カウンセリングの手引書

居てたよ!

cocorotkn 2007年6月1日 by cocorotkn

ビックニュースです
先週、悲しいいお知らせで、

我が家のツバメのひな鳥が、居なくなったとブログに書き込みましたが、

昨日女房が巣の中からひな鳥たちを見つけました。

 

びっくりです。

毎日朝出かけしなに巣を見るのですが、

えさをもらう為に顔をのぞかすひな鳥たちが、見ることが出来ませんでした。

 

やったーとの思いです。

無事育っている。

それもかなり大きく育っています。

あんなに大きいひな鳥達の姿が見えないなんて、

巣の中はどうなっているのでしょうか?

 

これで一安心です。

今度は本当に巣立ち、大空に羽ばたきする日楽しみにしています。

動物は、

一度親元を離れ巣立つと、

二度と親の元に戻りません。

後は自分の力で生き抜くのです。

 

私達人間も、

動物同様自律が出来ればいいのですが!

 

P1000325.jpg

巣立ち: 生きるもの

cocorotkn 2007年5月29日 by cocorotkn

先日まで元気だった、ツバメのひな鳥たちが、昨日から姿が見えなくなりました。

どうも、昨日の明け方の冷え込みが災いしたのか、

それとも外敵に襲われたのか?

自然界の厳しい掟があったようです。
 

親鳥達は、ひな鳥たちがまだ眠っていると思い、

一生懸命エサを口にくわえて運んできていました。

いつもは、親鳥が巣に近づくと、

ひな鳥たちは、我先に鳴きエサを貰うのですが、

反応が無いので傍の電線に止まり、待っています。

片方の親鳥は一生懸命エサを採りに行き、

電線に止まっている親鳥にエサを渡していました。

その姿を見ていると、とても悲しい思いでした。

 

何かの間違いで、

今日の朝には元気なひな鳥達が、鳴いている事を願いましたが、

空しい願いでした。

巣立ち羽ばたく姿を、心待ちにしていただけに!

 

学校に出かけるときに巣を見ると、親鳥が巣の傍でじっとしていました。
子を思う姿でした。

人間の世界だけでなく、

動物、生き物の世界でも「子を思う姿」に代わりが無い事を、

実感させられました。

 

今の世の中、案外人間の世界の方が、薄情かもしれません。
 

出来る事ならば明日、ひな鳥の鳴き声が聞ければと、心から願います。
天国へ巣立っていったのかな?

GW:親バカ

cocorotkn 2007年5月2日 by cocorotkn

アイススケートに行って行きました。

20数年ぶりのスケートだけに滑れるかどうか、ちょっと不安でした。

頭で記憶しているイメージは、

若い頃のままの姿ですが、

実際は52歳のおじさんです。

でも、子供の前では「勇姿?を見せなければ」とのプレッシャーもありました。

 

ともかく感触を取り戻すために、ひとりでリンクに。

やはり身体が付いてきません。

手すりを持ちながら何とか一周(転びながら。しっかり子供達に見られていました)。

 

今度は、一度靴を履き直して、子供達と一緒にリンクに!

子供達は怖がりながらも、キャーキャー言ってリンクに入っていきました。

手すりにしがみ付きながら、片手は私の手を握り締めて。

少しずつ頑張っているうちに、私も慣れてきて滑れるようになってきたので、

手すりから子供の手を離し二人で滑って行きました。(子供の手をひっぱて、滑らしているのですが)

 

当初の思いでは、

氷の上に立つのも儘ならず、

こけたりするだけで滑れないので、

すぐに飽きてしまい、

帰るというと思っていたのですが、

子供達はいっぱい頑張って、

上の娘は、一人で滑れるようになっていました。

 

下の子も私の手を離して滑ろうと頑張っていました。

少し滑れることが自信になり、

嬉しかったのでしょう、

もう1週滑ると何回のアピールしていました。

 

今までの娘達ならば、

少し思うようにならなければ、

すぐに諦めていたのですが、

頑張れば出来る。

出来れば楽しい。

楽しいからまた頑張ってみる。

この事を、いつの間にやら身に付けたようです。

 

旨くいかなくても、

頑張った姿を褒めてあげる、

認めてあげる事が素晴らしい力になることを、

あらためて実感させられました!

 

子供の姿に、勉強させられる事が多々あります。
ちなみに、あくる日に筋肉痛にはなりませんでした。
今日現在も、問題ないところを見ると、大丈夫なようです。
 
今回もまた「親ばか」でした。

GW:私の癖

cocorotkn 2007年4月27日 by cocorotkn

明日からGWに入る方々が多いかと思います。
今年は、9連休と言う方も多いかと思います。

今年のエサレン研修が5月13日から始まりますので、30日3・4・5日の休みになります。

連休はエサレンの準備に追われて大変ですが、

それよりも9日間も家を空けるので、

家庭サービスをしっかりしなければ!

既に予定が決まっていて、

30日は下の娘の希望で「アイス・スケート」に行く事になりました。

「真央ちゃん」に憧れてやってみたいそうです。

私はもう20年以上滑っていませんから、私自身が滑れるか不安です。

あくる日から筋肉痛に襲われているかもしれません!(年だから2・3日後しか出ないかな?)

後は、「スパイダーマン」を連れて行くことになっています。その合間を縫って、エサレンの準備です。

 

本当は、特別何処かに連れて行かなければならない、ことは無いのですが、

どうしても私の癖があるのです。

私の幼い時の体験が邪魔をします。

 

私の家は自営だったので、

「仕事があるから家がある。」考え方が当たり前でした。

子供を遊びに連れて行くより、仕事が当たり前でした。

おかげで、私の記憶の中では

「両親揃って遊びに行った。」記憶がありません。

必ずどちらかかが欠けます。

時には、親戚の家族と一緒に連れて行ってもらう状態でした。

とても寂しく、

わがままも言えない、

常に遠慮して自分を殺していました。

 

その時の思いがあるので、

子供達には何か形の残る事をしなければならない、との思いが強くあります。

 

本当は子供達には、公園で一緒に遊ぶだけでも充分なのですが?

この頃、だいぶ落ち着いては来ましたが、

連休があると、この思いが頭を持ち上げてきます。

でも、子供達の喜んでいる顔を見ると、

そんなことを忘れて私も一緒に楽しんでいます。

案外子供達に遊んでもらっているのかもしれません。

ともかくGWは何もかも忘れて、

子供達と一緒に遊んできます。

ともかく娘達が可愛いので!

上の子も6年生、一緒に遊ぶのも後僅かと思います。

 

「親バカ」と呼んでください。

心の叫び・投影法:子供の叫び

cocorotkn 2007年4月24日 by cocorotkn

私共の講座の中に、色々な「投影法」の講座があります。

色を塗ったり、絵を描いたり、文章を書いたり、箱庭療法もその一つです。

何気なく、

塗った色、

描いた絵、

想像で作った文書、

砂の上に置いたおもちゃ等に、

クライアントも気づいていない「こころの叫び」が投影されています。

 

 

私達カウンセラーは、

その叫びをしっかり聴き、

受け止める事がとても大切です。

と言うよりは、

その「こころの叫び」を聴けなければならないのです。

 

折角、クライアントが叫んでくれてるのですから!

 

ある投影法の講座のとき、こんな事がありました。

その講座は「SCT]といって、

短い言葉に対して、文章を作っていくテストです。

講座の一週間後、

ある生徒さんがSCTの心理テスト用紙を診せに来ました。

「娘にさせたので、問題点を教えて欲しい。」と訴えてられました。

 

この時、私は

「折角、娘さんがテストをしてくれたのだから、

あなたがしっかりテストを診て、

娘さんのこころを聴いてあげて!」と答えました。

生徒さんはキャトンとした顔をして

「答えを教えてくれないのですか。」と言われました。

 

折角、娘さんが親御さんに「分かって欲しい」との思いで、

テストに一生懸命吐き出し、

訴えて(本人も気づいていない、無意識の世界の出来事ですが)いるのですから、

私が聴くのではなく、親御さんがしっかり聴いてあげて欲しいのです!

 

こんな事が続けば、娘さんのこころの中には「何を言っても聴いてくれない。」

結局、肝心な時に「こころを開かない」ことになります。

 

 

しっかり、「こころの叫びを聴く」事を大切に!

言い訳・理由付け :悩みのカラクリ

cocorotkn 2007年4月11日 by cocorotkn

カウンセリングをしていると、

よくクライエントが「言い訳」「理由付け」をします。

 

 

「私は、断ろうと思っていたんですよ。

でも、彼がどうしてもと言うから、

仕方ないので、彼の希望どうりにしてしまったんです。」

 

何かおかしくありませんか?

「あなたの気持ちはどうだったの?」

「言い訳をして満足なの!」

 

確かに、問題が起きた時には答え出しをしたいものです。

そうすれば人間は納得できます。理由が付けば!

でも、「本当の答えの先送りをしていませんか?」

あなたの本当の気持ちは何なのでしょう?

 

今回のエサレン研修でもありました。(実は毎年あるのですが)

参加希望者は決めるまで、色々迷います。

当然です。

費用・休暇をそろえるのは大変な力がいます。

そして、自分自身を見つめ直す作業が、エサレンには待っています。

不安と恐怖と希望とが入り乱れています。

自分探しに希望もって参加する人が大多数ですが、

中には、不安に襲われ「行かなくて済む理由」を探し出す人が居ます。

一生懸命探し、何とか理由が見つかると「ホッと」するようです。

 

でも、「理由になって居ません」

誰が聞いても「それって、言い訳やん!」と聞こえます。

 

エサレンに行くかどうかは、本当は二の次です。

その人の意志が大切です。

そのプロセスが大切なのです。

行くなら行く。

行かないなら行かない。

と、しっかり納得の上で決定を下して欲しいのです。

自信を持って、後悔の無いように!

自信を持って決定を下せてない人は、

その表情・態度・言動がオドオドしています。

私が「気にする事はないよ。また今度行ける時に一緒に行こう。」と答えると、

表情が「ホッと」した顔になります。

後は、何もなかったかのように振舞っています。

 

いったい誰の決定が必要なのでしょか?

誰に嫌われたくないのでしょうか?

誰に好かれたいのでしょうか?

 

「誰のために生きているの?」

苦の耐性 :現代病

cocorotkn 2007年3月23日 by cocorotkn

「苦の耐性」と、聞けば、

苦しみに耐え忍べと言う感じに受け取られそうですが、

そうではありません。

 

何事にも、「産みの苦しみ」と言うものが付いて回ります。

何か新しいことをする時には、そんなにスムーズに物事は進みません。

必ず、壁にぶつかり、思うように事が旨く進まないものです。

その壁を乗り越えてこそ自信になり、

新たなる力を生んでいきます。

 

この積み重ねにより、人間は強く成長をしていきます。

 

しかし、現代はこの「苦の耐性」に対して弱い人が増えています。

壁にぶつかるとすぐに諦めています。

ちょっと失敗したり、

物事が思うように進まなかったりするとすぐに諦めます。

そして、その失敗を認めたくないので、

弱音を吐いて、

人のせいにして、

言い訳を考えます。

傷つきたくないから。

 

でも後から、この「しっぺ返し」が廻ってくることに気づかずに!

 

しかし、今は「苦の耐性」が出来ない環境がいっぱいあります。

無理をしなくても良いのです。

無理をしなくても、

何とか生きていけるのです。

誰かが変わりにやってくれたり、

周りが諦めたりして!

恵まれ過ぎています。

しんどい事、

苦しい事、

辛い事、

悲しい事などを

無理して頑張って乗り越えなくても、

まぁその時さえ何とかいければいいじゃないか。

こんな思いを、心の片隅に持っていませんか?

自分らしく生きたくないならば、それも良いのですが、そんな事は嫌だと思います。

 

自分らしく生きるために、

「ひと踏ん張り」して見ませんか?

頑張って、乗り越えてやり遂げた「達成感」は素晴らしいものですよ。

この「達成感」がまた次の力を生みます。

自信になり「やれば出来るんだ」と。

 

「弱音」を吐く前に、ひと踏ん張り頑張ってみませんか!

素直 :対人トラブル

cocorotkn 2007年3月9日 by cocorotkn

人は、素直なようで素直でないものです。

 

カウンセリングをしていると、よく感じます。

素直に伝えれば分かる事を、あえて遠まわしに伝えます。

 

ただ本人は悪気が無いだけに厄介です。

時にはひねくれて言ったり、

相手を怒らせるような言い方をしたりしています。

 

以前のことですが、

自分のほうに向いて欲しいが為に、相手を傷つけるような事がありました。

あの手この手を使って、わざと怒らせて噛み付かせるように仕向けてきます。

例えば、見られたら何か一言、言われるような物をあえて見えるところに、置いておいたりします。

こちらがそれに気づいてあえてそのままにしておくと、

更に、行動はエスカレートします。

 

 

時には、他の人が、対人関係で問題が起きると、

その時にまるで正義の使者の如く出てきます。

相手の人を責め、

悪者にして、

「私はこんなに正しい事をしているのよ。

素晴らしいでしょ。

私のことを良い人として認めなさい。

だって私はあなたの為にしてあげたのよ」と。

これは自分の溜まっている思いを、

ちょうどいい事件に託けて、

ぶつけているだけです。

 

心理ゲームの「トラブルメーカー・仲間割れ」をしているだけです。

ただ本人は罪の意識がありません。

だから始末が悪いのです。

本人の意識の中では「私は正義の味方で、正しい事をしただけ。」の思いだけなのです。

自分自身がトラブルを撒き散らしている事に気づいていません。
結果、みんなから嫌わます。

 

「私を責めるのは、お門違いよ。

私を悪者にするなんて、なんてあなたは悪い人なの。」

と言い出し、さらに悪化する事をします。

 

あまりにも傷つき、

裏切られ続けてきた結果、

自分を守るための手段なのです。

 

人を信じて、裏切られ続けた悲しい行為です。

 

素直に自分の気持ちを聴き、

素直に表現をしましょう。

後戻り:繰り返す悩み

cocorotkn 2007年3月6日 by cocorotkn

カウンセリングや自分自身を見つめ直し、

自分らしさを取り戻すために講座を受けている人たちが、よく言われるのですが、

「TKNに来るとホッとする。

疲れきりしんどかっても、

癒されて又頑張れる。

エネルギーが湧いてくる。又頑張れます!」

と、言って元気に笑顔で帰られます。

 

学校に来た時は、辛そうに、寂しそうに、苦しそうにされていても、

講座を受け仲間と語り合ううちに、

みんなから元気を貰えたように

元気に帰られるのですが、

又、1週間後には同じように元気を無くして来られます。

 

エサレン研修でも同じような事が起こる事があります。

研修から帰り、自分に自信を取り戻し、

前向きに物事が捉えられるようになってきて、

頑張っているのですが、

2・3カ月後には、元気を失いもとの状態に戻ってしまう方が、たまに居られます。

あれだけ前向きに、自分らしく生き生きしていたのに、

何故、輝きを失くしていっているのか、

とても残念で成りません。

 

これは、本人が悪い訳でもありません。

やっと芽がでてきた「本当の自分の花」を育てていく中で、

周りの環境が邪魔をするのです。

周りの環境は以前のままです。

そこに新しい芽を出そうとすると、周りにとってはとても困るのです。

悪いなりにバランスが取れていて、

そのバランスを壊される事はとても困る事なのです。

 

おかげで、せっかく芽を出した「本当の自分の花」は周りの環境にとっては、

自分たちにも影響を与えられるので、とても困る事になります。

自分たちにも変化を求められるからです。

変化を止めるために、周りは一致団結をして「本当の自分の花」を踏み潰しに来ます。

自分たちの都合の良い様にするために。

時には「本当の自分の花」を咲かせようとする人を、悪者にしてでも。

 

結局、いつの間にやら元の状態に戻らされています。

 

ようやく、色々な体験により元気になり始めた人たちは、

一度良く周りを見渡してください。

この様な悪い環境に、自分自身の身を置いていないか?

その環境のそばに居ているだけで、引きずり戻らされます。

この悪い環境から、距離を置く勇気を持ってください。

 

やっと元気になったのに、

1週間後には、エネルギーが枯れている人たちは一度、

自分の置かれている環境を見てください。

そこが、

自分にとって本当に幸せで、

自分らしく生きていける場所であるか、どうか?

腰が痛い:ゲシュタルト

cocorotkn 2007年2月27日 by cocorotkn

私達は、素直に自分の気持ちを表現するのが、かなり下手です。

それもそのはずで、

今の気持ちを正直に聴くことを忘れてしまっています。

そして、その表現方法も。

 

自分の事なのに、まるで他人のことの如く聞いているようです。

 

今回のタイトル「腰が痛い」です。

普段私達は腰が痛いとき、このように表現します。

果たしてこの表現は正しいのでしょうか?
正しくは「腰を痛めて、私が痛い。」です。

腰が痛いのではなく、痛いのは私なのです。

 

 

この様に自分の今、置かれている状況を素直に表現する事を忘れています。

今私は何を感じているのか、

どうなっているのか、

その事を表現する事が大切です。

 

「腰をひねったから、筋肉に緊張が起きて私が痛い。」

原因がありその結果問題が起きた。

原因を治さない限り問題は解決しない。

当たり前の事です。

 

でも私達は、

原因の解決をせずに、

今痛い腰だけを治そうとします。

 

こんな事をしていると、

小手先の問題解決しかしていませんから、

何回も繰り返します。

 

腰を痛めた原因を見つけ、

問題点を解決し、

同じ事を起さないように、対策を打たなければなりません。

 

悩みも同じです。

 

 

表面に見えている悩みの問題を解決しても、

傷口にバンドエイドを張ったようなものです。

悩みを取る事だけに囚われずに、

なぜこの悩みが発生したのかに気づきましょう。

 

「今、ここに」何を感じたか、

何が起きたかを、正しく聴き、表現する事が大切です。

 

「腰が痛い」のではなく、

「腰をひねったから、筋肉に緊張が起きて、私の腰が痛い。」

と、気づき表現できるように。