対人関係の糸口

距離感覚: 安心感

cocorotkn 2007年8月21日 by cocorotkn

この距離感覚は、

対人関係に於ける距離感覚です。

 

 

以前に本を読んでいて、成る程と思ったことがあります。

わたし達には、対人関係において安心の距離があります。

人それぞれです。

又、地方に住んでいる人と、街中に住んでいる人でも違うようです。

地方は人口密度が低い分だけ、自分の安心の距離は充分に取れます。

それ故に、お互いにうまく距離を取り合い、

侵入される事なく対人関係を保っていきます。

 

しかし、街中ではそうはいきません。

人口が多いので、自分にとって安心の距離が充分に取れません。

当然ぶつかり合います。

お互いが重なり合い、

干渉しあいながらも、程々の距離を保ちながら、

バランスをとり、うまく社会生活を送っています。

 

しかし現在、自分の空間(安心の距離)に侵入される事を嫌う人が増えたようです。

街中でも、歩きながらも、

このスペースが自分の空間と思えば、侵入を認めないようです。

 

特に電車の中ではよく見かけます。

電車の中が混んで来ても、

スペースを譲ろうとせず、一歩も動こうとしません。

その人の前はスペースが空いていて、

後ろが押し合いへし合いいていても、

ガンッと動こうとしません。

かばんやリュック、サイドバックを掛けたままで、

ちょっと当って押されただけで嫌な顔をしたり、

喧嘩腰になったり、

ぎすぎすしています。

老若男女問わず!

 

確かに、自分の安心の空間に侵入されるのは誰もが嫌がります。

不安になるからです。

しかし、逆に距離を開けられると、返って不安になってしまいます。

人間には程々のバランス、距離が必要です。

時には距離を開け、

時には縮めお互いが思いあいながら、

人間関係を築き上げていきます。

 

くっ付けば、うっとうしい。

でも離れると寂しい。

天邪鬼なものです。

 

あなたにとって、安心の距離はどれくらいですか?

一度調べてみればどうですか?

相手によってもこの距離は変わります。

相手の人と向き合って、

その人がどの程度まで近づく事で、

平気でいられるか?
違和感を感じるか?

 

その距離が、あなたにとっての「安心の距離・空間」です。

投票に行こう!: 自分の意志を大切に

cocorotkn 2007年7月26日 by cocorotkn

決して、選挙活動ではありませんので安心してください。

当然、こころの世界ですので支持政党はありません。

まして宗教支持もありません。

常にどちらにも囚われないニュートラルの状態です。

 

よく講座の中で、

「自分のお気持ちをしっかり聴こう!そしてしっかり感じて、表現できるようになろう!」と伝えています。

昨日も「体験講座」の日でした。

講座の中で交流分析より「エゴグラム」検査で、性格分析を行ないます。

その解説の時に、

「NOと言えなければ、すべてOKになりますよ。」

「海外ではもっとはっきりします。

貴方が本当に嫌ならば、貴方はNOと言えるはず。

何も意思表示をしないのだからOKでいいですね。」と、伝えます。

極端な表現ではありますが、大事な事です。

 

自分の気持ちを、しっかり伝えないお陰で「貧乏くじ」をいっぱい引いています。

「嫌なものは嫌!好きなものは好き!」と相手に伝えない限り、誰も分かってくれません。

 

今回の選挙も同じことが言えます。

今の政治に問題があり不満があるのならば、その意志を選挙で投票すべきです。

投票しない限り、今の政治を認めた事になります。

「棄権」は今の現状を認めた事になります。

「白票」も同じ事です。

年金問題でも、このシステムの不備(特に社保庁の問題点)は以前の選挙の時から分かっていた事です。

(年金漏れまではちょっとですが!)

その事を以前の選挙で、棄権も含めて認めてしまったのですから。

今回の被害に遭われた方の中には、選挙に行かなかった人も居られると思います。

ひどい言い方ではありますが、文句も言えない部分があります。

選挙に行かずに、棄権という形で認めてしまったのですから。

 

今回は、しっかり自分の意志を投票で伝えましょう。

私達にとって幸せな生活が送れるように改革してくれるところに!

(ただ、この選択が難しい、帯に短し、たすきに長し。どんぐりの背比べですからね!)

本当に実行してくれることを願って!?(あの、私は選挙管理委員会の回し者でもありませので、)

 

「YESはYES!。NOはNO!」としっかり伝えましょ!

 

PS:とうとう我が家のツバメが巣立ちました。初めての二回の巣作りを体験しました。

毎日うるさいぐらい、鳴いていたひな鳥たちもついに巣立ちました。

もう二度と帰ってくることは無いでしょう。

ひな鳥たちの「親離れ」に祝福します。

でも、空っぽになった巣を見て、少し寂しさを感じます。

いつの日か、私達の娘達が親離れする日を少し想像しながら!(親ばかだね!)

来年も、巣作りを楽しみにします。さぁ、これから掃除が大変だ!
 

気づかぬうちに:落とし穴

cocorotkn 2007年7月17日 by cocorotkn

知らない間に、トラブルを起しています。

 

私達のところに来る方々は、

真面目な方がとても多く居られます。

相手が喜ぶ為に、

自分の事は殺してでも相手に合わします。

時には、自分に自信を持っていなく、

引け目を感じていると、

人並み以上に過度な反応をします。

 

本人は必死になって努力をしています。

他の人より余計に働いたり、

気を使ったりして頑張るのですが、

常に低い評価しかもらえません。

結果、愚痴ったりすねたり、妬んだり。

確かに努力を認めてもらえず過小評価されて、いつも貧乏くじを引いています。

 

しかし、気づかぬうちに自ら問題を起している事があります。

 

普段はしっかり頑張っているのに、

ここ一番しっかりしなければ成らない時に、

問題行動を起している事があります。

 

何時もは遅刻をしないのに、

重要な約束の時に遅刻したり、

大事なルールを守らなければならない時に、

ルールを勝手に解釈して信用を失ったり、

聴いていなければならない時に、

聴いていなくてトラブルを招いている事があります。

 

何故、こんなミスを起すのでしょう?

それまでは、きっちり頑張っているのに、

重要な局面の時に限って!

 

 

私達には、意識して行動している部分と、

無意識に行動している部分があります。

私達は知らない間に色々な行動をしています。

 

一度、

自分の「ここ一番」の行動パターンを見つめ直してみませんか?

言い訳・理由付け :悩みのカラクリ

cocorotkn 2007年4月11日 by cocorotkn

カウンセリングをしていると、

よくクライエントが「言い訳」「理由付け」をします。

 

 

「私は、断ろうと思っていたんですよ。

でも、彼がどうしてもと言うから、

仕方ないので、彼の希望どうりにしてしまったんです。」

 

何かおかしくありませんか?

「あなたの気持ちはどうだったの?」

「言い訳をして満足なの!」

 

確かに、問題が起きた時には答え出しをしたいものです。

そうすれば人間は納得できます。理由が付けば!

でも、「本当の答えの先送りをしていませんか?」

あなたの本当の気持ちは何なのでしょう?

 

今回のエサレン研修でもありました。(実は毎年あるのですが)

参加希望者は決めるまで、色々迷います。

当然です。

費用・休暇をそろえるのは大変な力がいます。

そして、自分自身を見つめ直す作業が、エサレンには待っています。

不安と恐怖と希望とが入り乱れています。

自分探しに希望もって参加する人が大多数ですが、

中には、不安に襲われ「行かなくて済む理由」を探し出す人が居ます。

一生懸命探し、何とか理由が見つかると「ホッと」するようです。

 

でも、「理由になって居ません」

誰が聞いても「それって、言い訳やん!」と聞こえます。

 

エサレンに行くかどうかは、本当は二の次です。

その人の意志が大切です。

そのプロセスが大切なのです。

行くなら行く。

行かないなら行かない。

と、しっかり納得の上で決定を下して欲しいのです。

自信を持って、後悔の無いように!

自信を持って決定を下せてない人は、

その表情・態度・言動がオドオドしています。

私が「気にする事はないよ。また今度行ける時に一緒に行こう。」と答えると、

表情が「ホッと」した顔になります。

後は、何もなかったかのように振舞っています。

 

いったい誰の決定が必要なのでしょか?

誰に嫌われたくないのでしょうか?

誰に好かれたいのでしょうか?

 

「誰のために生きているの?」

素直 :対人トラブル

cocorotkn 2007年3月9日 by cocorotkn

人は、素直なようで素直でないものです。

 

カウンセリングをしていると、よく感じます。

素直に伝えれば分かる事を、あえて遠まわしに伝えます。

 

ただ本人は悪気が無いだけに厄介です。

時にはひねくれて言ったり、

相手を怒らせるような言い方をしたりしています。

 

以前のことですが、

自分のほうに向いて欲しいが為に、相手を傷つけるような事がありました。

あの手この手を使って、わざと怒らせて噛み付かせるように仕向けてきます。

例えば、見られたら何か一言、言われるような物をあえて見えるところに、置いておいたりします。

こちらがそれに気づいてあえてそのままにしておくと、

更に、行動はエスカレートします。

 

 

時には、他の人が、対人関係で問題が起きると、

その時にまるで正義の使者の如く出てきます。

相手の人を責め、

悪者にして、

「私はこんなに正しい事をしているのよ。

素晴らしいでしょ。

私のことを良い人として認めなさい。

だって私はあなたの為にしてあげたのよ」と。

これは自分の溜まっている思いを、

ちょうどいい事件に託けて、

ぶつけているだけです。

 

心理ゲームの「トラブルメーカー・仲間割れ」をしているだけです。

ただ本人は罪の意識がありません。

だから始末が悪いのです。

本人の意識の中では「私は正義の味方で、正しい事をしただけ。」の思いだけなのです。

自分自身がトラブルを撒き散らしている事に気づいていません。
結果、みんなから嫌わます。

 

「私を責めるのは、お門違いよ。

私を悪者にするなんて、なんてあなたは悪い人なの。」

と言い出し、さらに悪化する事をします。

 

あまりにも傷つき、

裏切られ続けてきた結果、

自分を守るための手段なのです。

 

人を信じて、裏切られ続けた悲しい行為です。

 

素直に自分の気持ちを聴き、

素直に表現をしましょう。

すみません?:相手への接し方

cocorotkn 2006年8月5日 by cocorotkn

皆さんは人から何か言われたら、

すぐに「すみません」と謝りませんか?

 

確かに、ミスをしたり、間違った事をした時に謝る事は、当たり前の事です。

しかし、何も悪い事をしていない時にも謝っていませんか?

 

「口癖」のように。

 

普段私たちは、怒られる事=悪い事=悪い子=愛されない子の図式を持っています。

ですから、少し注意を受けるだけで、時には指示をされただけで「すみません」と謝ります。

たとえ何も悪い事をしていなくても。

謝れば、許される、もうこれ以上嫌われることは無い=安心と結びつきます。

 

何も悪い事をしていない以上、謝る必要はありません。

注意を受けたり、指示を受けた時は「ありがとう」でいいのです。

ミスをクリヤーして欲しい。

しっかりやって貰いたい。

成長して欲しいと。

色々な思いで注意や指示を出します。

見込みがあるからです。

見込みの無い人には怒ったり、注意をしたり、指示など出しません。

無駄なのですから。

「見込みがある、これから頑張れるんだ、だから注意をしてくれたんだ。」

だから、感謝の気持ちで「ありがとう」なのです。

 

時には、本当に怒っている人もいます。

でもその時にも「ありがとう」といえば、

相手も拍子抜けのようで

「あっ~。分かればいいんだ。これからも頑張れよ。」といって、ちゃんちゃんと、終わります。

これからは、何も悪い事をしてない限り「すみません」はやめましょう。

 

「ありがとう」に変えましょう。

癖になるように。
 

鏡の如し

cocorotkn 2006年5月15日 by cocorotkn

講座中や講座の前後には、生徒さん達と色々話をします。

講座の内容について分からない事など話し合うのですが、

どうしても自分の事に関わりあることに内容が変わってきます。

その生徒さんの事に置き換えて、生徒さん自身が気づいてもらえるように、返していきます。

 

ところが、当然自分の事で話しているのに、

その内容が理解できないようで「キョトン」としています。

時には「分からない」

 

でも、一緒に話を聞いている他の生徒さんが「よく分かる」と、うなずいています。

どうも自分の事と成るとどうしても「心の扉」を閉ざしてしまうようです。

でも自分の事と思ってなかったら、素直に聞けて、すっと心に入ってきます。

 

人は、自分自身のことはあまり気づけないのですが、他人を「鏡」として、自分の事を見る事が出来ます。

相手の人に嫌な思いや怒りが湧いてくるのは、

自分の認めたくない事を、

鏡として見てしまい感情が出てきます。

相手に対して感情が沸いてきたときこそ、自分を見つめる大きなチャンスです。

 

「鏡の如く相手を見る」この事を大切にしてください。
 

ファザコン マザコン

cocorotkn 2006年5月15日 by cocorotkn

今年もいよいよ僅かになりました。

TKN心理サロンも23日が最後の講座日です。

 

この日は年末恒例のセミナー「幸せになりたくない諸侯群セミナー」です。

別名:ファザコン・マザコンセミナーです。

 

お互い親の愛情欠乏症から来る問題点が、幸せになれない恋をしてしまいます。

自分を必要とされる事が、愛されていると思い込んでいる人がどんなに多いか?

 

好きな人と恋をすると、幸せな恋が続きます。

でも幸せな恋ができない人は、「幸せになれない人」と、恋をしているからです。

当然の結果です。

 

こんな事も、幼い時に刷り込まれた「刻印付け」が響いてくるのです。
年末最後にこんなセミナーをするのは、少し酷かもしれませんが、

新しい年を迎えるときに素敵な恋ができ、幸せになって欲しい思いが込められています。

新年は、幸せがいっぱい来ますように!
 

ゲシュタルト(全体性)

cocorotkn 2006年5月15日 by cocorotkn

昨日は、専科卒業生の勉強会・アカデミーでした。

卒業生達の勉強の場です。

色々なテーマで話し合い勉強します。

ここから、講師が誕生していきます。
 

昼・夜クラスに分かれ各クラスでリーダーがファシリテーターとして、テーマを出しまとめて行きます。

今回は昼クラスは「自信について」、

夜クラスは「自己主張できない(しない)」でした。

色々話し合っていきましたが、結論は似ていました。

自信の持てる私(認められる私)と自信の持てない私(認められない私)が顔を出していました。

(私達の表現ではI’m OKとI’m not OKです。)
 

幼い時に、充分に認められ、誉められていればこんな事は少ないのですが、

体験が少ないので自分に対して自信が持てず、すぐに諦めてしまいます。

又、その自分にがっかりしてどんどんマイナスイメージしか持てなくなります。

でも、そんな自分を否定的に見ている間は何も変わりません。

 

先ずは、「そんなダメな自分も、今の自分なんだ。」を言う事を認めて欲しいのです。

自分自身に「良いも悪いも無い。それが今の自分なのだ。」そして今の自分が好きかと問いかけ、

嫌なら好きな自分に変わることを目指しましょう。

 

「今、ここに」自分を見つめどのように生きるかを感じ取ってください。

良いも悪いも含めて、私なのです。

悪いところだけを取り除いていってもムダです。

良いところだけが残ったはずなのに、何故かその中から又嫌な自分が見えてきます。

こんな繰り返しよりも、

「すべて(全体性)が私。良いも悪いも無い」と言えるように!

いい子

cocorotkn 2006年5月15日 by cocorotkn

いい人で居たがる人がいます。

常に「私は何も悪くないのよ。私はいい人なのよ。」と!

 

この事のどこが悪いかと、思われるかもしれませんが、

ここには「心のカラクリ」があります。

何かいやな事・やりたくない事が起きた時に、その事を断ったり嫌がると、色々な理由付けをされます。

「私はやりたいんだけど、主人が嫌がるから」等と。

私共の学校の場合でしたら、初めは「私は絶対にカウンセラーになります。」と言って意気込んで体験講座に来られます。

ところが講座が終わる頃には、

「私はやりたいんですけど場所が遠いから、時間が合わないので、費用が無いので、主人が許さないので」

仕舞には「私の地元に学校を始めてください」と言われます。初めから分かっていた事ですが。

この講座は、先ずは自分の事を知ることから始めます。

その為に「認めたくない自分」も出て来ますので辛くなる時があります。

でもここで辞めれば「私は悪い人」になるわけです。(本人にとっては)
 

ここで、先程の「理由付け」が始まるのです。

「私は悪くないのよ、それを認めたら私は悪い人になるのよ、私は常にいい人で無いといけないのよ。」

と言うことを証明したいが為に。
これは幼い時から「貴方はいい子でいなさい。でないと貴方は愛される資格は無いのよ」

と言う呪いの呪文「禁止令」が刷り込まれているのです。
ともかく「いい子」で居る為に努力されます。

また、人付き合いも多いようです。評価を貰う為にも!
 

時には「悪い子」もいいじゃないですか!

自分自身に嘘をつくよりかは!

自分を許しましょ。