対人関係の糸口

嫌われたくない病

cocorotkn 2009年6月30日 by cocorotkn

 以前から、「とうとのひとりごと」の中でも取り上げてきた事ではありますが、

この「嫌われたくない病」は厄介なものです。

 

原点は、「親に対する嫌われたくない病」です。

「親にとって良い子」でないと愛して貰えないので、

親の顔色を見ながら日々努力を重ねてきた結果が、

現在の対人生活に影響を与えているのです。と、言う事は、

両親に嫌われたくないが為に、

行なってきた切ない行動です。

だから両親という、二人が対象になる筈です。

しかし、いつの間にやら

両親に似たタイプにも、同じ反応を起こすようになっていきます。

そして、そのタイプが広がっていき、

やがて総ての人に対して「嫌われたくない病」を発症しているようです。

 

「100人いれば100人とも」好かれたい!

嫌われたくない!と言う思いが強くなり、

ひとりでも嫌われたら

「もう私はすべての人に嫌われている」と言う思いに変化していきます。
 

 

そんな無茶な事をしてどうするのですか?

総ての人に好かれることなど、不可能です。

嫌う人がいて当たり前なのです。

一人でも嫌われる事は、

自分の総てを否定されることに、

思いこむ人が多く居られます。

嫌った人は、その人の価値観で「嫌った」だけです。

総ての人が自分自身を否定したのではないのです。

 

初めは、たったひとり(二人の場合も)から

「嫌われたくない」だけだったのに、

それがいつの間にやら

「総ての人に嫌われたくない」に置き換えられてしまっています。

 

この世の中には

「好きな人」も居れば、

「嫌いな人」も居ます。

当たり前です。

 

あなた自身も区別していませんか?

みんなお互い様です。

「好きな人も居れば、嫌いな人も居る」それでいいのです。

 

ご普通の感情ですから!

恐怖の壁

cocorotkn 2009年4月22日 by cocorotkn

「恐怖の壁」

いつもこの壁に悩まされます!

 

昨日も「箱庭療法セミナー」の時に顔を出してきました。

セミナー中、生徒達をリードする役の「トレーナー」達が固まってしまいました。

セミナーが進まずに、右往左往しているのです。

箱庭を見ると、素直に表現していました。

「箱庭物語」に関してもクライアント役の生徒は、

素直に物語に自分自身を表現していました。

何も迷うことなく、

進めて行き求めれば良い状況なのに、

みんなで手をこまねいているのです。

 

箱庭上級クラスが最後の日だったので、

気持ちよく終わってもらい、

次に繋がるように修めて欲しかったのですが、思うように行きません。

 

 後ろから、「箱庭物語」の解析のヒントを与え、

箱庭の動かし方の助言を示すのですが、

トンチンカンをします。

挙句の果ては、逆方向に導いて行こうとする状態でした。

長引かす訳も行かないので、

途中から指示を出して介入をし収めました。

 

セミナー後、

トレイナー達へのフィードバックの時間に

「何故、逆方向にピースを動かしたのか?」

「違和感を感じなかったか?」

「誰も修正をなぜしないのか?」など訊ねました。

「違和感は感じたけれど、怖くて修正が出来なかった。」

「自分が思った方向に導いて、間違っていたらだめだから、何も出来なかった。

生徒さんにも、担当トレイナーに対しても。」等。

 

みんな「失敗」を恐れていました。

心の奥底に
「失敗はしてはいけない。

する子は悪い子。

悪い子は愛してもらえない。

愛してもらえないという事は、生きていけない。

だから失敗は駄目!

失敗しないようにするには、何もしない事。

何もしないと失敗もしない!

失敗をしないと、怒られないからいい事なのだ!」

という暗黙のルールが存在するのです。

 

こんな事を繰り返していたら、

「新しい事にチャレンジはしません」

失敗を恐れるからです。

 

又、相手に反論(異論)をする事は、

相手の顔をつぶす事になる。

だから、異論があっても相手に何も言わない。

これを「優しさ。思いやり」と言う

言葉にカモフラージュさせています。

 

これは、優しさでもありません。

思いやりでもありません。

「偽善」です。

 

「傷つきたくない」から「いい人で居たい」からの思いからです。

「傷つきたくない病」とても深刻な病気です。

 

幼い時から、いろいろと刷り込まれた経験から、

身を守るために覚えた「果敢無い」防衛手段なのです。
 

 

今現実に起きていない「恐怖」に怯えています。

思い込みによる「恐怖」に怯えています。

「今、恐怖に怯えている自分自身」を、

受け入れる事が出来た時、
 

 

恐怖は目の前から消えされます。
 

 

いかに受け入れるか! 

 

これからの課題です!

権利と義務

cocorotkn 2009年4月7日 by cocorotkn

「権利と義務」

 

まるで「卵が先か鶏が先か!」みたいなものかもしれません?

「権利が手に入るならば、義務を果たす」

「義務を果たしたので、権利を要求する」

どちらがいいのでしょう?

 

今の時代「権利」を要求する人たちが多いようです。

今ならば、

「仕事を与えろ。

普通のの生活が出来るように、仕事をよこせ。

そうすれば私は働ける。

仕事を与えない相手が悪い。

私を働けるようにしない、世の中が悪い。

政治が悪い。」と、思っている人たちも多いかも知れません。

 

こころの世界でも、よく見かけます。

「私の事を分かれ」

「私を受け入れろ」

「私の思うようになれ」

「私が気持ちよく出来るようになれ」

「そうすれば私はあなたを受け入れてもいいよ」と訴える人がいます。

仕事場で、友人関係で(すべて対人関係ですが)、

「みんな私の事を悪者にする。

私ばかりに文句を言う。

よってたかって私をいじめる。

私が何をしたというのよ。

私は仕事をちゃんとしている。

誰からも文句をつけられることはない。

私は正しい。」と言って、

対人関係を悪化させている人たちがいます。

 

確かに、謂れの無いようなことを言われ、

罪をなすりつけられ、

いじめられ方が大半だと思います。

しかし、よく考えてみると、

「私は何も悪くない。

相手が悪い。

相手が変われば私は幸せになる。

私が幸せになるように変わって当たり前だ。」と権利だけを要求している事があります。

自分自身に改善すべき点はないのか?

 

朝、出勤した時挨拶をされても

「ブスッ」とした態度をとっていませんでしたか?

日常の仕事を指示された時、

嫌な顔をしていませんでしたか?

同僚と、程々のコミュニケーションを図っていましたか?

相手に要求するばかりではなく、

自らが変わる事を目指しませんか!
 

 

「鏡の如し」です。

「悪口」を送れば「悪口」が返ってきます。

「悪口」を言われたからと言って、

相手の「悪口」を言えば同じことになります。

悪口を言っている自分自身が、そこに居るのですから。

悪循環です。

 

「笑顔」を向ければ「笑顔」が返ってきます。

朝、元気な声で「おはようございます。」と言えば、

返事が返ってきます。

初めは、嫌な顔をされるかもしれません。

でも、黙って暗くなっているよりはるかにいいです。

挨拶している自分が「スッキリ」します。

そして元気な挨拶が返ってくると、

もっと清々しい元気が湧いてきます。

自分の為に行うのです。

自分自身が元気に幸せになるために!

 

相手が変わる事を求めていても意味がありません。(権利を求める)

自分自身が変わることの方がはるかに得です。(義務を果たす)
 

相手を変えることなどできません。

自分が変わり接し方が変われば、

相手の反応が変わり、

返ってくるものが変わります。

「悪口」を送れば「悪口」が返ってきます。

「幸せ」を送れば「幸せ」が返ってきます。

ブーメランのように!

 

今日から、「笑顔で挨拶」から始めませんか!

 「笑顔には笑顔」が返ってきます!

身の上話③ 顔色を見る

cocorotkn 2009年2月4日 by cocorotkn

昨日は特別にお休みを貰い、

久しぶりに夫婦で映画に行ってきました。

 夫婦割引:片方が50歳を超えていたら、ひとり1,000円で見れます!

 

「マンマ・ミィアー」

久しぶりに、単純に笑い、泣き、楽しめた映画でした。

ギリシャのきれいな海、

自然の中で歌い踊るミュージカルに堪能してきました。

映画の内容が、どうのこうのと批評するより、

ただ何も考えずに楽しめた事で、スッキリしました。

思わずCDまで買ってしまいました!

 

昨日は節分で、豆まきをしてそのまま、静かに終わるはずでした。

が、下の娘が又、風邪をひいてしまい早く寝ささなければならないのに、

テレビを見ながらダラダラしていたので、

少し語気を強めて「早くしろ」と言って寝さしました。

そのとばっちりが上の娘に行ってしまい、

今日から1時間勉強をする?

(普段は全然していません!)と言っていたそうなのですが、

ダラダラしていたので

「そんなことしていたら、9時からの見たいドラマが見れないぞ、

お風呂が遅くなるぞ、時間の段取りを考えろ。」と言ったら、

ドラマも観ずに、勉強を始めました。

 

私の意図が伝わらなかったようです。

何か、気まずい空気が流れました!

怒られたと取ったのか、

拗ねたのか!

 

私は、小さい頃から「相手の顔色」を見る癖が、しっかり付いています。

常に「いい子」で居なければ成らなかったからです。

絶対に悪い子ではいけないのです。

家の中でも、学校でも、近所でも、どこでも!

特に母親に対しては、

「大好きな母親には嫌われないように!」がありました。

母親は、昔から身体が弱く常に構われる存在でした。

母親の機嫌を損なう事は悪い事でした。

身体が弱いせいもあって、ヒステリックを起こせば寝込んでしまう癖がありました。

母親が寝込んでしまうという事は、子供の私にとってはとても淋しいことです。

構ってもらえません。

そのお陰で、母親が嫌な気分になりヒステリックを起こし、寝込まないように

母親の「顔色」見る癖がつきました。

以前も書きましたように、

朝、起こしてくれる時に母親の声ではなく、

父親の声の時は兄弟が顔を見合せ

「今日は静かにしておくのだぞ!

母親に手間を掛けさせてはいけないぞ!

機嫌を悪くさす事をしてはいけないぞ!

わがままを言ってはいけないぞ!

母親が機嫌よく落ち着くようになるまで、おとなしくしている事。

母親の機嫌を取れ!」

が暗黙の了解です。

 

母親の声のトーン、

顔の表情、

イラツキ、

行動に神経をとがらせていました。

母親がヒステリックを起こし、

寝込んでしまえば総ての事が台無しになってしまいます。

とても寂しく辛いことです。

 

そのために、「相手の顔色を見て、相手が機嫌よくなるようにする。」とてもうまくなりました。

自然に反応するようになっていました。

そうすることが自分の安定になるからです。

「自分さえ我慢すれば、相手は優しい。それが幸せだ!」と思い込んでいました。

それが生きていく術だったのです。

 

 

この癖から解放されるために、苦労をしました。

「もう、ひとの顔色に一喜一憂しない!」と

「自分の気持ちに正直になる!」という事に!

 

しかし、今の家族の中でも、

「顔色を見ている自分」が居ました。染みついているのですね!

子どもたちがした悪いことに対し、

注意をして何故悪いかを説きます。

しかしこの事は、子供たちにとっては「説教」にしか映りません。

子どもたちの顔が暗くなり、

時には「すねている」ようにも映ります。

この空気が私は一番いやなのです。

母親との関係をよみがえさせられるので!

思わず、子供たちが笑顔になるように行動をしていました。

 

「私が悪いわけではないのに、

なぜ私が罪悪感を感じなければならないのか!

子供たちが悪い事に気づき、

自分たちから態度を変え無くてはいけない。

私は何時もと変わらない、

同じ態度を取っているだけだ。

相手に対して、思いやりを持てるように(子どもたちはこの部分は弱いので!)」

という葛藤にいつもなっていました。

ある時、

「このやり方では、昔の私と同じことになるのではないか?

子供たちが親の機嫌を取ることになるのではないか!」
  

 

やめました!

この考え方を!

子供が、笑顔で毎日を過ごせるように、

私が対応する事にしました。

子供が気付くようでは、私の二の舞いです。

いつの日かこの事が、子供たちなりに気づくことを信じて!

 

子どもたちの笑顔が一番です!

明日も、笑顔で学校に送り出せるように!

 

余談ですが「顔色を見る」この癖が、今とても役立っています。

生徒たちの様子がよく分かります。

ドアを開けて教室に入ってきた様子、

挨拶の声で生徒たちの様子がよく分かります。

元気か、

調子悪いか、

悩みにぶつかっているか、

などよく分かるようになりました。

 

この事だけは、親に感謝をすべきですかね!

この頃「顔色を見る」ことに対して、

罪悪感をあまり感じなくなりました。

「肯定も否定もしない」ようにしていると、気持ちが楽になりました。

拘っていた自分が少し滑稽に見えます!

おはよう!:コミュニケーションの始まり

cocorotkn 2009年1月27日 by cocorotkn

朝起きて、リビングに入った時家族に対して

「おはよう!」と出来るだけ大きな声で、はっきりと言います。

 

 以前は、子供たちが自然に

「おはよう」と大きな声で言ってくれることを期待して、降りてきました。

ところが、子供たちは寝起きで眠むたいせいもあるし、

服を着替えながらテレビを見ているおかげで、

ボサッと「おはよう」と言う声が聞こえるだけでした。

元気よく「おはよう!」と言ってくれるのを期待していました。

 

朝、家を出て近所の人の姿を見かけ、

顔が合えば挨拶をしていました。

逆に目を合わせなければ、

挨拶をせずに通り過ぎていました。

 

ある時、

近所の人が他所を見てこちらに、気づいていなかったので、

あえてしっかりした声で「おはようございます!」と挨拶をしました。

すると、その人もすぐに振り返り大きなしっかりした声で

「おはようございます!」と返してくれました。

そして通り過ぎるわずかな時間で、

ほんのあいさつ程度の世間話をしながら過ぎていきます。

 

しかし、この後がなんとも言えない、心地よさが残りました。

何となく、こころが爽やかに元気になっている、私自身がありました。

一杯元気をもらった気がしました。

 

今までは、子供に対し挨拶をしたのだから、

挨拶をしっかりしろよと言う思いがありました。

どこかで、見返りを(そんな大げさなものではありませんが)求めていたようです。

 

それからは、毎日しっかりと「おはよう!」を言います。

何かそれだけで自分がスッキリします。

その上家族から返事があれば、もっと元気になります。

今は、自分の為にも「おはよう」と言っています。

子供たちの返事に元気がなくても!

そのうちに、家族全員が朝、

元気にあいさつできて、気持ちの良い「スタート」が出来ればと思っています。

 

思春期に近づいている上の娘は、難しいだろうな!

でもともかく、「おはよう!」と言い続けます。

 

皆さんもしっかりした声で「おはよう!」と言いませんか?

神経症④:優先順位

cocorotkn 2008年11月18日 by cocorotkn

今話題の「夢をかなえるゾウ」の本の中に、こんな内容が載っています。

 

「自分にとって大切な顧客を蔑にして、

手間の掛かるウルサイ顧客に、一所懸命しなっていないか?」というのがありました。

 

ドキッとしました。

私も昔営業をしている時の事を、思い出しました。

 

結構、あの本はカウンセリング的にみると、結構面白い内容です。

この事を、対人関係に置き換えてください。

いつもウルサイ人、怖い人、苦手な人に気を使っていませんか?

文句を言われたくない、

嫌われたくない、

機嫌良く相手をして欲しい、

という思いで一生懸命になっています。

 

そしてその分、大切な人を蔑にしています。

あの人は、優しい人だから少しぐらい後回しにしても、

ほっといても怒らない、

何も言わないと思っていませんか?

甘えていませんか!

 

その人は、あなたを大目に見ているのではありません。

「仏の顔も二度三度」です。

こんなことが続けば、

どんなに優しい人でも、

心広い人でも決して許してくれません。

許してくれているのではなく、

諦められているのです。

信用を失くして居るのです。

 

会社関係、友人関係、恋人に知らない間に、嫌われてしまった経験はありませんか?

神経症になる人のタイプに「拘ることができない人」が居ます。

今、大切な事に拘ることが出来ずに、

どうでもよいこと、

後回しにしていい事に、

拘ってしまうのです。

そして悩みます。
 
苦手な人に気を使い、

今、大切にしなければならない人を、

ほったらかしにしていませんか?

貸し出し本:神経症③

cocorotkn 2008年11月12日 by cocorotkn

先日、ニュースで公立図書館の本が

28万冊返却せれていない事が流れていました。

被害金額約4億円との事!

 

何気ない、「たった一冊」が積み重なった結果だと思います。

当事者にとっては、何の罪の意識もないと思います。

でも犯罪です。「窃盗罪」

 

私の学校も、今まで私が読んできた心理関係の本を、生徒対象に貸し出しをしています。

なかには話題書(「夢をかなえるゾウ」もあります)や、コミックもあります。

ただ見方を変えれば、みんな「こころ」に関係してくる本ばかりです。

少しでも、生徒さん達の「気づき」になればと思い貸し出しています。

いろいろな角度から見ていくことも大事です。

 

 

ところが、帰って来ない本が年に数冊出てきます。

(図書館ほどではありませんが!)困ったことです。

返却しない生徒にとっては「たかが一冊」ですが、

私にとっては「大切な一冊」です。

返却しない人も、なにも悪気はないことはわかります。

私どもの生徒ですから!

本当に返すタイミングを忘れ、

ズルズル時間が経ってしまい、

学校に来なくなってしまったケースが、ほとんどと思います。

「悪いなぁ!」と思いながらと思います。

なかには「その一冊」により、

学校と繋がりを持とうとしている生徒もいると思います。

 

確かに「たかが一冊」です。

ひろい心で受け止めて「罪を憎んで、人を憎まず!」の心で、

新しく買い揃えばいいことです。(現に何冊かを貸し揃えています。)

しかしながら、「心理学の本」はあまり売れないので「増刷」があまりまりません。

「一版」で製作が終わってしまうことが多いのです。

 

よく生徒さんには「心理学の本は欲しいと思った時に、買うように。

次に買いたいと思ったときには、無くなっている時が多いよ。」言っています。

もう手に入らない本も多くあります。

現に、ユーズドでプレミヤガがいている本も多くあります。

その意味では、大切な貴重な本たちです。

結果、「その本」がなくなってしまいました。

他の生徒さん読みたくても、

読めなくなってしまった事に気づいていません。

迷惑を掛けている事に気づいていないのです。

 

これも「神経症(質)」のなせる業です。

 

「その本」を戻さないことに対し、当然「罪」の意識はありません。

返却するつもりで居るのですから。

間違いない気持ちです。

信じています!

でも返却しないことにより、

どれだけ、他の人に迷惑をかけている事に、気づきがないのです。

結果、関係が切れてしまうことになります。

学校にも来れなくなってきます。

 

自分で招いている「トラブル」で、

時には対人関係までも壊します。

 

 

私たちは、気付かないところで「対人関係」を壊してしまう、

時には今まで築きあげた「信用」を無くしてしまう事があります。

気を付けねばなりません。

何気ない「ちょっとした事」にも!

私も含めて!
 

打てば響く:呼吸を読む

cocorotkn 2008年8月2日 by cocorotkn

この頃、講座の中で表現の方法として

「ことわざ」「格言」などを使って、説明をする時がありますが、

意味が伝わらない事がよくあります。

 

例えば「打てば響く」を使った時です。

 

「対人関係において、

自分のペースで対応する事は大切だけど、

一分一秒を争っている時には、

相手の呼吸を読み行動、

言葉や態度から発する信号で、

反応する力が必要です。

打てば響く対応が要るよ。」と言ったら、

「ポカーン」としていました。

 

又、広告の営業と打ち合わせをしている時

「こっちの言っている事に対して、打てば響く対応が欲しい!」と言ったら、

又「ポカーン」とされて、

しばし静寂の時が過ぎました。

 

意味が分からないようです。

まさしく「打てば響かなかった!」のです。

 

思わず、

「大学も出て、いっぱしの社会人、

それも広告と言う表現を大事にする仕事をしていて、分からんか?」

といってしまいました。

 

他にも色々ありますが、

私も特別習った訳でもありません。

新聞、小説を読んだり、

TVを見たり、

目上の人の話しを聞いたりして、

自然と入ってきている言葉でもあります。

 
特別習ったわけでもなく、

職員室に入っていく仕草、

しゃべり方などを身につけてきたものです。

 

これでは、

社会人として、

大人として、

親として、

対人関係を結べなくなってしまいます。

最低限のマナーは必要ですからね!

 

講座の中で、折に触れて「ことわざ、格言、言い回し」などを伝えています。

「一般常識教程を作ろうか?」冗談を言うと、

本気で「作って!」と言われることがあります。

 

 

因みに、

昨日は講座の中で「イチゴは果物か?野菜か?」と問いかけました。

 

皆さんは分かりますよね。答えを!

もったいない!賞味期限切れ:拘らない勇気

cocorotkn 2008年7月16日 by cocorotkn

学校の休みの日に

何も用事が無ければ女房と一緒に、スーパーに買い物に行きます。

家族で一緒に食べる夕食の買出しです。

色々なコーナーを見ていると、

昔子供の頃に見ていた様子とかなり違います。

(昔は、市場でで対面販売でした。いつの事やら!)

 

 
商品が豊富です。

何でもあります。

でも、季節感はありません。

季節の食べ物が、いつでもあります。(これって、大いに変です!)

又この頃、生鮮食料品の売り場が変わっています。

特に、生鮮食料品の品数が、極端に減っています。

あの「毒入り餃子」以来!外国産がなくなりました。

総て撤去されています。

スーパー勤務の生徒が居て、

関係ない野菜にでもクレームをつけてくるお客がいるそうです。

国産ばかりです。

綺麗に形の揃った野菜だらけです。

それを、みんな触りまくり

その中でも、綺麗な野菜を探しています。

食べるには、まったく問題無い商品でもです。

 

いつの間にやら、触りまくられて傷んだ野菜は、

誰も見向きをしませんから廃棄処分です。

流石に魚は捌かれてパックされているし、

直接魚を触るのは嫌なようなので、傷みは少ないようです。

それでもパックの上から、指で押さえるお客もいます。

 

牛乳やジュース類は、賞味期限の長い物を選んで棚の置くから選んでいます。

おかげで棚の中はぐちゃぐちゃになっています。

牛乳など1パック買えば、2・3日の間に飲んでしまいます。

あまりにも賞味期限に拘りすぎるので、

期限が近づくと売れなくなるので廃棄処分!

 

もったいなくありませんか?

今食べるのに、そんなに拘る必要があるでしょうか?

 

 

対人関係にも、似たような事がいえます。

あまりにも、拘りすぎるとギクシャクしすぎて、

還って問題が起きやすくなります。

流してしまえば済む事でさえも、

気にしすぎると小さいことまでが気になり、

問題にならないことまで、

トラブルにしてしまいます。

その場だけで済ませてしまえることも多いのです。

 

今、必要な事は何か?

と言うことに目を向けてみませんか?

 

現に、賞味期限を気にして買った牛乳を

冷蔵庫に入れっぱなしにして、飲めなくなった事はよくありませんか?
 

 

拘らなければならないことに、拘りましょう!

 

鏡の中のマリオネット:ピエロ

cocorotkn 2008年5月13日 by cocorotkn

『鏡の中のマリオネット』

やぁ!おはよう 鏡の中の私
いつものように、微笑んで優しそうだね
みんなからも、いい人と言われているネ。

 

悲しい顔、苦しい顔、怒った顔なんか見た事がない
本当にいい人だね

 

でも辛くないかい!

 

いつも、相手の気持ちを読んで、気分好くなるように
自分の気持ちを出さなくて
どんな無理を言われても、傷つけられても、悲しい思いをしても
絶対に顔に出さない

傷つきたくないから! 傷つきたくないから! 傷つきたくないから! 傷つきたくないから!

 

鏡の中の姿は、私かい
他人の鏡に移っている姿を、私と思い込み信じていないかい

 

まるで、マリオネットじゃないか
可笑しいじゃないか  馬鹿じゃないかい
他人の鏡に振り回させられて

 

その鏡は、誰の鏡だい

それは「親の鏡」じゃないかい
親の思いを「鵜呑み」にして
親の鏡に映っている姿を、私と思っていないかい

 

鏡を壊してしまえよ
壊さない限り、自分の鏡を見つけることは出来ないよ

 

自分の鏡を見よう 

鏡の中の私が泣いていたら、優しく包んであげよう
鏡の中の私が怒っていたら、一緒に怒ってみよう
鏡の中の私が淋しがっていたら、そっと傍にいてあげよう
鏡の中の私が喜んでいたら、一緒になって喜ぼう

 

鏡に映っている姿が 私だから  今ここにいる私だから

 

 

このポエムは、今年のエサレン研修で

エレン・ワトソンがワーク中に使う

「ポエム、作ってきて欲しい」と言われ作った物ですが、

送ってみると長すぎるので、4行詩にして欲しいとの事でした。

そして、4行詩にしたポエムがしたのポエムです。

参加者全員が作っていて、

そのポエム中から選んでパフォーマンスを行ないます。

 

  『お前はいったい誰だい。バカじゃないかい。
   親の鏡に写っているマリオネットじゃないか。
    鏡に写っている本当の私は震えているじゃないか?
     しっかり抱きしめてやろうじゃないか。』

 

 詠んでみて、皆さんは何を思いますか?