対人関係の糸口

受け止めて欲しい

cocorotkn 2008年2月22日 by cocorotkn

今年のエサレン研修もスタートしました。

エサレンへの申し込みも第一陣が手続きをしました。

今のところ16名の生徒が参加します。

今からエサレンではエレンがワークの準備をしてくれています。

スエットロッジ(ネイティブアメリカンのサウナワーク)も手配をしてくれました。

今から楽しみです!

 

 
「受け止めて欲しい!」みんなが求めている叫びです。

 

この思いを求めて、みんな苦しんでいます。

本来ならば親からもらっている筈ですが、

旨くいっていません。

その為、恋人・パートナーに求めます。

「本当に信じていいの。私のことを受け止めてくれる!」と。

私達も、本当に受け止めてくれる人を、ひとり見つけなさい。

そしてその人に甘えなさい。と言います。

 

でもここでひとつ問題があります。
恋人、パートナーに対し

「私を受け止めて。私のことを分かってくれないとダメ!」と求めます。

 

これって何処か問題があることに気が付きませんか?

この言葉を違った角度から見て翻訳すると

「私のことを受け止めてくれる人に代わって。

変わってくれない人はダメ。

私のことを分かってくれない。」といっています。

 

「相手が変われば、私は幸せになれる。私は変われる。」と叫んでいる事になります。

相手はあなた好みに変わることはありません。

だって相手は、あなた自身ではないからです。

「相手が悪いんだ。相手が変われば私は幸せになる。」

こんな他力本願(他者責任)な事をしても無理です。

相手が変われば私が変わるのではなく、

「私自身が変わる」のです。

 

特に夫婦間では、

「主人(妻)は私の気持ちなど、

これっぽっちも、分かってくれない。

少しも、態度を改めようとしない。」、

「相手が悪い」と、責め合います。

 

常に「私好みの人に変われ」とお互いに、喧嘩をします。

おかしくありませんか?

相手の責任にばかりして?

「私のことを、分かってくれない!」と。

益して、

受け止めてくれなかった、

親のように成ってくれと言っても、

その親は受け止めてくれなかった、親なのですから、

愛情は貰えません。

 

相手が変わる(責任に)ことを望むより、

自分が変わることの方が大切です。

自分が変われば、相手への接し方が変わります。

接し方が変われば、

相手も受け止め方が変わるので、

反応も変わります。

良い方向に回転していきます。

お互い求め合っているのですから。
 

 

「二人で受け止めあえる関係」を

再構築(築き上げる)事をしませんか?

愛情というものは与えてものでも、

貰うものではありません。

 

「二人で築き上げていくもの(育むもの)」です。

二人三脚で一緒に変わり、

お互いのことを「受け止める」

パートナー作りを目指しましょう!
 

ONとOFF

cocorotkn 2008年2月8日 by cocorotkn

「ONとOFF」

この切り替えがなかなか難しいものです。

 

日常生活の中で、

臨機応変に切り替えできれば良いのですが、

時には「ON」になりっぱなしの時があります。

常にスイッチが入りっぱなしで、

仕事をしてそしてそのまま、

プライベートにまで持ち込んでいる方が、多く居られます。

 

猪突猛進、走れる所まで突っ走ってい、

息切れしてしまいます。

息切れしてからでは、回復に時間がかかります。

当然、相手の人にも当たり前の如く要求します。

「私が頑張っているのに、何故あなたは頑張らないの」

 

傍から見れば大きな迷惑です。

ひとりでむきになっているのですから!

これでは対人関係も悪くなります。

相手には相手のペースがあります。

お互い旨く絡み合えるからこそ、

物事がスムーズに行きます。

 

旨く「ONとOFF」を使い分けませんか?

弓も、引きっぱなしでは弦が伸びきってしまい、何の役にも立ちません。

また使わなければ、弦が硬くなり引くことが出来ません。

適度なバランスが大事です。

 

普段の生活の中で「あぁ、力が入っているな!」感じたら、

少し「フゥ」っと力を抜いてみませんか!

息を吐くだけで充分です。

出来れば力が入っている部分に気づいてください。

そこに自分のテーマが潜んでいます。

 

どんな時に、その場所に力が入るのか?

どんな人に会ったら?

どんな言葉に?

どんな環境に?

そして過去に体験したことに?

 

どこか、繋がってきますよ!

食べず嫌い

cocorotkn 2007年11月22日 by cocorotkn

食べる物の中には、好き嫌いがあります。

 

やはり私にもあります。

でも私の場合は、苦手の方かもしれません。

子供の頃のしつけで、食事に出された物は、例え嫌いな物でも残さず食べる。

これがしつけでした。

そのおかげで、今は、一応何でも食べれます。

苦手な物でも「これはこういう味なのだ。」と思って食べています。

その為に、食べる物には興味があります。

 

 

ともかく何でも食べてみる。

食べてみなければどんな味かも分からない。

食べてみて「美味しいか、美味しくないか。」を判断すればいいし、

また新しい味に体験できる大きなチャンスになります。

そのおかげで、チャレンジ精神が身に付いているかもしれません。食は原点とも言われますので。

子供の頃から、何でも食べました。

ふぐの肝まで食べていますよ。本当は禁止ですけれどもね!

 

特に美味しそうに食べているようなので、

一杯色々な料理を食べに連れて行って貰えました。

本当に美味しいもの、

本当の味、

食材に触れる事ができました。

 

 
好き食べ物は、好きな食べ物。

嫌いな食べ物は、嫌いな食べ物でいいのです。

嫌いな食べ物を、無理に好きになる必要はありません。

でも、嫌いだからっと言って、食べれないわけではありません。

ともかく嫌いでもいいから、食べてみる事です。

嫌いで食べなければ、一生その食べ物を食べる事はありません。

もったいなくありませんか?

 

もしかしたら、今は嫌いでも、

時が過ぎれば好きになるかもしれません。

 

子供の頃、嫌いな料理でも、

大人になったら美味しいと思った経験がありませんか。

大人にならなければ理解できない味もあります。

嫌いで口にしなければこの経験も出来なくなります。

 

自ら、可能性の目を摘まないようにしてみませんか?
 

 

このことは、私達の人間関係にも当てはまるとは思いませんか。

食べ物の言葉の変わりに、

「人」に置き換えてみたら、どうでしょう?

あなたの夢は?夢は悩みから救う

cocorotkn 2007年10月14日 by cocorotkn

今、セミナーでは「サクセス・イメージ」を行なっています。

 

自分の、夢、目的、三昧出来る物を見つけようと言うセミナーです。

 

私達は「夢・希望」を持てば、結構悩みから解放される物です。

只、この夢が中々見つからない。

今回もセミナーの冒頭で、「あなたの夢は何ですか?」と問いかけます。

でも旨く答えられません。

でも、当たり前でもあります。

見つからないからこのセミナーを受けている。

と、生徒から突っ込みを入れられる事があります。

たまにこんな答えが返ってきます。

「(人に関わる仕事)相手の人に、安心して信頼されるような○○○に成る事が私の夢です。」と、

答える人が居られます。

 

確かにそれでも良いのですが、何か変な事に気づきませんか?

「相手の人に安心、信頼される」と言う事に。

ならば、

「相手の人に安心、信頼され無ければ」ダメと言う事ですね。

これって、他人の評価にによって自分の夢が左右されていると言う事です。

もっと単純に言えば、

「他の人が、あなたは幸せね、と言えば幸せで。不幸せと言えば不幸せになる。」のと同じ事です。

幸せ・不幸せは、他の人が決めるのではありません。

自分自身がどう思えるかで、決まります。

他の人に、感謝される事により自分の夢に満足していると、

相手の評価で夢が達成したり、潰れたりします。

 

 

これは本当の夢ではありません。

 

他の人が、どんな評価を下そうが

「私の夢はこれだ!」

「この夢のためならば、どんな苦労もいとわない。」

「例え嫌な仕事でも、夢の実現の為にお金も必要なのだから、頑張るよ。」

「嫌われるのが怖く、変な対人関係を続け無駄な時間を費やすぐらいなら、夢の為に時間と使う。」
と言えるぐらい、自分の考え方で「夢」を実現する事が大切です。

 

妄想は叶いません。

万が一叶う時はそれは、犯罪です。

 

夢が叶わないのは、自分の夢ではないからです。

人から与えられた夢だからです。

「他人の夢」は到達しても、空しいだけです。
夢は必ず叶います。

その人の等身大の夢ならば!

諦めた時に夢は破れます。

時には、失敗もあります。

でも、その人が夢を諦めない限り、

その人は「夢へのチャレンジャー」です。

 

私達の前には、道はありません。

あなたの後ろには道があります。

あなたが歩いてきた道(人生)があります。

もし、目の前に道があれば、

それは他人が歩いた道です。

他人の道を歩いてゴールしても他人の人生、ゴールです。

他人の人生だからこそ、夢は叶いません。

 

あなたの前には、無限の可能性があります。

その可能性に向かって一歩一歩、歩み出しませんか?

 

「本当の自分の夢」を信じて!

ややこしや!ややこしや! 正直者は、本当に正直者か?:世渡りの仕方

cocorotkn 2007年8月28日 by cocorotkn

あなたは、正直者ですか?

「はい」と、答えた人は、嘘つき者かも知れませよ!

 

先日、ある本を読んでいて、頭を「ガツン」と殴られた思いをしました。

「正直を良し」として、

伝えてきたのに、それが必ずしも、正しいとは言えない事を思い知らされました。
 

 

私たちは、本当に自分に対して、正直に生きていますか?

 

私たちは、「うそ」ついて生きています。
正直に生きれば、トラブルを起します。

自分が思ったことを正直に言って行動すれば、問題が発生します。

「うそ」を言わなければ、対人関係は問題を起すのです。

うまく「本音」と「建て前」を使い分けなければなりません。

 

極端な言い方なんで誤解しないで欲しいのですが、

昨日、茨城で起きた事件です。

相席を頼んで、殴られ殺された事件です。

 

こんな解釈が出来ます。

ある意味で、被害者も加害者も、自分に正直に行動したのです。

被害者は、

「座る席が無いので相席を望んだ。

そして、その席はお客さんが飲食で利用するところなので、

寝る場所はでない。」と思い、

その事を伝えた。

加害者は、

「注意されたことが気に入らない。腹が立った。」

だから殴った。殺してしまった。

 

双方とも、自分の気持ちに正直に行動しました。

(あくまでも、被害者の行動は正しいのですよ)

結果、あの悲惨な結果を招いてしまいました。

 

自分に気持に正直、

思うように、

欲望どうりに行動すればトラブルが発生します。

「お金が欲しい。だから人からお金を取った。」では困ります。

当然、お金が欲しくとも、

自分の正直な気持ちに「嘘」をつき我慢をします。

「嘘」と「正直」をうまく使い分けて、人生を生きていきます。

 

私たちは、幼い頃から親に「正直にしなさい」と言われ育てられました。

正しいです。

でも正直に、

家庭何で見たこと、

聴いた事を他人に言えば親から怒られます。

「そんな事を言っちゃダメ!わがままな子だ!」等と言われ

「嘘をつく」事を求められます。

 

私たちは、幼い頃から「嘘をつく」ように育てらています。

「正直者」は嘘つきです。

人から「正直な人。良い人。」と思われるように

「自分に嘘」をついて生きています。

 

「正直者」でも無く

「嘘つき」でも無く

「自己欺瞞」でも無く
「嘘と誠」をうまく使い分けて、

生きていきませんか?

 

何か矛盾していますか?

 

人間て「ややこしや?ややこしや?」

距離感覚: 安心感

cocorotkn 2007年8月21日 by cocorotkn

この距離感覚は、

対人関係に於ける距離感覚です。

 

 

以前に本を読んでいて、成る程と思ったことがあります。

わたし達には、対人関係において安心の距離があります。

人それぞれです。

又、地方に住んでいる人と、街中に住んでいる人でも違うようです。

地方は人口密度が低い分だけ、自分の安心の距離は充分に取れます。

それ故に、お互いにうまく距離を取り合い、

侵入される事なく対人関係を保っていきます。

 

しかし、街中ではそうはいきません。

人口が多いので、自分にとって安心の距離が充分に取れません。

当然ぶつかり合います。

お互いが重なり合い、

干渉しあいながらも、程々の距離を保ちながら、

バランスをとり、うまく社会生活を送っています。

 

しかし現在、自分の空間(安心の距離)に侵入される事を嫌う人が増えたようです。

街中でも、歩きながらも、

このスペースが自分の空間と思えば、侵入を認めないようです。

 

特に電車の中ではよく見かけます。

電車の中が混んで来ても、

スペースを譲ろうとせず、一歩も動こうとしません。

その人の前はスペースが空いていて、

後ろが押し合いへし合いいていても、

ガンッと動こうとしません。

かばんやリュック、サイドバックを掛けたままで、

ちょっと当って押されただけで嫌な顔をしたり、

喧嘩腰になったり、

ぎすぎすしています。

老若男女問わず!

 

確かに、自分の安心の空間に侵入されるのは誰もが嫌がります。

不安になるからです。

しかし、逆に距離を開けられると、返って不安になってしまいます。

人間には程々のバランス、距離が必要です。

時には距離を開け、

時には縮めお互いが思いあいながら、

人間関係を築き上げていきます。

 

くっ付けば、うっとうしい。

でも離れると寂しい。

天邪鬼なものです。

 

あなたにとって、安心の距離はどれくらいですか?

一度調べてみればどうですか?

相手によってもこの距離は変わります。

相手の人と向き合って、

その人がどの程度まで近づく事で、

平気でいられるか?
違和感を感じるか?

 

その距離が、あなたにとっての「安心の距離・空間」です。

投票に行こう!: 自分の意志を大切に

cocorotkn 2007年7月26日 by cocorotkn

決して、選挙活動ではありませんので安心してください。

当然、こころの世界ですので支持政党はありません。

まして宗教支持もありません。

常にどちらにも囚われないニュートラルの状態です。

 

よく講座の中で、

「自分のお気持ちをしっかり聴こう!そしてしっかり感じて、表現できるようになろう!」と伝えています。

昨日も「体験講座」の日でした。

講座の中で交流分析より「エゴグラム」検査で、性格分析を行ないます。

その解説の時に、

「NOと言えなければ、すべてOKになりますよ。」

「海外ではもっとはっきりします。

貴方が本当に嫌ならば、貴方はNOと言えるはず。

何も意思表示をしないのだからOKでいいですね。」と、伝えます。

極端な表現ではありますが、大事な事です。

 

自分の気持ちを、しっかり伝えないお陰で「貧乏くじ」をいっぱい引いています。

「嫌なものは嫌!好きなものは好き!」と相手に伝えない限り、誰も分かってくれません。

 

今回の選挙も同じことが言えます。

今の政治に問題があり不満があるのならば、その意志を選挙で投票すべきです。

投票しない限り、今の政治を認めた事になります。

「棄権」は今の現状を認めた事になります。

「白票」も同じ事です。

年金問題でも、このシステムの不備(特に社保庁の問題点)は以前の選挙の時から分かっていた事です。

(年金漏れまではちょっとですが!)

その事を以前の選挙で、棄権も含めて認めてしまったのですから。

今回の被害に遭われた方の中には、選挙に行かなかった人も居られると思います。

ひどい言い方ではありますが、文句も言えない部分があります。

選挙に行かずに、棄権という形で認めてしまったのですから。

 

今回は、しっかり自分の意志を投票で伝えましょう。

私達にとって幸せな生活が送れるように改革してくれるところに!

(ただ、この選択が難しい、帯に短し、たすきに長し。どんぐりの背比べですからね!)

本当に実行してくれることを願って!?(あの、私は選挙管理委員会の回し者でもありませので、)

 

「YESはYES!。NOはNO!」としっかり伝えましょ!

 

PS:とうとう我が家のツバメが巣立ちました。初めての二回の巣作りを体験しました。

毎日うるさいぐらい、鳴いていたひな鳥たちもついに巣立ちました。

もう二度と帰ってくることは無いでしょう。

ひな鳥たちの「親離れ」に祝福します。

でも、空っぽになった巣を見て、少し寂しさを感じます。

いつの日か、私達の娘達が親離れする日を少し想像しながら!(親ばかだね!)

来年も、巣作りを楽しみにします。さぁ、これから掃除が大変だ!
 

気づかぬうちに:落とし穴

cocorotkn 2007年7月17日 by cocorotkn

知らない間に、トラブルを起しています。

 

私達のところに来る方々は、

真面目な方がとても多く居られます。

相手が喜ぶ為に、

自分の事は殺してでも相手に合わします。

時には、自分に自信を持っていなく、

引け目を感じていると、

人並み以上に過度な反応をします。

 

本人は必死になって努力をしています。

他の人より余計に働いたり、

気を使ったりして頑張るのですが、

常に低い評価しかもらえません。

結果、愚痴ったりすねたり、妬んだり。

確かに努力を認めてもらえず過小評価されて、いつも貧乏くじを引いています。

 

しかし、気づかぬうちに自ら問題を起している事があります。

 

普段はしっかり頑張っているのに、

ここ一番しっかりしなければ成らない時に、

問題行動を起している事があります。

 

何時もは遅刻をしないのに、

重要な約束の時に遅刻したり、

大事なルールを守らなければならない時に、

ルールを勝手に解釈して信用を失ったり、

聴いていなければならない時に、

聴いていなくてトラブルを招いている事があります。

 

何故、こんなミスを起すのでしょう?

それまでは、きっちり頑張っているのに、

重要な局面の時に限って!

 

 

私達には、意識して行動している部分と、

無意識に行動している部分があります。

私達は知らない間に色々な行動をしています。

 

一度、

自分の「ここ一番」の行動パターンを見つめ直してみませんか?

言い訳・理由付け :悩みのカラクリ

cocorotkn 2007年4月11日 by cocorotkn

カウンセリングをしていると、

よくクライエントが「言い訳」「理由付け」をします。

 

 

「私は、断ろうと思っていたんですよ。

でも、彼がどうしてもと言うから、

仕方ないので、彼の希望どうりにしてしまったんです。」

 

何かおかしくありませんか?

「あなたの気持ちはどうだったの?」

「言い訳をして満足なの!」

 

確かに、問題が起きた時には答え出しをしたいものです。

そうすれば人間は納得できます。理由が付けば!

でも、「本当の答えの先送りをしていませんか?」

あなたの本当の気持ちは何なのでしょう?

 

今回のエサレン研修でもありました。(実は毎年あるのですが)

参加希望者は決めるまで、色々迷います。

当然です。

費用・休暇をそろえるのは大変な力がいます。

そして、自分自身を見つめ直す作業が、エサレンには待っています。

不安と恐怖と希望とが入り乱れています。

自分探しに希望もって参加する人が大多数ですが、

中には、不安に襲われ「行かなくて済む理由」を探し出す人が居ます。

一生懸命探し、何とか理由が見つかると「ホッと」するようです。

 

でも、「理由になって居ません」

誰が聞いても「それって、言い訳やん!」と聞こえます。

 

エサレンに行くかどうかは、本当は二の次です。

その人の意志が大切です。

そのプロセスが大切なのです。

行くなら行く。

行かないなら行かない。

と、しっかり納得の上で決定を下して欲しいのです。

自信を持って、後悔の無いように!

自信を持って決定を下せてない人は、

その表情・態度・言動がオドオドしています。

私が「気にする事はないよ。また今度行ける時に一緒に行こう。」と答えると、

表情が「ホッと」した顔になります。

後は、何もなかったかのように振舞っています。

 

いったい誰の決定が必要なのでしょか?

誰に嫌われたくないのでしょうか?

誰に好かれたいのでしょうか?

 

「誰のために生きているの?」

素直 :対人トラブル

cocorotkn 2007年3月9日 by cocorotkn

人は、素直なようで素直でないものです。

 

カウンセリングをしていると、よく感じます。

素直に伝えれば分かる事を、あえて遠まわしに伝えます。

 

ただ本人は悪気が無いだけに厄介です。

時にはひねくれて言ったり、

相手を怒らせるような言い方をしたりしています。

 

以前のことですが、

自分のほうに向いて欲しいが為に、相手を傷つけるような事がありました。

あの手この手を使って、わざと怒らせて噛み付かせるように仕向けてきます。

例えば、見られたら何か一言、言われるような物をあえて見えるところに、置いておいたりします。

こちらがそれに気づいてあえてそのままにしておくと、

更に、行動はエスカレートします。

 

 

時には、他の人が、対人関係で問題が起きると、

その時にまるで正義の使者の如く出てきます。

相手の人を責め、

悪者にして、

「私はこんなに正しい事をしているのよ。

素晴らしいでしょ。

私のことを良い人として認めなさい。

だって私はあなたの為にしてあげたのよ」と。

これは自分の溜まっている思いを、

ちょうどいい事件に託けて、

ぶつけているだけです。

 

心理ゲームの「トラブルメーカー・仲間割れ」をしているだけです。

ただ本人は罪の意識がありません。

だから始末が悪いのです。

本人の意識の中では「私は正義の味方で、正しい事をしただけ。」の思いだけなのです。

自分自身がトラブルを撒き散らしている事に気づいていません。
結果、みんなから嫌わます。

 

「私を責めるのは、お門違いよ。

私を悪者にするなんて、なんてあなたは悪い人なの。」

と言い出し、さらに悪化する事をします。

 

あまりにも傷つき、

裏切られ続けてきた結果、

自分を守るための手段なのです。

 

人を信じて、裏切られ続けた悲しい行為です。

 

素直に自分の気持ちを聴き、

素直に表現をしましょう。