色々ありますが、

私も特別習った訳でもありません。

新聞、小説を読んだり、

TVを見たり、

目上の人の話しを聞いたりして、

自然と入ってきている言葉でもあります。

 
特別習ったわけでもなく、

職員室に入っていく仕草、

しゃべり方などを身につけてきたものです。

 

これでは、

社会人として、

大人として、

親として、

対人関係を結べなくなってしまいます。

最低限のマナーは必要ですからね!

 

講座の中で、折に触れて「ことわざ、格言、言い回し」などを伝えています。

「一般常識教程を作ろうか?」冗談を言うと、

本気で「作って!」と言われることがあります。

 

 

因みに、

昨日は講座の中で「イチゴは果物か?野菜か?」と問いかけました。

 

皆さんは分かりますよね。答えを!

もったいない!賞味期限切れ:拘らない勇気

cocorotkn 2008年7月16日 by cocorotkn

学校の休みの日に

何も用事が無ければ女房と一緒に、スーパーに買い物に行きます。

家族で一緒に食べる夕食の買出しです。

色々なコーナーを見ていると、

昔子供の頃に見ていた様子とかなり違います。

(昔は、市場でで対面販売でした。いつの事やら!)

 

 
商品が豊富です。

何でもあります。

でも、季節感はありません。

季節の食べ物が、いつでもあります。(これって、大いに変です!)

又この頃、生鮮食料品の売り場が変わっています。

特に、生鮮食料品の品数が、極端に減っています。

あの「毒入り餃子」以来!外国産がなくなりました。

総て撤去されています。

スーパー勤務の生徒が居て、

関係ない野菜にでもクレームをつけてくるお客がいるそうです。

国産ばかりです。

綺麗に形の揃った野菜だらけです。

それを、みんな触りまくり

その中でも、綺麗な野菜を探しています。

食べるには、まったく問題無い商品でもです。

 

いつの間にやら、触りまくられて傷んだ野菜は、

誰も見向きをしませんから廃棄処分です。

流石に魚は捌かれてパックされているし、

直接魚を触るのは嫌なようなので、傷みは少ないようです。

それでもパックの上から、指で押さえるお客もいます。

 

牛乳やジュース類は、賞味期限の長い物を選んで棚の置くから選んでいます。

おかげで棚の中はぐちゃぐちゃになっています。

牛乳など1パック買えば、2・3日の間に飲んでしまいます。

あまりにも賞味期限に拘りすぎるので、

期限が近づくと売れなくなるので廃棄処分!

 

もったいなくありませんか?

今食べるのに、そんなに拘る必要があるでしょうか?

 

 

対人関係にも、似たような事がいえます。

あまりにも、拘りすぎるとギクシャクしすぎて、

還って問題が起きやすくなります。

流してしまえば済む事でさえも、

気にしすぎると小さいことまでが気になり、

問題にならないことまで、

トラブルにしてしまいます。

その場だけで済ませてしまえることも多いのです。

 

今、必要な事は何か?

と言うことに目を向けてみませんか?

 

現に、賞味期限を気にして買った牛乳を

冷蔵庫に入れっぱなしにして、飲めなくなった事はよくありませんか?
 

 

拘らなければならないことに、拘りましょう!

 

鏡の中のマリオネット:ピエロ

cocorotkn 2008年5月13日 by cocorotkn

『鏡の中のマリオネット』

やぁ!おはよう 鏡の中の私
いつものように、微笑んで優しそうだね
みんなからも、いい人と言われているネ。

 

悲しい顔、苦しい顔、怒った顔なんか見た事がない
本当にいい人だね

 

でも辛くないかい!

 

いつも、相手の気持ちを読んで、気分好くなるように
自分の気持ちを出さなくて
どんな無理を言われても、傷つけられても、悲しい思いをしても
絶対に顔に出さない

傷つきたくないから! 傷つきたくないから! 傷つきたくないから! 傷つきたくないから!

 

鏡の中の姿は、私かい
他人の鏡に移っている姿を、私と思い込み信じていないかい

 

まるで、マリオネットじゃないか
可笑しいじゃないか  馬鹿じゃないかい
他人の鏡に振り回させられて

 

その鏡は、誰の鏡だい

それは「親の鏡」じゃないかい
親の思いを「鵜呑み」にして
親の鏡に映っている姿を、私と思っていないかい

 

鏡を壊してしまえよ
壊さない限り、自分の鏡を見つけることは出来ないよ

 

自分の鏡を見よう 

鏡の中の私が泣いていたら、優しく包んであげよう
鏡の中の私が怒っていたら、一緒に怒ってみよう
鏡の中の私が淋しがっていたら、そっと傍にいてあげよう
鏡の中の私が喜んでいたら、一緒になって喜ぼう

 

鏡に映っている姿が 私だから  今ここにいる私だから

 

 

このポエムは、今年のエサレン研修で

エレン・ワトソンがワーク中に使う

「ポエム、作ってきて欲しい」と言われ作った物ですが、

送ってみると長すぎるので、4行詩にして欲しいとの事でした。

そして、4行詩にしたポエムがしたのポエムです。

参加者全員が作っていて、

そのポエム中から選んでパフォーマンスを行ないます。

 

  『お前はいったい誰だい。バカじゃないかい。
   親の鏡に写っているマリオネットじゃないか。
    鏡に写っている本当の私は震えているじゃないか?
     しっかり抱きしめてやろうじゃないか。』

 

 詠んでみて、皆さんは何を思いますか?

受け止めて欲しい

cocorotkn 2008年2月22日 by cocorotkn

今年のエサレン研修もスタートしました。

エサレンへの申し込みも第一陣が手続きをしました。

今のところ16名の生徒が参加します。

今からエサレンではエレンがワークの準備をしてくれています。

スエットロッジ(ネイティブアメリカンのサウナワーク)も手配をしてくれました。

今から楽しみです!

 

 
「受け止めて欲しい!」みんなが求めている叫びです。

 

この思いを求めて、みんな苦しんでいます。

本来ならば親からもらっている筈ですが、

旨くいっていません。

その為、恋人・パートナーに求めます。

「本当に信じていいの。私のことを受け止めてくれる!」と。

私達も、本当に受け止めてくれる人を、ひとり見つけなさい。

そしてその人に甘えなさい。と言います。

 

でもここでひとつ問題があります。
恋人、パートナーに対し

「私を受け止めて。私のことを分かってくれないとダメ!」と求めます。

 

これって何処か問題があることに気が付きませんか?

この言葉を違った角度から見て翻訳すると

「私のことを受け止めてくれる人に代わって。

変わってくれない人はダメ。

私のことを分かってくれない。」といっています。

 

「相手が変われば、私は幸せになれる。私は変われる。」と叫んでいる事になります。

相手はあなた好みに変わることはありません。

だって相手は、あなた自身ではないからです。

「相手が悪いんだ。相手が変われば私は幸せになる。」

こんな他力本願(他者責任)な事をしても無理です。

相手が変われば私が変わるのではなく、

「私自身が変わる」のです。

 

特に夫婦間では、

「主人(妻)は私の気持ちなど、

これっぽっちも、分かってくれない。

少しも、態度を改めようとしない。」、

「相手が悪い」と、責め合います。

 

常に「私好みの人に変われ」とお互いに、喧嘩をします。

おかしくありませんか?

相手の責任にばかりして?

「私のことを、分かってくれない!」と。

益して、

受け止めてくれなかった、

親のように成ってくれと言っても、

その親は受け止めてくれなかった、親なのですから、

愛情は貰えません。

 

相手が変わる(責任に)ことを望むより、

自分が変わることの方が大切です。

自分が変われば、相手への接し方が変わります。

接し方が変われば、

相手も受け止め方が変わるので、

反応も変わります。

良い方向に回転していきます。

お互い求め合っているのですから。
 

 

「二人で受け止めあえる関係」を

再構築(築き上げる)事をしませんか?

愛情というものは与えてものでも、

貰うものではありません。

 

「二人で築き上げていくもの(育むもの)」です。

二人三脚で一緒に変わり、

お互いのことを「受け止める」

パートナー作りを目指しましょう!
 

ONとOFF

cocorotkn 2008年2月8日 by cocorotkn

「ONとOFF」

この切り替えがなかなか難しいものです。

 

日常生活の中で、

臨機応変に切り替えできれば良いのですが、

時には「ON」になりっぱなしの時があります。

常にスイッチが入りっぱなしで、

仕事をしてそしてそのまま、

プライベートにまで持ち込んでいる方が、多く居られます。

 

猪突猛進、走れる所まで突っ走ってい、

息切れしてしまいます。

息切れしてからでは、回復に時間がかかります。

当然、相手の人にも当たり前の如く要求します。

「私が頑張っているのに、何故あなたは頑張らないの」

 

傍から見れば大きな迷惑です。

ひとりでむきになっているのですから!

これでは対人関係も悪くなります。

相手には相手のペースがあります。

お互い旨く絡み合えるからこそ、

物事がスムーズに行きます。

 

旨く「ONとOFF」を使い分けませんか?

弓も、引きっぱなしでは弦が伸びきってしまい、何の役にも立ちません。

また使わなければ、弦が硬くなり引くことが出来ません。

適度なバランスが大事です。

 

普段の生活の中で「あぁ、力が入っているな!」感じたら、

少し「フゥ」っと力を抜いてみませんか!

息を吐くだけで充分です。

出来れば力が入っている部分に気づいてください。

そこに自分のテーマが潜んでいます。

 

どんな時に、その場所に力が入るのか?

どんな人に会ったら?

どんな言葉に?

どんな環境に?

そして過去に体験したことに?

 

どこか、繋がってきますよ!

食べず嫌い

cocorotkn 2007年11月22日 by cocorotkn

食べる物の中には、好き嫌いがあります。

 

やはり私にもあります。

でも私の場合は、苦手の方かもしれません。

子供の頃のしつけで、食事に出された物は、例え嫌いな物でも残さず食べる。

これがしつけでした。

そのおかげで、今は、一応何でも食べれます。

苦手な物でも「これはこういう味なのだ。」と思って食べています。

その為に、食べる物には興味があります。

 

 

ともかく何でも食べてみる。

食べてみなければどんな味かも分からない。

食べてみて「美味しいか、美味しくないか。」を判断すればいいし、

また新しい味に体験できる大きなチャンスになります。

そのおかげで、チャレンジ精神が身に付いているかもしれません。食は原点とも言われますので。

子供の頃から、何でも食べました。

ふぐの肝まで食べていますよ。本当は禁止ですけれどもね!

 

特に美味しそうに食べているようなので、

一杯色々な料理を食べに連れて行って貰えました。

本当に美味しいもの、

本当の味、

食材に触れる事ができました。

 

 
好き食べ物は、好きな食べ物。

嫌いな食べ物は、嫌いな食べ物でいいのです。

嫌いな食べ物を、無理に好きになる必要はありません。

でも、嫌いだからっと言って、食べれないわけではありません。

ともかく嫌いでもいいから、食べてみる事です。

嫌いで食べなければ、一生その食べ物を食べる事はありません。

もったいなくありませんか?

 

もしかしたら、今は嫌いでも、

時が過ぎれば好きになるかもしれません。

 

子供の頃、嫌いな料理でも、

大人になったら美味しいと思った経験がありませんか。

大人にならなければ理解できない味もあります。

嫌いで口にしなければこの経験も出来なくなります。

 

自ら、可能性の目を摘まないようにしてみませんか?
 

 

このことは、私達の人間関係にも当てはまるとは思いませんか。

食べ物の言葉の変わりに、

「人」に置き換えてみたら、どうでしょう?

あなたの夢は?夢は悩みから救う

cocorotkn 2007年10月14日 by cocorotkn

今、セミナーでは「サクセス・イメージ」を行なっています。

 

自分の、夢、目的、三昧出来る物を見つけようと言うセミナーです。

 

私達は「夢・希望」を持てば、結構悩みから解放される物です。

只、この夢が中々見つからない。

今回もセミナーの冒頭で、「あなたの夢は何ですか?」と問いかけます。

でも旨く答えられません。

でも、当たり前でもあります。

見つからないからこのセミナーを受けている。

と、生徒から突っ込みを入れられる事があります。

たまにこんな答えが返ってきます。

「(人に関わる仕事)相手の人に、安心して信頼されるような○○○に成る事が私の夢です。」と、

答える人が居られます。

 

確かにそれでも良いのですが、何か変な事に気づきませんか?

「相手の人に安心、信頼される」と言う事に。

ならば、

「相手の人に安心、信頼され無ければ」ダメと言う事ですね。

これって、他人の評価にによって自分の夢が左右されていると言う事です。

もっと単純に言えば、

「他の人が、あなたは幸せね、と言えば幸せで。不幸せと言えば不幸せになる。」のと同じ事です。

幸せ・不幸せは、他の人が決めるのではありません。

自分自身がどう思えるかで、決まります。

他の人に、感謝される事により自分の夢に満足していると、

相手の評価で夢が達成したり、潰れたりします。

 

 

これは本当の夢ではありません。

 

他の人が、どんな評価を下そうが

「私の夢はこれだ!」

「この夢のためならば、どんな苦労もいとわない。」

「例え嫌な仕事でも、夢の実現の為にお金も必要なのだから、頑張るよ。」

「嫌われるのが怖く、変な対人関係を続け無駄な時間を費やすぐらいなら、夢の為に時間と使う。」
と言えるぐらい、自分の考え方で「夢」を実現する事が大切です。

 

妄想は叶いません。

万が一叶う時はそれは、犯罪です。

 

夢が叶わないのは、自分の夢ではないからです。

人から与えられた夢だからです。

「他人の夢」は到達しても、空しいだけです。
夢は必ず叶います。

その人の等身大の夢ならば!

諦めた時に夢は破れます。

時には、失敗もあります。

でも、その人が夢を諦めない限り、

その人は「夢へのチャレンジャー」です。

 

私達の前には、道はありません。

あなたの後ろには道があります。

あなたが歩いてきた道(人生)があります。

もし、目の前に道があれば、

それは他人が歩いた道です。

他人の道を歩いてゴールしても他人の人生、ゴールです。

他人の人生だからこそ、夢は叶いません。

 

あなたの前には、無限の可能性があります。

その可能性に向かって一歩一歩、歩み出しませんか?

 

「本当の自分の夢」を信じて!

ややこしや!ややこしや! 正直者は、本当に正直者か?:世渡りの仕方

cocorotkn 2007年8月28日 by cocorotkn

あなたは、正直者ですか?

「はい」と、答えた人は、嘘つき者かも知れませよ!

 

先日、ある本を読んでいて、頭を「ガツン」と殴られた思いをしました。

「正直を良し」として、

伝えてきたのに、それが必ずしも、正しいとは言えない事を思い知らされました。
 

 

私たちは、本当に自分に対して、正直に生きていますか?

 

私たちは、「うそ」ついて生きています。
正直に生きれば、トラブルを起します。

自分が思ったことを正直に言って行動すれば、問題が発生します。

「うそ」を言わなければ、対人関係は問題を起すのです。

うまく「本音」と「建て前」を使い分けなければなりません。

 

極端な言い方なんで誤解しないで欲しいのですが、

昨日、茨城で起きた事件です。

相席を頼んで、殴られ殺された事件です。

 

こんな解釈が出来ます。

ある意味で、被害者も加害者も、自分に正直に行動したのです。

被害者は、

「座る席が無いので相席を望んだ。

そして、その席はお客さんが飲食で利用するところなので、

寝る場所はでない。」と思い、

その事を伝えた。

加害者は、

「注意されたことが気に入らない。腹が立った。」

だから殴った。殺してしまった。

 

双方とも、自分の気持ちに正直に行動しました。

(あくまでも、被害者の行動は正しいのですよ)

結果、あの悲惨な結果を招いてしまいました。

 

自分に気持に正直、

思うように、

欲望どうりに行動すればトラブルが発生します。

「お金が欲しい。だから人からお金を取った。」では困ります。

当然、お金が欲しくとも、

自分の正直な気持ちに「嘘」をつき我慢をします。

「嘘」と「正直」をうまく使い分けて、人生を生きていきます。

 

私たちは、幼い頃から親に「正直にしなさい」と言われ育てられました。

正しいです。

でも正直に、

家庭何で見たこと、

聴いた事を他人に言えば親から怒られます。

「そんな事を言っちゃダメ!わがままな子だ!」等と言われ

「嘘をつく」事を求められます。

 

私たちは、幼い頃から「嘘をつく」ように育てらています。

「正直者」は嘘つきです。

人から「正直な人。良い人。」と思われるように

「自分に嘘」をついて生きています。

 

「正直者」でも無く

「嘘つき」でも無く

「自己欺瞞」でも無く
「嘘と誠」をうまく使い分けて、

生きていきませんか?

 

何か矛盾していますか?

 

人間て「ややこしや?ややこしや?」