身近なゲシュタルト

長所と短所

cocorotkn 2012年10月9日 by cocorotkn

昨日は、京大の山中教授が

「iPS細胞」でノーベル賞が決定しましたね!

 

何時かは受賞されるとは分かっていても、

実際決まると驚きますね!

 

これで今年の「文化勲章」も間違いなしですね!

何時も後付けになっていますよね!
 

 

昨日インタビューの中で

「不器用だった!じゃまなかと呼ばれていた!」と言われていました。

しかし、

この短所の不器用さが有ったお陰で

「iPS細胞」の発見に繋がったと、

応えておられて居たのが印象的でした。
 

 

私たちは、「長所」を好み「短所」を嫌います。

でも、本当に「長所」は良くて

「短所」は悪いのでしょうか?

 

時には「長所」は相手から観て良い処で、

本当のその人の「長所」は無い可能性があります。

 

逆に「短所」は相手からは嫌われますが、

その人の「個性」であり、

一番の力を出す、

「魅力」である時があります。

 

現に私の昔の「長所」はは

「優しくて、良い人」でした。

自分に嘘をつき、

他の人に「嫌われない」ように良い人を演じていました。

「魅力」を殺し!

 

私の中の「頑固モン」

「エエカッコしい!」の

「短所」が私を変えてくれました。
 

 

夢を叶えるために!
 

 

「短所」の中にその人の「魅力」があり、

本当の力に気づかせてくれる力が、案外在るのかもしれません!
 

 

今回行う「MUZINAセミナー」も、

欠点、問題点を一度

「MUZINA」に置き換えて、

自分の中の本当の叫びに気づいてい貰うセミナーですが、

 

それと同時に「MUZINA」が気づかさせてくれている

「問題解決法」を見つけ

「MUZINA」と旨く付き合う事も目指して貰います。
 

 

正しく、「短所」に対してダメ出しをせずに、

受け入れ「長所」に切り替える。

 

「ゲシュタルト」のテーマです。
 

 

「長所」と「短所」が有って「私」です。

 

どっちが欠けても、

 

成り立たないのですから!

幸せって!

cocorotkn 2012年5月29日 by cocorotkn

「しあわせ」ってなんでしょうね?

 

 

先週、再放送で「夢をかなえるゾウ」の最終回をやっていました。

 

リアル放送の時に、最終回を見落としていました。

偶然観る事が出来ラッキーでした。

 

本の方は読んでいて、

内容を講座の中で伝える事もあるぐらい

「意味深い」処が有ります。

 

テレビの方は、

主人公の若い女性が「しあわせになりたい」との願いから

「ガネーシャ」に契約を結び、

「ガネーシャ」から出される

「課題」を実行して達成して行く過程で

「本当のしあわせ」に気づく、ストーリです。
 

 

「ガネーシャ」が出す最後の課題は

 

「今日が最後の日ととして、やりたい事をする!」でした。

 

この課題を実行するうちに

「本当のしあわせ」を実感できたのが、

 

「しあわせは、身近にある」と言う事でした。
 

 

「今、在ること。

今、生きている事を、

幸せに感じる!」

その事に尽きる気がします。
 

 

たとえ、お金持ちになり、

一流ホテルの「ペントハウス」ひとりでに住み、

部屋で高級料理を食べて、

何不自由なく暮らす事が

幸せでしょうか?
 

 

生活が貧しく狭い部屋で、

家族が喧嘩して、

取り合いをしながらでも食事をしている、

生活が幸せでしょうか?
 

 

私は、後者を選びます!

 

だって、

美味しくて、

素晴らしい料理でも、

ひとりで食事をするなんて嫌です。

淋しすぎます。

 

気の合う仲間や、

家族と一緒で、

ワイワイ言いながら食べる方が、

楽しいです。

 

私の分の食事を、

子供たちが食べてしまって、

私の食べる料理が無くなっても、

しあわせです。

嬉しいです。

 

子供たちが、

大きな声でキャーキャー言い、

笑いながら食事が出来るしあわせ!

子供たちが、

女房が、

笑顔で笑っている!

それだけで「しあわせ」です。

ごく普通の事!

それが幸せなんですね!

 

嫌な事があり、

悲しんだり、

苦しんだり、

腹が立ったりします。

でもそれが在るので、[

今のこの時を「しあわせ」と思えるのでは!

 

 今、生きている事がしあわせ!

   今、何かをしている事がしあわせ!

     今、家族と共に生活が送れる事がしあわせ!

 

 

こんな、何気ない事が「しあわせ!」と感じられる事が

      一番の「しあわせ!」ですね!

    「ゲシュタルト」のテーマですね!

 

 「夢をかなえるゾウ」のガネーシャは、

 

私のとっては「家族」です!
 

孵化:食物連鎖

cocorotkn 2012年4月24日 by cocorotkn

「トキ:朱鷺」が自然の中で、孵化したようですね!

 

日本のトキは絶滅しましたが、

地球の生物として「種」が保たれる事は、

とても大切な事です。

 

無事、成長して羽ばたいて欲しい。との思いです。

 

大空を、一羽でも多くの「トキ」が飛び回る事を願います。
 

 

今朝、家から駅に向かう道、

空を鳥の激しい鳴き声が聴こえました。

 

見上げると、

カラスを二羽の小鳥が追いかけています。

 

必死の鳴き声です。

カラスの口ばしには何かがくわえられています。

一瞬しか見えませんでしたが、

口ばしにはヒナ鳥のようなものがくわえられていました。

 

二羽の鳥は、親鳥のようです。

必死になって助けようとして、

追いかけ、

カラスの周りを回っています。

近づいても何もできません。

 

親鳥の約10倍以上の大きさのカラスには、

何もできないのです。

 

暫くすると、親鳥たちは離れて行きました。

 

カラスは、親鳥が居ようとお構いなしに、

悠然と飛んで行きました。

 

哀れで、哀しい出来事です。

 

折角、

一生懸命産み育てたヒナ鳥を、

カラスに奪われてしまったのですから。

 

「何て、ひどい事をするカラスだ。」と思いましたが、

これが自然界なのですね。

カラスも生きていくために食料が必要です。

 

もしかしたら、自分の子供に与えるエサとして、

ヒナ鳥を親鳥から奪ったのかもしれません。
 

 

これが「自然の摂理」なのですね。

哀しくても、生きていくために。

種を残すために。
 

 

数年前に、私の家のガレージに出来ている「ツバメの巣」を思い出しました。

親鳥が交互に「抱卵」して

もう間もなく「孵化」する頃でした。

 

一羽のツバメが、巣の周りを飛び回り始めました。

 

親鳥の一羽が、

威嚇をしながら

「侵入者」を追い払おうとしていました。

 

ある日、親鳥たちが巣から居なくなりました。

 

ガレージに「卵」3個落ちていました。

 

空になった殻かなと、

観てみたらそれは「孵化」しかけの卵でした。

殻が割れ中から、

ヒナ鳥が観えていました。

 

無残な光景でした。

しかしこれも自然の摂理、種の保存なのですね。

 

「抱卵」「子育て」している限り、

メス鳥に「交尾」が出来ません。

そのために、卵、ヒナ鳥を殺すのです。

その結果「交尾」が出来るのです。

 

「強い種」を残すために。
 

 

残酷でもこれが「自然界」なのです。

「食物連鎖」を繰り返し、

「強い種」を残す。

生き残るためです。
 

 

以前Esalenで

ネイティブアメリカン:エサレン族「ティヒパス」から、

「私たちは、生かされている。

他の生物の命を貰い、

食べて生きている。

その事に感謝して生きていかなければならない。

私たちは、他の命の上に生かされている事に。」

 

正しくこの事です。

 

私たちも、自然界の生き物です。

「生きている」事に感謝しながら

「今を大切に自分らしく責任を持って生きる。」

 

決して「ひとりで生きている」等と思わずに、

みんなの力によって「生かされている」と言う事を大切に!

 

これが出来れば、

争い事などが無くなり、

皆、幸せに暮らせるのですがね!
 

 

でも、私たちはどうしても「私が」との思いが強いですよね!

 

これも、又、

「私」ですね!
 

 

「カラス」を、憎む事が出来ませんでした!
 

Esalen痛 再び!

cocorotkn 2012年4月10日 by cocorotkn

今年のEsalen研修も、二ヶ月を切りました。

 

Esalenの予約も完了し、準備が進んでいます。

(何時もながら、Esalenの予約には振り回されましたけれど!)

 

それと同時進行で始まったのが、

恒例の「Esalen痛」です。

 

毎回ながら、

Esalenが近づくと何処かしら身体にトラブルが起きます。
 

 

今年は肩凝りからの「頭痛」です。

 

右肩が凝り固まり、

触るのも、

動かすのも痛い位の状態が、

突然襲ってきました。

「ヤバい」と思った時には、もう時は既に遅しでした。

 

「右側頭部」に痛みが、走りだしました。

 

講義の最中も、お構い無しに「痛み」が走ります。

「ズキン!」と!

 

只、講座中は表情にも出さず笑顔でごまかしますけれど!

痛み止めを飲んでも一時凌ぎにしかすぎません!

最悪の一週間でした。
 

 

右肩の凝りを何とか解そうとするのですが、

ビクともしませんでした。

湿布をしたり、

5Rhythmsで身体を動かしたり、

いろいろ試しましたが解れません。

 

そんな時、フッと思い出したのが、

3月初めに行った「フットリフレクソロジー」です。

 

「足の裏に、身体と同じ部位(ポイント)がある。」事を思い出し、

その部位を触ると、痛みが有る凝りが出てきました。

 

右足裏の右側部に!

丁度「肩」から「腰」とされる部分でした。

 

「ビンゴ」です。

 

その部位を、ゆっくり、優しく触って行くと、

足の方の痛みが和らぎ、

それとリンクして、凝り固まった肩が少し和らいできました。

 

少し、「頭痛」から解放されました。

 

日曜日の講座後、

スタッフの増井さんに急遽「ボディカウンセリング」をして貰い、

何とかキツイ「頭痛」と「肩の痛み」から解放されていきました。

助かりました。
 

 

しかしながら、凝りからは解放されず、

真(核)が残っていて、

時々痛みが走ります。(でも、かなり楽になりました。増井さんのマッサージに感謝!)

 

この真の部分は、Esalenまで解放される事は無いのでしょうね!

 

Esalenに生徒さん達を連れて行き、

生徒さん達が成果を上げ、

無事に帰国をするまでは、

解放される事は無いのでしょうね!

 

現に不思議なもので、

研修が終わり帰国が近づく頃には、

痛みから解放されるんですよね!
 

 

それまで、ひと踏ん張りです!
 

 

因みに、足の凝りの反応に気づくのに、一日掛かりました。

 

これも「加齢」のせいでしょうか?

 

反応が鈍くなって来ているのかな!

気づきと癒しのセラピーを終えて

cocorotkn 2012年3月8日 by cocorotkn

「気づきと癒しのセラピー」が無事終わりました。

 

Facebookには、

リアルタイムでアップしていましたので、

写真では見て貰えたかとは思います!
 

 

今回初めて、

東京からIMSIの冨野玲子先生を招いてのボディワークでした。

今まで、Esalenで学んできたことや、

ジョセフやEllenから学んだ事を、

生徒に伝え「ボディカウンセリング」として、

カウンセリング中にマッサージを取り入れていましたが、

また違った角度から学ぶ事が出来ればとの思いで開催しました。
 

 

いわゆる「他流試合」でもありました。
 

 

でも、今回のワークは色々と学ぶ事が多くありました。

 

特に「ゾーンセラピー」はとても学ぶ事がありました。

 

「ゾーンセラピーとは、

リフレクソロジーの別名で、

皮膚に存在する反射区を刺激することにより、

その反射区の対応する身体器官を刺激したのと

同じような効果が得られるという、

補完療法の一つです。
 

反射区へ刺激を与えることにより、

該当する器官へ刺激を与え活性化させたり、

器官の状態を読み取ることが可能になります。

 

全体の反射区への刺激を通して、

身体機能の正常化、

緊張やストレスの緩和、

血液循環が促進され、

深いリラックス効果を得ることができます。

そして、身体自身が健康になろうとする力、

自然治癒力が促進されます。」との、解説です。

 

 

 P1010581-01.jpg

 

 

顔の中のポイントに、

身体の各機能があり、

そこを刺激する事により身体の問題点を、

治癒していくと言う事にはとても興味が湧きました。

 

確かに触って行くと、

「痛み」

「グリッ」があり、

そこは身体に反射していてる事が良く分かります。

 

「胃」の悪い人は、

「顔の中の胃のポイント」が痛かったり、

「グリッ」がありました。

 

そのシコリ的なモノを、

優しくマッサージして行くと

やがてシコリは消えて行きました。

 

生徒たちも、シコリのあるところには身に覚えがあったようです。
 

又、「足の裏」にも、同じようにポイントがあります。

 

 

 P1010636-01.jpg

 

 

台湾式の「足裏マッサージ」はかなり痛いのですが、

今回の「フットリフレクソロジー」は、

ソフトで痛くなく、

それでいて治癒していくので、

かなり効果的です。
 

 

今回「反射区」を学んでオモシロかったところは、

顔のパーツが身体全体を現している事です。

例えば、

「鼻筋」は「背筋」で、

「鼻筋が曲がっている」人は

「背筋が曲がっている」と言う事です。

生徒たちも心当たりがあり、興味津々でした。
 

 

今回の講師IMSIの冨野先生とは、

Ellenとの繋がりで知り合い、

久々の再会で実現できた、ワークショップでした。

 

冨野先生は、若く、優しく、暖かく、綺麗で、爽やかな方です。

色々と勉強をされていて、

海外にも勉強に行かれるぐらいの勉強家です。

そのひた向きさには本当に頭が下がる思いです。

 

 

 P1010668-01.jpg

 

 

 又の機会があれば、

是非とも来阪して頂き、

更なるステップアップしたワークをして頂きたく思っています。

ともかく、忙しい方で、中々時間を取って貰う事が難しい方ですので!

 

 DSC01803-01.jpg
 

喉もと過ぎれば

cocorotkn 2012年2月28日 by cocorotkn

「喉もと過ぎれば、熱さ忘れる」という諺があります。

 

確かに、

口の中に火傷するぐらい熱い食べ物を入れてしまい、

テンヤワンヤしますが、

喉もと過ぎて今の熱さをが治まれば、

忘れていまうのが私たちです。(食道に熱さなどを感じる神経がありませんからね!)
 

 

「悩み」にも似た処があります。

 

悩んでいる方は、

とても苦しい状況に置かれています。

その悩みを一時でも早く解消される事を願っています。

苦しい間は、何もできません。

その苦しみから解放されない限り、

何も手が付きません。

その処置が必要です。

 

しかし、

苦しみから落ち着きを取り戻す事が出来たら、

その「悩み」の根本で原因を見つけ、

処置をしない限り、

また再び「悩み」は襲ってくるのです。

 

今度は、

以前の悩みより「短期間」で

「さらに強く」襲ってきます。

 

本人が懲りるまで!
 

 

私たちは「悩み」に苦しんでいるのでは無いのです。

問題がある訳ではありません。

「悩み」が勝手に

「悩み」を創り出し、

苦しめている訳ではありません。
 

 

その「悩んでいる私」に問題があるのです。

「悩みによって苦しんでいる私」のではなく、

「私が悩んでいる」から苦しいのです。

 

その原因を創り出したのは「私」です。

 

原因を創り出した

「私」が気づかない限り、

解決はできません。
 

 

「悩み」は自分の中の

「問題点」に気づかす為に起きます。
 

 

元々、何も無ければ「悩み」は、発生しません。

問題点があるから

「悩み」が発生するのです。

 

「悩み」は「信号」です。

 

自分らしく生きる事を気づかせる信号なのです。
 

 

「喉もと過ぎれば」で一時的には結構です。

落ち着いたところで、

その信号をしっかり受け止めて、

改善をしていきませんか!
 

 

これも「ゲシュタルト療法」の捉え方です。

カルシウム・パラドックス

cocorotkn 2011年6月28日 by cocorotkn

先週、女房が左肩に激しい痛みを経験しました。

 

その前の週から少しは訴えていたのですが、

「肩凝り」か、

寝る時の姿勢で筋肉に痛みが出ているのかと、

軽く考えていたのですが、

車の運転をするのに

「ギアチェンジ」が左で出来ない位痛み出しました。

(オートマチックですから、運転には支障が無かったのですが!)

 

腕も肩の高さより

上に挙げれない状況でした!
 

 

あまりにも様子がおかしいので、

病院で診察をして貰うと

 

「石灰沈着性腱板炎」と診断されました。

 

肩の関節の間に、

石灰質が出来ていて

それが痛みを発生させていたようです。

 

カルシウムのサプリメントを呑んでいるので、

それが災いをしたのかと思いきや、

逆の「カルシウム不足」が原因らしいのです。
 

 

何で?
 

 

人間の身体というものは、

奇妙なもので「カルシウム不足」になると、

体内の骨から「カルシウム」を溶かして、

身体に補充するようです。

 

そのために「骨」はカスカスになってしまい

「骨粗鬆症」になってしまうらしいです。
 

 

その溶け出た「カルシウム」が

肩の関節の処に「石灰質」を造り、

イタズラをしたようです。
 

 

「カルシウム・パラドックス」と言うそうです。
 

 

人間の身体は「摩訶不思議」です。

不足すると、

違うところから補い、

バランスを取ろうとするようですね。

 

「肝硬変」で肝臓が堅くなり

「血液」の行き場が無くなれば、

勝手に血管が出来上がり

「血液」を他の場所に流す事もあるそうです。
 

 

このバランスは、

「アンバランスの上のバランス」とでも言えばいいのでしょうか?
 

 

もっと自然の形で、バランスを取らなければなりませんね。

 

先週は、痛みの為に夜も眠れない状況でした。

少し触れるだけで「激痛」が走る程で、

着替えもままならない、

悲惨な毎日でした。
 

 

幸いにも、

「肩」に痛み止めの注射を討ち込む事により

痛みが落ち着きだし、日常生活に戻りつつあります。

 

また変なもので、

その石灰質を融かすために「胃腸薬」を呑むそうです。

 

これまた「摩訶不思議」です。

BLACK SWAN:一卵性母子

cocorotkn 2011年6月7日 by cocorotkn

昨日、

映画「BLACK SWAN」を観てきました。
 

 

今回の「マスクワーク」のテーマと

似ている気がしていましたので、

とても興味がありました。
 

 

そして、みた結果は「Bingo」でした。
 

 

映画のストーリ自体は観る人によれば、

今一つと、いう風に思われるかもしれませんが、

「心理学」の観点から見れば、とても奥深いものでした。

 

「白鳥の湖」のプリマドンナを射止め、

「White Swan」を演ずるために不可欠な

「Black Swan」を如何に表現するか?
 

 

主人公「ニナ」が

「完璧」を目指す故に

「Black Swan」が表現できない。

 

お母さんの期待に応え、

失敗の無い完璧なプリマになる為に頑張るが、

常にトップにはなれない。

卒なくこなせるゆえに、

常に優等生で魅力が無い。

 

とても「良い子」です。

結果、

正反対の妖艶で悪の化身「Black Swan」が踊れません。

 

これが「ペルソナ」です。
 

 

ここから過酷な試練の中

「Black Swan」が産まれます。(内容は映画を観てください) 
 

 

「ニナ」の中には「Black Swan」が居ます。

映画の冒頭から姿を現していました。(地下鉄のシーンから!)

 

彼女の中にある無意識の世界。

「嫉妬、恐怖、恨み、不安、嫉み、妖艶、虚栄心 etc」が

目覚め始めていきます。

 

ライバルを蹴落とし、

演出家を惹きつけ、

プリマを勝ち取り、

新たなるライバル・リリーの出現により、

こころの中に「封印」してきた

「Black Swan」が目覚めて、

成長していきます。

 

これこそが「シャドー」です。

 

「ペルソナ」とは真逆の

「シャドー」が叫びます!

 

抑え込めば抑え込むほど、凝縮され

「シャドー」が現れた時は、激しく燃え上がります。
 

 

「Black Swan」自身が彼女の化身なのです。

 

特に、

母親からの「トラウマ」により封印が強くなり、

激しく燃え上がります。

 

母親も優秀なバレリーナでしたが、

「ニナ」を妊娠した事によりバレリーナを諦めます。

そして彼女に、事有る度に話します。

 

「あなたを妊娠した事は後悔はしていない。

只、キャリアを諦めた!」と。

 

「地獄のメッセージ」です。

 

翻訳すれば

「あなたのお陰で、

私は夢を諦めた。

あなたさえ居なければ、

私のキャリアはプリマに成れた。」

つまり彼女の存在自身を

「否定」し続けたのです。
 

 

しかしながら、

彼女は母親に認めて貰いたいが為に、

母親の「理想の子供」を演じ続けていくのです。

 

身体を

「爪でひっ掻く」という信号を出しながらも、

母親の期待に応えようとして

「ペルソナ」を被り続けます。
 

 

彼女は、自分の中の「シャドー」により

「Black Swan」を見事に踊ります。

 

「White Swan」から

「Black Swan」に変化していく演技は、

魅せられました。

 

特に「Black Swan」のバレーには

吸い込まれるように、釘づけになりました。
 

 

でも彼女は、

「シャドー」である「Black Swan」を受け入れることが出来ず、

魅せられたようです。

完璧な「白鳥」を踊る事は出来ても、

「シャドー」の世界に呑み込まれてしまいました。

 

本当の私を見失いました。
 

 

「ペルソナ」と「シャドー」は

「私自身」です。
 

 

「光と影」ふたつが一つなのです。

どちらを否定しても、

自分自身を否定する事になります。

 

母親に存在を否定され、

今度は自分自身を否定したのです。
 

 

如何に

「ペルソナ」と「シャドー」を受け入れるかがテーマです。

 

今回の「マスクワーク」は

「ペルソナ」と「シャドー」の受け入れを目指します。

 

映画のような激しい葛藤は行ないません。

もっとソフトなところから入りますので、安心してください。
 

 

誰の心の中にも潜んでいる「Black Swan」
 

 

「私だけが」と言う事は有りません。
 

 

久しぶりの印象深い映画でした。

「ブ」と「タ」の間

cocorotkn 2011年3月29日 by cocorotkn

私の愛読書の中に

小泉吉宏さんの

「ブッタとシッタカブッタ」シリーズの本があります。
 

 

「四コマ漫画」なんですが、

何とも言えない味わいがあります。

 

「シッタカブッタ」の考え方、

ものの捉え方を、痛烈に付いているのです。

思わず「バカだなァ~」と思ったり、

「プッ」と吹き出したり、

「それって私やん」と

「グサリ」ときたり、

本当に何回読んでも「うぅ~ん」考えさせられます。
 

 

この本の中に出てくるのですが、
 

「ブタ」が一匹います。=「ブタ」です。
 

「ブタ」が二匹います。=「ブタ」です。

何の問題もありません。

 

しかし、

この二匹のブタの間に

「一本線を引く(垣根を作る)」と
 

 

「右のブタ」と「左のブタ」になります。

 

そして、仲間が増えれば「グループ」になり

「集団」になります。

 

これが「国境」です。

 

先ほどまでは、同じブタだったのですが、

もうこれだけで

「違った二匹のブタ」になってしまいます。

 

「違ったブタ」は

「自分が良くて、相手が悪いブタ」という意識になり、

相手より常に優位に立とうとします。

 

そして、

自分が優位に立つためには

「相手が悪者のブタ」にしなければなりません。
 

競争、争いが生まれます。
 

 

「自分が善で、相手が悪」

「自分が正しく、相手が間違い」

そして、

何時の間にやら「総てが善で、総てが悪」と言う

捉え方に変わってしまいます。

 

やがて、

「善の私たちに従って当たり前。

正しいのだから。

それに従わない者は、

悪だから倒して良いのだ。」という極論が生まれます。
 

 

「正義の御旗」の下では

「総てが許される」

「正義の言う事は、総てが正しいのだ。」という考え方に変わってしまいます。
 

 

これが「戦争」です。
 

元々は、同じ「ブタ」だったのに・・・・何故!
 

私たちの考え方の中に、この事は存在します。
 

 

「垣根」が「グループ・仲間」であり、

「民族」であり「宗教」であり、

「政治」であり、

そして「国境」なのです。
 

 

元々は、同じ「人間」なのに!
 

 

こんな事を、考えさられる「4コマ漫画」です。

一度読んでみませんか!

 

「グサッ」ときますよ!

して、生きていくヒントになりますよ!

 

「シッタカブッタ」と共に!

怒り④

cocorotkn 2011年2月9日 by cocorotkn

怒りシリーズです。
 

毎日毎日、「怒る」自分に気をつけています。

 

しかしながら「怒る」気持ちは、

毎日毎日、生産されるようです。

ほんのチョットした事にでも

「怒る」が湧いてきたりします。

道を歩いていても、

電車に乗っていても、

物思いにふけって居ても!

でも、この頃「怒っている自分」に注意を向けるようにしているので、

囚われる時間は短くなってきています。
 

 

「怒る」に新しい発見です。

それは「保身≒守りたい自分」です。

以前にも書き込みましたが

「良い人」で居たい私が居ます。

幼い時から、

常に「良い人」を求められ、

「良い人」出ないと

「横井家の一員」で居られない、雰囲気の中で育ちました。

 

基準は、「他の人より偉くあれ!

      相手から見下されるな!

       相手より上の立場であれ! 良い人で在る為に!」と言う事を

 

暗黙の了解のもとで育ちました。

 

 

子供の頃は友達(数少ない友達です)と一緒にイタズラもしました。

しかし、学校の先生や、

大人に見つかり怒られると、

とても危険な状況に追い込まれます。

 

「悪い人」に成ってはいけないからです!

常に「良い人」でなければなりません。

 

その結果「嘘」を付かなければなりません。

でも、すぐにばれますけれどね!
 

 

何時の間にやら、

自分の気持ちにも「嘘」を付かなければ成らなくなって来ます。

自然に振り舞いたいのに、

家族の眼があるので「良い人」で在らなければなりません。

 

こんな気持ちが、積み重なり

「怒る」をと言う事に変化していきました。

 

前回も書きましたが「自分の思い通りにならない≒怒る」に繋がります。
 

 

もっと自分の気持ちに「素直」に生きればよいものをね!
 

 

読んだ本の中に

「武士は鎧を着けて、戦争をする。

それは身を守るために。

死ぬのが怖い。

重いのに身を守るために鎧を着けて戦い、

怖いから、

身を守るために相手を殺す!」

 

どれだけ「死にたくない」と思っているのか?

ならば、戦争なんかしなければ良いのです。

思いませんか?
 

 

もっと、自分の気持ちに素直になれば、

もっと「楽」に生きていけるのに!