身近なカウンセリング

情タイプと知のタイプ

cocorotkn 2013年3月6日 by cocorotkn

物事を判断する時に

「情」で判断するタイプと

「知」で判断するタイプが居ます。

 

「情」タイプは、

意志決定する時に「相手の事」を思い、

そして「自分の思い」をミックスして判断をくだします。

心が納得しないと、シックリこないタイプです。

時には「貧乏くじ」を引きます。

しょっちゅうですけれどね!

 

逆に「知」タイプは、

物事を頭で理解して納得できないと、

受け入れられないタイプです。

頑固です!

 

「情」と「知」のタイプは全く違うタイプに見えますが

しかし結構、似た処が有ります。
 

 

「知」のタイプは、案外「情」派が多いみたいです。

物事を頭で納得できないので、

何時までも拘る事が多々あります。

でも、頭で理解が出来れば納得して収める事が出来るはずですので、

理論上、筋道が通り正解が出れば、

それで済む筈です。

 

なのに「納得できない」「分からない」を言い張る事が有ります。

「頭では理解できても、こころが納得していない」状態です。

 

結果、何時までも同じ事に拘り、「分からない」を連発します。
 
 

 

それは、「こころが腑に落ちない」からです。

やはり「情」の証しです。

 

逆に「情」のタイプは、

情で揺さぶり感情に訴えます。

感情の部分を満足させ、

落ち着いて貰います。

処が、こちらも「分からない」を連発します。

「カラクリが分からないと、こころがモゾモゾする。すっきりしない」など言います。

 

頭で理由づけをしようと、考えます。

それでないと変なもので納得しないのです。
 

 

人間て「あまのじゃく」ですね!

 

もっと「こころに素直」になれば、楽なのですけれどね!

無意識の無能力

cocorotkn 2013年2月5日 by cocorotkn

今、読んでいる本で

「答えはすでにあなたの心の中にある」中に、面白い処が有ります。
 

 

「無意識の無能力」

「意識的無能力」

「意識的能力」

「無意識の能力」です。

 

丁度、

これは悩みから自立に向かうプロセスにも似ています。
 

 

「無意識の無能力」:

自分が何故に悩んでいるか分からない段階!

 

自転車に例えると、

自転車に乗れない人は、

何故乗れないかと、分かろうとしない。

 

悩みも何故悩んでいるのか、分かろうとしないのと同じです。

只、今苦しい事に苦しんでいるだけです。

 

そして「意識的無能力」の段階:

 

自転車に乗る為には、

バランス取り、

ハンドルをしっかり握り、

ペダルをしっかり漕がなければ、

乗れない事に気づく。

「自覚」する事になります。

 

悩みも、何に対して悩んでいて、

その問題点は何かに気づきます。

問題点をクリアに出来ないが、

問題点が有る事に「自覚」する事です。

 

次が「意識的能力」:

 

自転車に乗れない問題点に気づき、

努力により乗れるようになっても、

バランスの取り方など、

かなり「意識」しなければ乗れない段階。

 

悩みでは、

問題点に気づき、

意識的に行動を起こさない限り、

改善できません。

しかしがら、今までの経験から直ぐに元の状況に戻されそうになるので、

「かなり意識」的に行動を起こして、

習慣付けが必要です。

 

そして最後の「無意識の能力」

 

この時点では、

自転車を乗っている時は、

もう何も考えずにバランスを取り、

片手を離しても、

自転車を自由に乗りこなしています。

 

悩み対しても、

例え悩む事が有っても、

捉われる事無く

自分らしく生きている段階です。

 

正しく「今を生きている」状態です。
 

 

自転車は誰も始めは乗れません。

そこで諦めれば一生乗る事が出来ません。

何故乗れないのか、

問題点が見つかっても、

方法が分からなければ、

失敗の繰り返しです。

 

問題点を見つけ(気づき)

問題点を改善する方法を習得すれば、

自転車には乗れます(解放)。

そして練習を重ねれば、

何も考えずに自由に

自転車を乗りこなす事が出来ます。

長い期間乗っていなくても、

身体(心)が覚えているので、

直ぐに乗れるようになります。

時に悩んでも、

悩みに対する「耐性」が出来ていますので、

自分を取り戻す事が出来ます。
 

 

只、悩んでいるだけでは、

何も変わりません。

 

先ずは、「気づく」事から初めてみませんか?

 

「悩み」は、そのヒントを教えてくれていますから!

明けましておめでとうございます。2013宣言

cocorotkn 2013年1月1日 by cocorotkn

新年明けましておめでとうございます。
 

 

皆さんはどんな思いで、

新しい年を迎えられましたか!

 

TKN心理サロンも、

今年は新たなる「チャレンジ」を行います。

 

二年前の「東日本大震災」の影響で、

中止を余儀なくされた「ミニEsalen研修」の再開に向かって、行動を起こします。

 

Lucia自身を日本に招致する事は出来ませんが、

Luciaとも相談をしながら新しいワークショップを企画したいと思っています。

 

この二年間海外から講師を招致し

ワークショップを開催する事が出来ませんでした。

何時の間にやら

それが「当たり前」の感覚になっていた私自身が居ました。
 

「刺激」を求め始めました。
 

「刺激」を与える事により、

「反応」が産まれ、

新しい「動き」「変化」が起きます。

「アクション」を起こしたくなって来ました。

 

丁度、LAの「MASAYOさん」から情報(刺激)を貰い、

私の中に「反応」が起きました。
 

 

まだ、企画の段階ではありますが、

是非とも実現できるように力を注ぎます。

皆の力を借りながら!

二年越しに成るかもしれない位のパワーが必要ですので!
 

期待をしていてください。

 

生徒たちにも「刺激」を与え、

「反応」を起こして貰います。

例え「小さな反応」であっても、

皆の「反応が増幅」して大きな力になる事を信じています。

 

皆んが「信頼」し

「思いやり:共感」の力により、

「大きな反応」になるように!
 

 

これが今年の私のチャレンジ課題です。
 

 

「ミニEsalenワークショップの再開」宣言します。
 

 

 

「刺激と反応」をテーマに!

選挙:祭りの後の静けさ 権利と責任

cocorotkn 2012年12月18日 by cocorotkn

衆議院選挙も終わり、

街の中は静けさを取り戻しましたね!

 

昨日、車で移動中に地元の某候補の選挙事務所の前を通りました。

落選のせいか、

事務所は閉じられたままで、人の気配も有りません。

張り紙が一枚貼ってあっただけでした。

当選組と落選組の違いですかね!

 

日曜日は、選挙速報ばかりで

何処のチャンネルで速報を見れば良いのか苦労をしました。

 

とある当選組の事務所が映し出されていました。

支援者の人たちが喜び湧きかえっていました。

でもよく見ると「高齢者」ばかりが目立ちました。

「若い人たちは?」

 

明けて、月曜日に

「投票率:59%台」あまり盛り上がりに欠けたようでしたね!

 

テレビのインタビューの中で、

真剣に将来の世の中の事を考えて、

悩み投票をした方々、

 

そして棄権をした「若者」。

 

「興味が無い!」

「一票を入れても同じ」

「選挙に行っても同じ、仕事が欲しい」等。

 

何か淋しものを感じました。
 

 

ここでも「権利」を主張する声が聞こえました。

 

「投票」と言う「責任」を果たさず、

要求はする。

そして責任を「世の中」「政治」の責任にする

「他力本願」
 

 

以前にも書きましたが

「投票をしてくれる人に対して恩恵を渡す」政治家が多い中

「投票をしてくれる高齢者を優遇して、

投票をしてくれない若者には冷遇する」と言う事になります。

 

確かに「一票」で何かが変わる訳がありませんが、

この「一票」の積み重ねが大きな力になります。

投票をした自分が責任を持つからです。

 

「韓国大統領選」も

若者票の取り込みがキーワードになっているようですね。
 

 

当選した政治家たちもこれから「責任」を問われます。

次回の選挙までしっかりと

見届けていくのも私たちの「自己責任」ですね!

新語:若者言葉

cocorotkn 2012年12月11日 by cocorotkn

講座を行っている時に、

よくあるのですが生徒に「言葉」が通じない事があります。

 

私にとっては、極普通の話なんですが、

生徒さんにとっては「?」状態になります。

 

例え話やコトワザ、習慣などです。

 

「うがった見方」と表現すると、

「?」状態です。

 

ごく一般的な表現なんですが、

若い人たちには「死語」の如くと

言うよりも「聴いた事が無い」ので知らない。

反応のしようが無い状態なのですね!

 

私も、本を読んだり、

勉強をした訳ではありませんが、

TVドラマ等からも

そして、先輩達からも自然と聴いていたので、

その時は意味が直ぐに分からなくとも、

何と無く雰囲気で理解が出来、

何時の日からか使っていた。と言う状況でした。

 

この前も講座で「ヤマタノオロチ」の神話を話していても、

この神話自体が知らない、

「日本昔話」も通じない。

 

確かに、今の時代には

「言葉使い」、

「ことわざ」も

「昔話」も

必要が無い時代ですが、

でも知らないと使えない!

 

使えないと消えてなくなります。
 

 

確かに「言葉は進化」します。

時代に合わせて変わっていきます。

 

この前も娘が期末考査で

「今日はオールやわぁ!ノーベンやから」と言っていました。

私が「?」です。

 

女房に聴くと

「オールナイトで勉強する。

全然勉強が出来ていないから!」と言う意味でした。

 

そう言えば、私も昔は近い言葉を使っていましたかね!

 

この新語で今の人たちは通じるので、それはそれでOKですね!

 

私はメール等の造語は読めません!
 

 

私は古い人間かは知れませんが、

出来るだけ色々な事を伝えていこうと思います。

日常生活も含めて!

 

もしかしたら、「新年のお祝い」も

無くなってしまうかもしれませんね!

 

「きっしょ」(大阪弁らしいです)の儀式も!

 

次回は、私の家の「新年のお祝い儀式」を書いてみましょうかね!

 

各家々で「風習」が違うのでしょうね!

選挙:自己責任

cocorotkn 2012年12月4日 by cocorotkn

いよいよ総選挙が始まりましたね!

 

各党が乱立をして、

どの党がこれからの私たちに方向性を示し、

実行、実現するか!

難しい判断に成りましたね!

 

「脱原発」「反消費税」「反TPP」等、

いろいろとテーマがあります。

 

でも、何処まで有言実行が出来るのか?

 

例えば「脱原発」です。

確かに福島第1原発の事故が起きると、

原発など要らないと思うのは、当たり前の事です。

 

クリーンエネルギーと私も思い、

地球温暖化を改善するには重要だと思っていました。

限りある資源の「化石燃料」を

後世の事も考えずに消費し続ける事にも、

疑問を持っていました。

 

しかし、事故による放射能による汚染と、

核のゴミの処分を考えると、

使用しないのが一番安全であると、私も思います。

 

でも、その代替えに「化石燃料」を又使い続ければよいのでしょうか?

再生可能燃料にシフトを変える!

これも何年後に、今のエネルギーを賄えるのでしょうか?

それにより、「電気料金」は大幅に値上がりをします。

たとえ電力会社がコストダウンをしても限界があります。

 

このようなリスクも、

私たちが納得して「脱原発」を受け入れれるのか?

 

このように、少し見るだけで各党の公約に「矛盾」が湧いてきます。

 

私たちも、「権利」を要求するならばそれに伴う

「義務:リスク」も覚悟をしなければなりません。

 

カウンセリングの世界も同じ事が言えます。

 

悩み苦しみから解放される為に、

自分を取り戻す作業をします。

それにより色々な痛みも受けます。

痛み無しに「自分らしさ」を取り戻す事は出来ません。

 

そして周りにも「なみかぜ」をたてます。

自分を取り戻すためには、

いろいろな問題点に「責任」を取らなければなりません。

 

「自己責任」が必要です。

 

「権利が欲しければ義務を果たす」

「自由が欲しければ責任を取る」とても大事な事です。
 

 

因みに「選挙により、政治家を育てる」と言われています。

選挙により選ばれた政治家がだめならば、

選挙により替えれば良いのです。

投票してくれなかった人為には働きません。

政治家は、投票してくれた人のために働きます。

ですので、投票しなければ政治家は変わりません。

 

私たちの一票は小さいかもしれませんが、

投票しない限り政治が悪い方向に行っても、

文句は言えないのです。

悪政を認めた事になります。
 

 

自己責任を取る為にも、今度の選挙は大切だと思います。
 

 

なんか、私「選挙管理委員会」みたいですね!

 

偉そうなことを言って、申し訳ありません!

MUZINAセミナー:コインの原理

cocorotkn 2012年11月27日 by cocorotkn

 

新しいセミナーとして「MUZINAセミナー」を行いました。

 

毎年、Esalenより、

LuciaやEllenを呼び国内でワークショップを開催していますが、

震災の影響で開催する事が出来なくなりました。

 

その代わりに昨年は「マスクセミナー」

そして今年は新作の「MUZINAセミナー」を行いました。

 

芥子川ミカさんの「妖怪セラピー」をベースに、

TKN心理サロンのオリジナルワークを作りました。

 

ベースである「ナラティブセラピー」を基礎にして、

学校で教えています

「SCT」

「ゲシュタルト療法」

「人生脚本ドラマ」

「セルフ・エンプティチェア」等を組み合わせた、新しい試みでした。

 

自分の対人関係の問題点を

「MUZINA」に置き換え(ブログでお馴染の妖怪たちプラス、自分のオリジナル)、

自分の中の「こころの叫び」に気づき、

受け止める事を目指しました。

 

しかしながら、

初めての試みでしたので旨く皆が

「MUZINAの叫び=こころの叫び」に気づいてくれるかが心配でした。

 

平日組の生徒たちは

ワークシートを進めるのにかなり時間が掛かり、

気づきを促すのに時間が掛かりました。

 

連休を使って一日でワークシートを完成する生徒は大丈夫かと思いましたが、

連続で行う事によりスムーズに進みました。

 

最終日はペアを組み、

当事者本人と

「MUZINA」に成り

「再現ドラマ」を行いました。

 

本人が、自分の行動パターンを語り、

そこに「MUZINA」役の生徒が「ささやき」をします。

いつものようにトラブルを起こすように誘惑をします。

 

そしてその誘惑に惑わされる事無く、

勇気を出し立ち向かうドラマを行いました。

 

生徒達は迫真の演技です。

本人とMUZINAの掛け合いは、

時には涙をし、怒り、叫びも有りました。

中には「吉本」顔負けの「お笑」も有りました。

 

MUZINAが居てくれたおかげで、

強くなれたのかもしれません。

MUZINAは私の中の一部

「私の影の 部分」なのです。

MUZINAは私の問題点を

気付かせるきっかけを与えてくれる

「私」でも有ったのです。

 

「私は表」

「MUZINAは裏」。

「表と裏が有ってひとつ」。

「私とMUZINAが有って、私自身」。

 

MUZUNAは、私の中の拘り。

思い込み。

子供の頃から、

インプリンティングされたものから産まれた、

「私」。

嫌がっている限りMUZINAは巨大化し、

私を支配する。

 

MUZINAを受け入れた時、

MUZINAは、私の一部として生きて行く。

 

皆、MUZINAは自分自身である事に気づく事が出来ました。

気づきの信号である事に!

 

「ゲシュタルト」のテーマで、

MUZINAを受け入れる事が出来ました。

 

最後は「未来の自分へのメッセージ」を書き、発表しました。

 

この皆のメッセージは、

来年Esalenに持っていき

Esalenの地に埋めてきます。

 

大成功で終わる事が出来たワークでした。

 

 

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18年目の挑戦

cocorotkn 2012年11月6日 by cocorotkn

TKN心理サロンも11/3で「17周年」を迎えました。

 

1995年に、

東大阪:近鉄布施駅前でスタートをして、

とうとう17年が経ちました。

 

Openしたての時は、

「何する所ぞ!」と言う「色眼鏡」で観られていたのが、

懐かしく思えます。

 

高架の真横で、

二階建てのスナックビルの二階奥でスタートしたのですから、

認知して貰えるまでは、大変苦労をしました。

 

広告も、まともに扱って貰えない状況からのスタートでした。

総ての広告媒体の審査を受けて、初めて掲載して貰える状況下でした!

 

地道に一歩一歩進めながらの活動でした。

 

駅前での、チラシ配り!

なかなか受け取って貰えず、

どうすれば受け取って貰えるか工夫をしました。

「受容と共感」の思いを込めて手渡す!と、

自分に言い聞かして!

折角受け取って貰っても、

直ぐにゴミ箱へ捨てられるのではないかと思い、

ゴミ箱を覗きに行ったり!

 

色んな処への「ポスティング」

 

見ず知らずの家のポストに、チラシを入れる!

初めは何か悪い事をしてる様な気持で、

萎縮してポスティングをしていました。

 

でもその後は、少しでもチラシを観てもう事により、興味を持ってもらえたら!

そして、「カウンセリング」は、

今必要な事なんだと、

願いを込めてポスティングをしていました。

電柱に張り付けた事も有ります。

 

出来る事は何でもしました!

 

でも、ある意味で「自分でやっている事に満足」をしている部分も有りました。

何もせずに、待っている事が耐えられませんでした!

何かをして居なければ、落ち着かないのです。

そして不安が襲ってきます!

 

「このまま、ダメになってしまうのではないか!」と言う思いが!

 

無料広告はないか?

有れば「ダメ元」で、応募したり!

時には、採用されて「やったぁ!」と喜び!

処が、掲載されても、反応が無くて、落ち込んだり!

 

「体験講座」の予約が入るのを願い、

電話のベルに一喜一憂したり!

 

予約が入っても、

当日本当に来てくれるのか?

時刻表を見ながら、

「この電車に乗ると駅に何分に着く。だから、この時間に来る!」と願い、

階段の昇ってくる音に、

耳をそばだてて、聞いていました。

 

体験講座も毎回、受けた後入学してくれるだろうか?

進級は?

入学、進級をすれば喜び、

入らなければ落ち込み!

 

入ったら入ったで、

ちゃんと講座の意味は伝わったかどうか?

生徒さんの為に少しでも役に立っただろうか?

 

夫婦でそんな思いの毎日でした!

 

今は総て、懐かしい思い出です!

 

そんな積み重ねで、ここまで来れました!

 

これも総て、生徒さんが

「TKN心理サロン」を必要として貰えた事により続けて来れた結果です!

 

とても感謝をしています。

 

ありがとうございます。
 

 

18年目に向けての、

 

新たなるスタートです。

ラマンチャの男

cocorotkn 2012年10月30日 by cocorotkn

この前、新聞の記事の中で

「ラマンチャの男:ドンキホーテ」のセリフが書いてありました。
 

 

「総ての道はローマに通じる。

ならばどの道を進もうが構わないではないか!

やがてローマに到着するのだから!」(チョットうる覚えですが?)
 
 

 

面白い言葉です!

 

間違いないですよね。

どの道も総てがローマに繋がっているならば、

どの道を歩んでもやがて、

ローマに到着をする。

選んだ道に間違いはない!

 

ですよね!
 

 

夢を叶えるためには、色々な方法があります。

この方法でないと夢を叶えられない、

叶っても意味が無い!という考え方も大切ですが、

 

夢を叶えるる為ならば、

いかなる手段を駆使してでも、

夢を実現する事が大切だ。

と言う考え方も「有り」ではないでしょうか!
 

 

夢を叶えるには、

自分の思い通りに事が進み、

実現できる事はベストではありますが、

なかなか思い道理に行かないのが、普通です。

 

ならば、どちらを優先するかですね!
 

 

夢を叶える為のプロセスが大切で、

プロセスを含めて夢を実現するので意味がある!

これに越した事はありませんが、

 

プロセスが旨く運ばなくても、

夢が実現できれば構わない!も

OKではありませんか?

 

たとえ遠回りをしても、

時には関係ない事をしてしまっても、

ゴールが出来れば目的は達成できました。

パーフェクトな実現で無くても納得が出来ませんか?

 

遠回りをした分だけ経験が出来、

後に役に立つ事の方が有ります。
 

 

「名を取るか?実を取るか?」
 

 

夢を追いかけながら、変化して新たなる夢を掴む!
 

夢を叶える為に、何をすればよいか?

いろいろな努力、変化をして夢を掴む!
 

夢とプロセスを一括として夢を叶える!
 

色々な方法で、

夢を叶えるならばOKじゃないですか!
 

 

総ての道がローマに通じるならば!
 

 

見果てぬ夢!

ドンキホーテ:ラマンチャの男!
 

 

魅力的な男じゃないですかね!

終身保障

cocorotkn 2012年10月23日 by cocorotkn

私も来月3日で、58歳になります。

 

気は若いつもりですが、

実年齢は確実に増えていきます。

 

二年後には、早期年金取得者になってしまいます。

恐ろしい事ですね!

年金を貰う年がもう目の前まで来ていると思うと!

実際は65歳まで貰う気はありませんが!
 

 

丁度、年末調整の「控除証明書」が届きだし、

何気なく観ていましたが、

フッと保険証書を観ると「終身保障」と言う文字が目に飛び込みました。
 

「終身」って今までは先の事と思っていましたが、

「アレ!後何年?」と言う思いが湧いてきました。

 

何年先には、何が起きるか?と言う事を、

ごく普通に思っていました。

 

何処そこの、デパート何年にオープンする?

      地下鉄が何年に開通する?

      ディズニーのアトラクションが、何年に完成する?

      東京オリンピック誘致が何年度?

と言う事を、ごく普通の事と思っていました。

 

しかし、リニヤ新幹線が東京~名古屋間営業が「2027年度」:15年後で、
 

東京~大阪間全線営業が「2057年度」:45年後です。

でも、よくよく考えてみると、名古屋開通の15年後はまだ大丈夫でも、

45年後の大阪まで開通の時は、私は生きていません。

 

大阪からリニア新幹線に、私は乗る事が無いのです。

 

何時までも、先、未来が有ると、

何処かで思っていました。今までは!

でも現実は、「限界が在る」のです。

 

何時までも、家族と一緒に暮らせないのは分かっていても、

何処かで当たり前と思い込んでいる「私」がいました。

 「何時までも」は実際に在りません。

 「限界」が有るのです。

 今回、改めて思いました。

 

「今、やりたい事を遣っておかないと、悔いが残る!終わりがある限り!」

まだまだ、元気な間に遣りたい事が一杯あります。
 

 

「控除証明書」が、気づきを促してくれました!
 

 

「残された時間」を有意義に使います!
 

 

「今、ここに自分らしく、あるがまま生きる」
 

「我が人生、悔いはなし!」と言えれるように!

 

しかし、そんな歳になったのですね!