家族の糸口

TKN心理サロンブログ:とうとのひとりごと「嫁姑中立」

yokoitomizou 2014年11月19日 by yokoitomizou

 

 

私の家の話ではないのですが、

以前に生徒さんからの質問が有りました。

 

「奥さんと、姑さんが喧嘩した時、

旦那さんはどちらの味方をするのが、

本当ですか?」って。

 

難しい質問です。

 

「旦那さんが舟に乗っている、

その舟は二人乗り。

妻と母親が溺れている。

さてどちらを救うか?」

 

自分が犠牲になって、二人を助ける?

こんな偽善は、答えでは有りません。

 

妻を助けるか?

 

母親を助けるか?

 

中国の故事に倣えば

「母親を取る」になるのでしょうね?

 

さて、皆さんならばどちらを取ります。

 

私ならば「女房」です。

迷わずに!

ええかっこを言ってる訳では有りせん。

 

母親に産み育てられた恩は感じますが、

これから共に人生を一緒に歩んで行くのは

「女房」です。

 

二人が喧嘩をして、間違っている方を正します。

悪いものは悪いと!

それは母親、女房は関係有りせん。

 

ただ、どちらも正論の場合は「女房」をとります。

 

女房は、外様です。

 

その一族の中で、

女房を守るのは夫の役割です。

(横井家を見ていて思いました。外嫁、外夫に対する扱いを。酷いもんでしたから。)

 

女房にとって夫は、唯一の信頼できる存在です。

それを裏切って、どうしますか?

なかには居られます。

 

どちらにも付かない。

どちらかに味方をすれば、

却って話が拗れるって方が!、

ほっといた方がいい!

 

卑怯です。

 

どちらからも、

悪いように思われないように、しているだけです。

傷つきたくないだけです。

 

マザコンです。

 

誰と一生、共に人生を歩むのか!

誰と家庭を築くのか!

誰と幸せになるのか!と、

考えれば答えは出るはずです。

 

もし、奥さんに問題が有れば、

しっかりと「悪いものは悪いと」と正す事が出来ます。

当然、奥さんも納得します。

 

自分の事を信頼してくれている。

味方であるという事が分かって居るからこそ、

考え方を変えてくれます。

 

夫婦の信頼関係が一番です。

家族を守れます。

 

このように、生徒さんに答えを返したら、

女性陣は凄く納得してくれました。

 

決して、「親をないがしろにしろ」と、言っている訳では有りません。

親に産み育てて貰った事に対しては、恩義を持ったうえで、

今の家族を大切にして欲しいと思います。

 

で、ないと「写真の顔」が出てきますよ!

 

般若

 

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TKN心理サロンブログ:バイバイおっぱい!

yokoitomizou 2014年9月23日 by yokoitomizou

握りしめているおっぱいを手離しませんか?

 

カウンセリングをしていると、

必ず顔を出してくるのが「親離れ」です。

 

幼い時にから続く思いが、いまだに続いています。

親に分かって欲しい!

親に受け止めて欲しい!

親に、認めて欲しい!

親に、愛されたい!・・・・・!

 

これらの思いが、入り乱れています。

 

絶対に叶わない願いである事が分かりきっているのに、出来ない!

 

親に振り向いて貰う為に、

気付いて貰う為に、

愛されるために!

必死になって、親の好む「私」を演じ続けています。

未だに。

 

そんな事が、あり得ない事は分かりきっているのに。

でも出来ないのです!

手離すという事は、自らがその権利を放棄すること!

         自らが愛されないという事を、認めること!に繋がるからです。

しがみついています。

 

「おっぱい」をしっかりと握りしめています。

手離す事が怖いから。

親から自由になりたい。自分らしく生きたい。と、叫びながら!

しっかりと、「おっぱい」を握りしめています。

 

もう、私達は大人です。

親の影響が無くても生きていけます。

 

もう亡霊(親の影)に脅える必要も有りません。

 

自分の意志で、責任を取って生きていけるのですから。

 

勇気を持って、「親離れおっぱい離れ」をしませんか?

 

堂々と、おっぱいをリリースしましょ。

 

 

 

彼岸花

 

 

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TKN心理サロンブログ:最高の褒め言葉!

yokoitomizou 2014年9月10日 by yokoitomizou

最高の褒め言葉!

 

それは、どんな言葉でしょうか?

 

カウンセリング(講座も含めて)を行っていますと、いろんな人と出会います。

 

その娘は、

親の支配下に置かれ、

自分らしく生きる事に罪悪感さえ覚えている人が居ます。

 

ともかく、親の言う通りにしておけば、

波風が立たず、

安心して暮らせるのです。

 

親が、笑顔で接してくれるからです。

 

少しでも、自分らしく生きようとすれば、

親は悲しみ、

時には怒り「恐怖」を与え、

親の支配下に置きます。

従順です。

親に対して。

 

自分の中に目覚めてきている「自律」の心まで、抑え込み。

カウンセリングに来る人は、「自律」に目覚め、

自分らしく生きたいと思いだした人達が来られます。

 

初めは、何もしゃべらない子が、少しずつ思いを語ってくれます。

 

自分の言葉で、

自分が呑みこんでいた、

感情を少しづつ表現してくれます。

初めの頃は、

カウンセリングの帰りに

「折角だから、難波で遊んで帰ったら!」と声を掛けると、

「まっすぐ帰ります」でした。

そのうち、ちょっとだけ寄り道をするようになりました。

 

少しづつ、変わっていきました。

 

自分の意志で、自分の世界に出る「扉」を開いたのです。

 

今では、自分の思いを、自分の声で伝えています。

自分らしく生きる事を「良し」と、思えてきています。

此処までくれば「親の支配」からの脱却も可能です。

 

しかし、親は自分の支配下におけないので

「カウンセリング(講座)を受けて、貴方は前より悪くなった」と言ってきました。

 

最高の褒め言葉です。

 

親から、自分の思い通りに成らなくなってきたので、発した言葉です。

 

親が認めたのです。

 

子供が、自分の足で歩きだした事を。

 

まだまだ、障害が一杯出て来るでしょうが、

この一歩を大切にして欲しいです。

 

おめでとう!素敵です!

 

 

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TKN心理サロンブログ:「永遠の0」は愛の物語か?

yokoitomizou 2014年8月20日 by yokoitomizou

この盆休み最終日に「永遠の0」をやっと観る事が出来ました。

 

ただし、レンタルビデオですけれどね。

 

春先のブログにも書き込みましたが、

予想通り映画館で観る事が出来ず、

家で観ることになりました。

 

それも、「永遠の0」の事もすっかり忘れていて、

レンタルショップで「何を観ようかな?」と探していたぐらいでした。

 

原作はすでに読み終えていましたので、どんな形で話が進むのか?

 

また一緒に観ている女房にとっては、

面白くなく途中で寝てしまうのではないか?と言う感じでのスタートです。

 

だって、戦争シーンが出てきて、

女房にとっては興味が湧かなくても仕方ないところでもありますしね。

でも意外にも、女房にとっても興味を示す映画でした。

 

最終的は、「涙・なみだ」のラストでした。

 

たまたま、終戦記念日明けの盆休みで「戦争」に対して、

敏感になる時でしたが、

この「永遠の0」をどの様にとらえるか?

 

 

「戦争を、特攻攻撃を奨励し美化する」事を訴える映画と捉えるのか?

 

「戦争、特攻の悲惨さ、そして家族への愛の物語」と捉えるのか?

 

色々な意見が、あると思います。

 

映画、原作の中でも

「特攻はテロリストと同じ、洗脳されて特攻に行った」という表現も有ります。

紙一重ですよね。

 

思いこんで特攻に行った人も方も居たかもしれません。

でも、大多数の人は家族の事を思って、

悲しみ、

苦しみ、怒りの中で、

自分に言い聞かして飛び立た人が多かったのではと思います。

 

「お国のため」と口では言いながら、

心の中では「家族と共に生きたい。家族を守るために飛び立つ」と、

思っていた人が多かったのでは!

 

映画には描かれていませんでしたが、

話を聴いた人の中で、

「私は生きて帰ってきたおかげで、子供の孫の運動会を観る事が出来た」

「死んだ人はそれは叶わない」(ちょっと表現は間違っていますけれど)

 

私は「永遠の0」は、

「家族愛」の物語と思います。

「家族のために死にたくない。生きて帰る。」この当たり前の事が、

当たり前に出来ない、

悲しい時代。

戦争。

 

どんな理由があっても、

絶対に戦争、争いは苦しめるだけです。

 

「当たり前の平和、幸せ」が有り難いことである事を、実感しました。

 

 

伊勢神宮 五十鈴川

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TKN心理サロンブログ:自己主張の難しさ!

yokoitomizou 2014年8月6日 by yokoitomizou

 昨日まで「自己主張セミナー」を行っていました。

 

受講生の皆さんは、

優しく、

「相手を傷つけるよりは自分を傷つける方」が良いと考える程、

良い人ばかりです。

 

おかげで「自己主張」が上手く出来ません。

 

自分の分かって欲しい気持ちを訴えると、

相手が嫌な思いをする。

傷つく。

イコール自分が悪い子になる、という思いが在るので

 

自分の気持ちを、押し殺しています。

 

抑え込んでいる感情、

呑みこんでしまっている思いを相手に伝えるようになって貰うセミナーでした。

 

通常講座の中で学んでいただいた

「アクティブリスニング:聴き方訓練」

「I・メッセージ:話し方訓練」

「勝負なし法」等を使い、

相手に、自分の困っている事、

分かって欲しい気持ちを伝えて貰うワークをしまいした。

 

特に「勝負なし法:Win≒Win」を中心に!

 

以前にこのセミナーを行った時は、

「自己主張したい事が分からない。

何が困っているか分からない」結果が浮き彫りになってしまい、

 

自分の問題点に気づいて貰うのに、多くの時間を取ってしまいました。

 

今回はその轍を踏まないようにするために、例題を多く出し、

「受動的な自己主張」

「攻撃的な自己主張」

「アサ―ティブな自己主張」で

伝えるとしたらどの様に表現して伝えますか?

 

特に、自分ならばどの様な伝え方をしますか?

 

として、自己主張をして貰いました。

 

すると、意外な事が判明しました。

 

何時も自分を殺して、

相手に合わせて対応していた生徒達が

「受動的な自己主張」をせずに

「攻撃的な自己主張」をしているのです。

 

結局、此方が本音だったようです。

コミュニケーションをしている時、

相手に合わせて「受動的な自己主張」をしているメッセージを送りながら、

心の中の本音は

「私の事を分かれ!分からない人は悪い人!だから嫌い。」と、

叫んでいるようですね。 👿 

 

それも厄介な事に

「自分が何を困っていて、

分かって欲しい事に、

気付いていない。

分かっていない。」事です。 😯 

 

結局、

「攻撃的な自己主張」を「従順な振り」をして、

繰り返しています。

喧嘩を売っているようなものです。

 

中には、かわいい顔をして、

何でも「Yes。ですよ」と相手の言う事に逆らわず、

合わせていながら!

 

「アサ―ティブな自己主張」は「Win≒Win」です。

自分の困っている問題点をしっかりと伝え、

相手の意見も聴き、

問題解決の意見を伝えあい、

妥協しあうのではなく、お互いが納得できるプランを作り、

実行し、再び検討修正する。そして、良いものを創る上げて行く作業です。

日々、自分の困っている気持ちを聴き、表現する練習から必要ですね。

歩みはノロイかも知れませんが、少しづつ訓練が必要ですね。

 

 

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TKN心理サロンブログ:子供達からの挑戦状

yokoitomizou 2014年7月31日 by yokoitomizou

先日書いたブログの続きみたいになりますが、

今、正に「子供達からの挑戦状」が

大人たちに叩きつけられている気がします。

 

「高1殺人事件」は、

社会的に見れば「加害者」になりますが、

心理学:カウンセリングの世界から見れば

「被害者」とも言える処が在ります。

決して、加害者を擁護している訳ではありません。

罪は罪ですから。

裁かれた刑に服して貰わねばなりません。

被害者の尊い命は、

失われ、

一杯いろんな事が出来きる未来を奪われたのですからね。

何の非もないのに。

 

カウンセリングの世界から見れば「産まれてきた時」は、

真っ白な心で産まれてきます。

産まれた時から心に色が付いている人はいません。

 

育てられた環境の中で色が付いていきます。

 

如何に親から愛着:スキンシップを貰うか。

それによって心の安定が産まれ、

親との中で信頼関係が結ばれます。

そして人に対する「思いやり」。

 

私達は、メディアによる情報しか入りませんから、

詳しい成育歴は分かりません。

流れて来る情報だけでも、

彼女は叫んで居たと思います。

 

「誰か、私を止めて欲しい。私の暴走を!」と。

彼女の悲鳴が!

 

幼い時から「小さな悲鳴」を上げていたと思います。

その悲鳴に応えて安心感が育ちます。

その叫びに応えられなければ、

子供の心に「疑惑」の芽が育ちます。

その役目は「親」であり、

その周りにいる「大人」です。

 

外で何か傷つく事があっても「家」に戻れば、

守ってくれる、

癒してくれる「親」「大人」が居るからこそ、

安心感が在り、

外で頑張れるのです。

 

「疑惑」から「安心感」に切り替えるために、

子供達はいろいろな事を起こします。

事件やいたずら。

時には自分の気持ちを殺して「良い子」を演じ続ける子。

 

「私の叫び」を分かって欲しいから。

 

此処からは、私の勝手な想像です。

「猫の解剖」「給食への薬品混入」など、

色々有ったのではないでしょうか?

給食の件では、

校長先生と両親と一緒に同級生の処に謝りにいっているようです。

 

その時の親の、大人の対応次第で、

子供の心は却って傷つきます。

 

子供は、「悪い事をした」事は、分かっています。

その時に過剰に反応をして罰せられると「罪悪感」が増します。

 

それと同時に「分かってくれない」との思いが、募っていきます。

本人も気付かない、無意識の中での行動です。

 

「自分に対して、真剣に向き合って欲しい」そのための危険な反応行動です。

 

その時に「大人の常識反応:社会的対応」をされれば、

子供はどの様に受け取るでしょうか?

 

「我が子」を取るのか「世間体」を取るのか!

 

真剣に向き合って怒ってくれる!

それが父性です。

母性で子供を擁護し、

父性で躾ける。

我が子を愛する。

 

その上で、「良いものは良い、悪いものは悪い。」

何回かチャンスは在ったと思います。

その時に「心の叫び」を聴き受け止めていれば、

ブレーキが掛ったのではないでしょうか?

分かって貰えなければ、

ブレーキの壊れた暴走車の様なものです。

停まるまで暴走をし続けます。

 

最後のチャンスは「父親への金属バットによる暴力」だったかもしれません。

この時の止めれなかった故の、暴走かも知れません。

 

世の中では、思春期を迎えた子供たちが、

「もし、今回の様な事が起きれば」と心配している親御さんが一杯、居られると思います。

 

私とて、思春期真っ盛りの娘を抱えていますから。

でも大多数の子供達は、こんな暴走はしません。

でも、因子は持っています。

 

子供達の心は「小さい器」の様なものです。

思春期を迎えた子供達は不安だらけです。

子供から大人に変わる大変な時期です。

 

今まで正しかった事が、

大人の世界では間違いなのです。

間違っていた事が、正しいのです。

 

だって、私達大人が「正しい事をしなさい」と

言いながら「悪い事」をするのです。

 

そしてその非を認めず、

平然と嘘をつき誤魔化すのですから。

時には他人に罪を擦り付けるのですからね。

 

そら、子供達には矛盾した事ばかりで、

信じることができません。

大人を。

 

そんな大人に、自分もこれから成るのですから、

「小さな心の器」はパンクしてもおかしくありません。

 

でも、大多数の子供達は、

親や大人たちに守られ、

「そんなもんなんだ」と、

この矛盾を受け入れていきます。

 

居場所である家=Home=家族、が在るから。

 

しかしながら、

彼女の場合は「心の叫び」を吐き出しても「OK」という、

安心の居場所が無かったのかもしれません。

 

今回の事件は、他人ごとでは在りません。

また何処かで起こりうる事件でも在ります。

 

その証拠は「神戸連続児童殺傷事件酒鬼薔薇事件」です。

この事件も、今回と似たような環境かもしれません。

 

彼も叫んでいたと思います

「誰か俺を止めてくれ!」と。

 

今回の事件も、「心の病気」と片付ける方が楽かもしれません。

 

心の病としてならば、根本的に治療が必要でしょう。

「高校1年生にマンションで一人暮らしをさせている」

「親が名士だから、甘やかして育てすぎた」

「以前の事件も、親がもみ消した」

「母親が病死して、一年も経たないうちに再婚した。そのために子供が問題を起こした」などと、

ワイドショー的に物事を捉えたら楽なのかもしれません。

 

「自分の子供は別」と思えるからです。

 

しかし、先程も書きましたが、

親、大人がしっかりと子供たちの「心の叫び」に真摯に向き合い、

受け止めない限り、

また子供達は「暴走」を始めるでしょう。

 

子供達は、

私達、親や大人たち、

世の中に挑戦状を叩きつけてきたのです。

 

「私達に対し、真剣に向き合ってくれるか!」

 

私達は、この子供達からの挑戦状から逃げる事はできません。

 

真剣に向き合わないといけない時です。

簡単に済む話ではありません。

 

それは、私達、親、大人たちが、

その親や大人たちに、

受け止めて貰っていないからです。

また、その親や大人たちも同じことが言えます。

の因果が、大きくなり襲ってきています。

 

だからと言って、私達親は言い訳はできません。

 

これからの子供たちの為にも、

真摯に向き合わないといけません。

 

子供たちの挑戦状に対し、受けて立ちましょう!

 

PS:私の考えを書いてしまい、逆に不愉快の思いをされた方、また反対意見のお有りの方も、多々居られると思います。

その時は、メールでご意見をお寄せください。色々な見方が出来き私の勉強にもなりますので、よろしくお願いをします。

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:今昔ドラマ:MOZU

yokoitomizou 2014年7月22日 by yokoitomizou

私は仕事がら、TVドラマを」観る機会が極端に少ないです。

 

毎日、自宅に着くのが早くて11:00PM。ドラマはすべて終わっています。

 

観れるのは、休みの日で子供たちがTVを観ていない時間帯だけです。

 

今シーズンは何が話題のドラマなのか?全く分からないのが常です。

 

でも、講座中の例題としてドラマ等から、

テーマを見つける必要があります。

 

そんな時には、

子供たちが録画した番組を観ている時に、

一緒に観て話題を仕入れます。

後は、新聞のTV解説で把握するようにしています。

 

前回クールで、

上の娘が興味の持っていたのが「MOZU」でした。

娘もリアルタイムに観る事が出来ないので、録画をしていました。

私も休みの時に参戦しました。

 

心理的に観ても、面白いドラマでした。

一回目から最終回まで観ることはできません。

話はとぎれとぎれになりがちですけれどね。

 

じっくりと考えさせられる推理物語でも在ります。

 

「真の犯人探し」。

裏切りあり、

どんでん返しあり、

予測がつきにくいドラマでした。

 

全話を通して、

「一つのあらすじ」になっていますので、

じっくりと考えさせられました。

 

次回の展開、真実探しの謎解き。

回を追うごとに謎が謎を呼び、

真実へと向かいます。

 

本当の「連続ドラマ」でした。

 

でも今のドラマは、一話完結型ドラマになっていますね。

その日の回で、「起承転結」が起きています。

刑事ドラマでも、その回で事件が起きて、解決する。

その回で、話が決着しないと、落ち着かないのでしょうかね?

 

一つの事件を1クールを通して、解決する。

では、そのドラマを観なくなるのでしょうかね?

 

じっくりと考えて、次回の放送まで期待する。

 

日々、私達の生活が時間に追われ、

ゆっくりと物事を考えて観る事が、

だんだんと許されない時代に成って来ているのでしょうか?

 

「水戸黄門」型の、ドラマがいいのですかね?

 

私が子供の頃は、

一年間かけて、

ドラマが完結する時代でした。

これも、ちょっと長すぎますけれどね。

 

久々に、じっくりと観たいと思ったドラマに出会いました。

も、シーズン2は「Wowow」なので、観れないのが残念です!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:守るべきもの 

yokoitomizou 2014年4月16日 by yokoitomizou

4月の半ば、春ですね!

木々も芽吹き、鳥もさえずり、蝶々も飛び、草花が咲き、そして花粉症も飛び交い!春ですね!

 

春は出会いの季節でもあります。

新しく新鮮な空気を持って、

新人さんたちが街を走り回っていますね。

 

我が校を担当してくれている広告代理店の部署にも、

新人さんが配属されているようです。

 

新しいものが入ってくると、

当然の如く古いものを処分しなければなりません。

新陳代謝と言えば聞こえがいいのですが、

 

昔から使っているものは、なかなか捨てれないものです。

愛着があるし、なんだかもったいない!

 

そんな気がして、何時までも捨てれない?よくあります。

 

何に拘っているのでしょうね?

 

心の世界にも言えることがあります。

 

「拘りを捨てる」簡単なようで難しいものです。

頭では分かっているのですが、

気持ちの上で切りかえれない!

 

私もありました。

 

家の仕事を辞める時に。

辞めるのは簡単です。

特に追い詰められていて、

居場所がなくなり、

毎日が苦しい状況でしたから。

 

しかし、辞めれば生活の基盤を失います。

身内から追放され、

地位も収入も、

先の財産も。

そして見栄。

「えぇかっこしぃ」でしたから。

 

たとえ、耐えがたい屈辱の中で苦しんでいても、

我慢さえすれば「安定した収入」「地位」「よいっしょ」が手に入ります。

 

そして、女房にも安定した幸せを届けることができます。

 

自分の中の「欲」が邪魔をしていました。

自分自身で拘っていたのです。

 

この欲を捨てた時、目の前の霧がすっと晴れました。

 

守るべきものは何のだ。

女房との生活さえ守れるならば、他の欲はいらない。

捨ててしまえと、思えた時。

 

楽になりました。

 

怖いものが一気に減りました。

身内とぶつかることが怖かった私でしたが、

欲を捨てたお陰で恐怖心が小さくなりました。

 

「お金」「地位」「見栄」そして「身内」を失う恐怖からの解放。

 

もう身内の顔色を観る必要はありません。

 

嫌われようが、悪口を言われようが「身内内の村八分」にされようが、

そして「親から縁」切られようが気になりませんでした。

 

こちらから願下げだ!

 

今考えれば、ちっちゃなものに拘っていた気がします。

 

捨てれたおかげで、今があります。

 

「こころの断捨離」してみませんか?

 

スッキリしますよ!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:被害者・加害者の気持ち

yokoitomizou 2014年3月18日 by yokoitomizou

先週末は、下の娘の中学校卒業式でした。

下の娘も大きくなりました。

私が歳を往くのも仕方ない事ですね。

 

娘にとって、

良い思い出の中学生生活には成らなかったようです。

 

3年生になり仲の良かった友達から、

変則のいじめ被害に遭ったからです。

 

その友達のクラスを巻き込む「狂言イジメ」により、

娘が犠牲になってしまいました。

 

信じて居ただけに、

娘にとっては深い傷に成りました。

 

「狂言イジメ」がばれ、被害者が加害者となったのに、

その友達は「何もなかった」の如く、

普通に学校い生活を送り始めている。

 

学校、教師は、出来るだけ事を穏便に済まそうとした結果、

更に娘の傷が深くなり

「大人は信用できない」状態になりました。

この言葉は「親も信用できない」に繋がります。

 

娘は夏休み前に「登校拒否」に入りました。

丁度「エサレン研修」中でしたので、

傍に居てやれない悔しさがありました。

歯痒い思いでした。

 

世間の「いじめ」が娘にも!

 

それから約二ヵ月間、

女房は娘と添い寝を続けました。

二学期からは学校へ行ってくれるのか、不安の中で。

 

不安定ながらも二学期からは学校へ行くようになりました。

 

しかし、当事者は普通に友達と楽しそうに学校生活を楽しんでいるようです。

娘はその姿を見るだけで苦しみます。

 

その内、クラスでは苦しんでいる娘の方が悪いかのような空気になって来ていました。

 

特に思春期故に、割り切る事が出来ません。

拘ってしまうのです。

 

「悪いのはあいつなのに、のほほんと学校へ来て楽しんでいる。

被害を受けた私はこんなに苦しんでいるのに!

悪い相手が何故苦しまない。」です。

 

被害者と加害者の気持ちの違いです。

 

被害者は、その苦しみを持ち続けます。

 

加害者は、その苦しみから逃れるために、忘れます。

 

 

私共の生徒さんの中に「教誨師」の方が居られます。

 

刑務所へ出向き、

受刑者の話を聴き更生への、

助けをします。

ボランティアで。

 

しかし、教誨師、刑務官の前では、

更生しますという顔をするそうです。

仏像に手を合わせ被害者の人に対し祈るそうです。

 

仮釈放を得るために。

直ぐに再犯を犯す人が多いようです。

 

韓国大統領の言葉ではありませんが

「被害者は1000年経っても、心に残っている」

 

何も、加害者は一生、

末代までも罪の意識を持って、

小さくなって生きろなどとは言いません。

 

人は、人を傷つけるものです。

真っ正直では生きていけません。

 

もし、図らずとも人を傷つけたら、

傷つけた人の心の痛みを感じ、

我が身に起きた痛みとして感じ取る

「思いやり」が必要です。

 

相手の心を傷つけた事を、

心に留めながら更生して人生を生きる事が、大切かと思います。

 

ここにも、「受容と共感」の難しさが出てきます。

 

娘は、今でもその事で苦しんでいます。

「そんなもんなんだ」と割り切れるようになれば、楽なのですが、

なかなか旨く行かないようです。

 

私たちが、気を使わせないように「笑顔」を出してくれています。

傷ついた心はまだ癒えて居ません。

 

子供から、大人へ変わる時期です。

この苦しみがやがて娘を、

強く大きくしてくれると信じて居ます。

 

春から始まる、「高校生活」が楽しいものになる事を祈ります。

 

今も、娘に何をしてやれるか?

葛藤しています。

 

カウンセラーとしては、失格ですね!

 

 

 

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TKN心理サロンブログ:プロの技

yokoitomizou 2014年3月11日 by yokoitomizou

スプリングコートを買いました。

 

どうもスプリングコートには縁がなく、

春先だけのコートなので購入するタイミングを逃して居ました。

この、ひと月さえ誤魔化せば乗り切れる乗り切れる処が、在りましたから。

 

昨日、女房と一緒にデパートへ買いに行い来ました。

 

ただ、私の年齢からすると選択肢が限られて仕舞い、

選びようもないのですが、

一つの店に入りました。

 

「バーバリー」です。

 

そこの男性店員さんが素晴らしかったです。

私より年上ですが凄腕です。

 

私を見るなり、

サイズを見抜き、

コートの下に着せるジャケットを選び、

コートを着せました。

 

ボタンを留め、

ベルトを締めました。

 

ピシッと決まりました。

 

見事な着こなし方です。

思わず「ほぉ~!」と納得してしまいました。

 

これぞ、このコートの着こなし方だ!と

納得させられました。

私までが別人に見えました。

 

鏡に映っている姿の自分に成りたいと思いました。

 

ただ、直ぐには決定せずに、他の店とコートと比較する事に。

 

そこの男性店員さんが、

やはり同じような手順でジャケット、コートを着せてくれました。

 

そこに映っている「私」は、

貧弱な年老いた「おっちゃん」でした。

 

コートが悪い訳ではありません。

良いコートです。

着こなし方でした。

 

何時もならば、直ぐに決めて購入するのですが、

何故か二人とも悩みました。

選べない特別の理由が在る訳でもありません。

 

その代わり、どうしても必要だからという思いも有りましたので、決めれなかったのです。

 

二人で、一旦は諦めたのですが、

あのバーバリーの男性が忘れられないのです。

 

商品に誇りを持ち、

自信を持って最高の着こなしを魅せた、

あの男性が脳裏から離れないのです。

 

どうせ買うならば、彼から買いたい。

もう一度店に行って、彼が居れば買う。

居なければ買わない。

 

これぞ「プロの技」でした。

お陰でブランド価値も上がりました。

 

因みに、私が何時も買っていた「D」メーカの店員さんは、

軽く感じられ今まで好きで買っていたブランドなのに、

急にランク落ちの安物を着ている感じまでしました。

 

プロの技の凄さを実感させられました。

 

結局、店に戻りもう一度試着して、購入しました。

 

コートの扱い方、着こなしの仕方など、色んな事の話も聞きながら!

 

ここで問題です。

果たして私が、旨く着こなしが出来るか?

おおいに問題です。

 

鏡に映った、自分のようになれるか?

 

これからの私次第ですよね。

ダンディーになれるかな?

 

 

桜