私の家族のよもやま話

TKN心理サロンブログ:今年を振り返って

yokoitomizou 2013年12月27日 by yokoitomizou

今年も後僅かになりました。

早いものです。

 

この前新年を迎え、

「MBSラジオ・ウォーク」のイベントを行い、

エサレン研修を実施して、

Davidaワークショップを開催し、

その間に「アンカー&・カンパニー株式会社」さんのお陰で

ホームページのリニューアル作業を行い、

全国心理業連合会(全心連)に加盟し

「認定教育機関」になりました。

 

あっという間でした。

この1年。年を取るとともに、

1年が早く感じると言いますが、実際早く感じる1年でした。

 

この前、雪の積もる中を初詣に行ったつもりでしたが、

その初詣に行った神社「大神神社」に

上の娘が「巫女さん」として、

アルバイトに行くおまけ付きの締めくくりです。

 

プライベートでも色々在りました。

娘たちのW受験の年でもありました。

そしてその下の娘に学校での「イジメ」があり、

一時期登校拒否。

そして大人への人間不信。

イコール親への不信。

 

すったもんだしました。

でも、それも娘の思春期として大事な通過点でも在りました。

 

子供から大人への大事な体験です。

 

この仕事をしながら、

現実の中での娘の対応に悩みました。

 

しかし、この世界に居てるからこそ、

「娘の気持ち」を聴こうと、

そして受けとめようと、

そして娘を信じる事が出来ました。

 

本当に毎日が夫婦共に「修行」の場でした。

色々と、教えてくれました。

娘が教えてくれたのです。ありがとう。

 

娘も今、必死になって頑張っています。

大人への階段を登る為に。

 

この経験が、

学校で新たな力のなりました。

伝える事が増えて居ます。

如何に、相手の立場に立ち、心の叫びを聴き、受け止めるか!

当たり前の事ですが、認識を深めました。

又一つ、成長できました。

感謝の一年です。

 

 

年末データ

TKN心理サロン・ブログ:懐かしい電信柱!

yokoitomizou 2013年10月29日 by yokoitomizou

電柱-02   皆さん、こんな電柱を見た事がありますか?見た事のある方は、

   そこそこの年齢を重ねた方ですね!

   私の子供時代には、電柱と言えば総て「木製」でした。

   間伐材を使って?もしかしてら全国で使用をしていたのですから、

   それ用に植樹をしていたかも知れませんね。

   電柱の近くでたき火をして、電柱が燃えた事もありました。

   犬がおしっこを掛けて、腐って行く事もありました。

   木材ですから、ポスターも貼り付けていました。

   特に選挙の時は、もう貼り捲くでした。

   今みたいに規制がありませんでしたから。

   この木の電柱が町の中に溶け込んでいました。

 

 

皆さんは「映画」等で観た事がある程度でしょうね。

この写真の電柱は、私の家の傍にあった、唯一の木の電柱でした。

毎日、通勤の行き帰りに傍を通って居ました。

何と無く懐かしく、そしてホッとする、電柱でした。

温もりを感じ、落ち着きます。

そして存在感がありました。

でも時代の流れ、

寿命もあり安全性の関係もあり、

先月末には差し替えられました。

 

コンクリートと鉄柱の組み合わせ型です。

丈夫でしっかりしています。

がっちりとして居てて、

安心感だあるのですが、

朝晩に通る時に目に留らなくなりました。

 

 

何も感じなくなりました。素通りしてしまいます。

たった一本の木の電柱ですが、

私には「存在感」がありました。

何気ない、存在感。って

とても大切な気がします。

 

私たち、カウンセラーも「何気ない存在感」で、

在る方が良い様な気がします。

 

 

電柱-01 

 

でも、新しい電柱の存在感を否定している訳ではありませんよ。必要ですので。

 

 

TKN心理サロンブログ:ヒキョウモノ

yokoitomizou 2013年10月5日 by yokoitomizou

今日の読売新聞で「編集手帳」に、

「ヒキョー」で書かれていました。

 

先日の踏切事故の件んです。

 

内容は写真を添付しますので、読んで下さい。

私も、子供に人を助けるのが大切だとは言います。

でも、自分の命を犠牲にまでして、助けろとは、絶対に言えません。

 

子供の命が一番です。

人の命は、その次です。

 

美談など要りません。

避難されて評判が悪くなっれも、

口コミで悪口を書かれても、構いません。

私も「ヒキョー者」です。

この記事を読んで、

頭を思いっきり叩かれた気がしました。

私も「ヒキョー」です。

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TKN心理サロンブログ: 父の遺言

yokoitomizou 2013年9月15日 by yokoitomizou

 父の遺言

 

入門講座の中で「ライフライン」という講座があります。

自分自身の「生育歴」を知り、受け入れる講座です。

カウンセリングの中では、必ずクライアントに語って貰います。

この生育歴の中に「悩み」の根本的原因が隠されています。

生徒さん達に講座の中で「ライフライン」を語って貰う為に、

先ず私の生育歴を語ります。

その中で、父親との関係が出てきます。

 

そこで、父親からの「無言の遺言」出てきます。

 

今回分かったのですが二つありました。

 

私の家は自営業でした。

幼い頃から「おまえは仕事を継ぐのだ。」と言われ続け、

私もその様に思っていましたが、

いざ就職という時に父は、

「おまえは外で仕事をしろ。外で人生を創れ。」と言ってきました。

私も「それで良いのなら、外で働くよ」と、就職をしました。

後、詳しい事を知りたい方は、どうぞ入門講座を受けてください。 😆

 

 

ただこの時に、もう1つ言っていた事を先日、思い出しました。

「おまえは外で仕事をしろ。外で人生を創れ。」この後に、

「外で仕事を興せ。店(会社)を持て。」と言っていました。

その時は、「何故、サラリーマンではダメなのか?雇われたらダメなのか?」と、父にぶつかっていました。

父親は「出生」の問題(これも、入門講座でお伝えしています。)で、

常に「日陰の身」でした。

自分の意志は絶対に出してはいけない。

自分を殺して常に影の存在で無ければなりませんでした。

そんな思いから、

私に「一国一城の主として自活しろ」との遺言だったと思います。

今、私がTKN心理サロンを開いているのも、この遺言が影響しているのかもしれません。

 

 

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 ※9/22.25「TKN心理サロン:第214期生 カウンセラー養成講座」開催
 ※10/12.13「TKN心理サロン主催:5Rhythmsダンスワークショップ」開催

盆休み明け:レーシック

cocorotkn 2013年8月20日 by cocorotkn

盆休みの明け、

街の中は通常通りに動きだしましたね!

 

連日の酷暑のお陰で、

スタートが重く感じるのは、私だけでしょうか?

 

今年、盆休みは講座のスケジュールの関係で、変則的でした。

「2日休んで、1日働く」という日程でしたので、変な感じでした。

おまけに、上の娘が「レーシック手術」を行う事になり、

その送り迎えで盆休みが消えてしまいました。

 

しかし、それよりも「レーシック手術」への不安の方が一杯でした。

娘は強度の近視(0.02と0.03)その上、

角膜が薄いので「角膜強化法」がいるとの事でした。

 

Netを使って、色々と情報を集めるのですが、

メリットとデメリットの情報で、

不安になる事が大きくなりがちになります。

「目」だけに、取り返しが出来ませんからね!

特に女房が不安がって居ました。

再度一緒に説明を受けに行ったりしました。

 

「アレキサンダー・テクニック」の捉え方からすれば、

手術をするべきでは無く、

近視部分を鍛える事により、

近視を治す方がベストである事は分かりますが、

 

現実的に、「今、生活に苦労をしている状況下」では、

視力が回復するを優先してやるしか方法が何のかなァ!と感じました。

 

当然、時間と共に視力が再び、落ちていくのでしょう。

後、日常生活中で、

どれだけ娘が視力を保てるかは、

娘次第で、その条件を整えてやれるのが、

親の出来る事なのかな、と思いました。
 

 

娘は、無頓着です。

レーシックの話をして3週間での手術です。

 

手術の日程も、私の盆休みを考えて決めていたようです。

車で、送り迎えをして貰える日程を!

これも、親を頼りにしている証拠ですかね?

 

僅か、15分も掛からない手術で、視力が回復です。

目を切る事に恐怖は無かったのか?

度胸があるのか、ないのか?

思い立ったら、直ぐに行動に移す処は、

私似の遺伝なのでしょうかね。

 

ちなみに、娘は言っていました。

 

「歩く時に、腕を大きく振って歩く処も、遺伝」

 

 

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おはぎ

cocorotkn 2013年6月18日 by cocorotkn

「おはぎ」

 

昨日、エサレン準備の買い出しに行った帰りです。

帰宅途中の高速を降りた近くに

人気の「おはぎ屋」さんがあります。

 

お彼岸さんには、交通整理の人が出る位のお店です。

 

何気なく、「買って帰ろうか?」と言うと、

女房が「今日の晩御飯はカレー」と言いました。

「?」

 

結婚記念日に買ってきたケーキが残って居たので、

その関係で「要らない」と言ってくると思っていました。

 

「おはぎはご飯よ!」との、

女房の反応です!

「おはぎは、おやつでご飯とは違うよ。」と言い返した時に、気づきました。

 

私の子供の頃は確かに

「おはぎは、ご飯」として食べて居ました。

「おはぎ」は特別の日に家で作って居ました。

「あんこのおはぎ」

「きなこのおはぎ」時には

「あんこ入りのきなこのおはぎ」

当然、家で作りますから大量になります。

そして、食べる時は「おやつ」の時間ではなく

(私の家ではおやつという風習は、ありませんでした。)

晩御飯の時に、食べるのです。
 

 

おはぎは、「お米」と「もち米」で作りますから

「ご飯」になるのです。

 

この事を思い出して、

「そうやなァ、子供の頃ご飯として食べてたよなァ。」

 

子供心に「御馳走」でもありました。

時には、あくる日の「朝ごはん」としても食べて居ました。
 

 

懐かしく思い出しました。
 
 

 

ちなみに、「春、萩の花が咲く頃につくるので、おはぎ」

     「秋、ボタンの華が咲く頃に作るので、ぼた餅」と言うようですね。

 

もち米の使い方で、区別する説もあるようですが!

地域によっても!

又、急に食べたくなって来ました。

 

 

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※第211回「カウンセラー養成講座:体験講座」6/23(日)・6/26(水)に開催します。

身のうえ話(4):便所飯

cocorotkn 2013年5月23日 by cocorotkn

久しぶりの「身の上話」です。

何年ぶりでしょうか?

 

今、TVで「35歳の高校生」やっています。

その話の中で「便所飯」がありました。

 

何と無く気持ちが理解できました。

私も昔はこれと近い事をしていました。

「便所飯」はしていませんよ。

 

以前にも書きましたように、

私の家は町工場を身内で経営していました。

 

当然、仕事場は家族ばかりです。

仕事中も、そして食事中も!

 

私は家族とのトラブルで潰れてしまい、

この世界で自分を取り戻す事が出来ました。

 

仕事場では、毎日が「針のムシロ」で、

食事も「四面楚歌」

親族一同の中で摂りますので

たまったものではありません。

 

ある日、限界を超えてしまったので、

工場の中の作業場に逃げ込みました。

そこで、ひとりで食事を摂っていました。

 

そこに居ているだけで、

何だか「ホッと」する処もありました。

 

周りの目を気にせずに、

誰にも干渉されずに、

自分だけの空間でした。

 

でも、惨めです!

身内の中に居て、

この状況なのですから!
 

 

結局、私は現状に目をつむり、

逃げていたのです!

弱虫だったのです。

 

本音を出し、

ぶつかっていれば、状況を打破する事が出来たハズです。

 

結果はどうなって居たかは分かりませんが、

変化は有ったはずです!

 

何もせずに、

「言い訳」をして、

そして「人のせい」にして逃げて居ただけでした。
 

 

形態こそ違いますが「便所飯」でした。

 

ほんの少し「勇気」があれば、

ぶつける事が出来るのに、

出せないのです。

 

私には「女房」という理解者が居ましたので、救われましたが、

通常の中では、難しい事です。

 

でも何処かに、必ず理解してくれる人が居ます。

決して、「ひとりでは無い」事を!

分かち合える仲間が居る事を!

 

 

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災害時帰宅訓練

cocorotkn 2013年5月7日 by cocorotkn

 
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 「災害時帰宅訓練」を行ってみました。

 

昨年に予定をしていたのですが、

天候不順だったので出来ませんでした。

 

当初、今年は計画をしていなかったのですが、

スケジュールが急に空いたので、

昨年のリベンジとして実施しました。

 

普段、運動などしていない私が急に30キロも歩く行為は、

女房からも「無茶はしなぁ」と言われましたが、

どうしてもチャレンジをしてみたくて、

ともかく行ける処まで、行こうとスタートをしました。
 

 

初めは、気の焦りも有りピッチが上がりました。

難波の学校から阿倍野「ハルカス」まで、1時間を切りました。

 

これで調子に乗ってしまい、

スピードを抑えながらもピッチが上がりました。

 

「でも災害時には、ビルや家が倒壊しているし、

車は道を塞いで居て、

すんなりと歩く事が出来ないのだろうなぁ」と思いながらの、歩行でした。
 

 

行程は順調に進み、午前中に「大和川」に到着しました。

ここからは「土手」を歩く事が出来、足への負担が軽くなりました。

流石に、土の道は足に優しいです。

 

でもこの道も、災害時には「津波」があれば通れないし、

対岸に渡る事も出来ない「一番の難所」になりそうです。
 

 

残り1/4の「国分駅」で女房に連絡を取り、

あらかじめ決めていた合流地点を目指しました。

後5~6キロです。

余裕を持って合流だ!

と思ったのが甘かった!

ここからが地獄の道程でした。

 

「峠越え」を甘くみていました。

ここからは、歩道はなく「狭い路側帯」だけです。

道はデコボコ。

ゴミは一杯。

雑草も生えていて、

歩いている横をトラックや乗用車が、

ビュンビュンと、通り過ぎます。

 

足元が悪い処に、

足が限界に近付いて居ましたから、

身体がふら付き始め、

車とぶつからない様に、力が入って居いした。
 

 

ようやく、女房の居ている合流地点に着いた時は正直、フラフラでした。

そして、女房の顔を観た瞬間に「気が抜けた」状態になってしまい、

この度は足が前に進まなくなりました。

安心感は凄いですね。

 

しかし、ここからは二人だったので、

話をしながら家までゴールをする事が出来ました。

 

家に着いた安心感から、

一気に気が緩み

ウォーキングシューズを脱ごうと瞬間

「足が攣り」ました。

日頃の運動不足が祟りました!
 

 

今回は、「平時」の帰宅でしたが、

「災害時」の帰宅ならば、

この倍以上の時間と体力が必要となる事でしょう!

 

その時、どの様に対処すればよいのか、これから検討が必要です。

 

色々な事を学ばして貰える、

キッカケとなった「災害時帰宅訓練」でした。

 

一度、体験してみなければ分からない世界を観ました。
 

そして、「完歩出来た達成感」と

「苦しくてもやり遂げた喜び」も実感できました。

 

でも、「本当にキツカッタ」です。

あくる日は、足腰が立たないかな?と思いましたが、

「湿布」をしまくって、何とか動けました!

三つ子の魂、百までも:刻印付け

cocorotkn 2013年3月12日 by cocorotkn

「三つ子の魂、百までも」と言う諺が有ります。

 

講座の中でも、「エリクソンの発達心理学」で、

「0歳から3歳までの関わり方が、その後の人生に影響を与える」と伝えていますが、

本当に子供の中に「記憶」をして残っている事を、実感させられました。
 

 

先日、上の娘と話している時に、

「昔の家で住んで居る時の思い出が有るか?」と尋ねた時の事でした。

 

上の娘は、4歳の秋まで大阪で育ちました。

とは言え、

あまり記憶に残っていないようでしたが、

でも、ひとつしっかりと覚えている事が有りました。

 

「あまり覚えていないけれど、家を追い出さされた事だけは覚えている。」と言いました。
 

 

そうです。

2歳になった時の事です。

 

私が仕事から帰ってき時、

たまたま目が覚めて、

私が食事をしている処にやってきました。

私のおかずをつまみ食いを始めました。

可愛いものです。

 

でも、夜遅くお腹も一杯ですから、

「口に入れては出す」遊びにやがて変わりました。

 

躾の中で「食べ物は粗末にしない」を教えていましたから、

この時は怒りました。

処が謝らない! 

娘も私に似て頑固です!

 

それがエスカレートをして、

最後に玄関のドアを開けて外へ放り出した。

形になりました。
 

(詳し経緯は、専科講座ペインクリニックの中で話をしています。ですので今回は書き込みません。)
 

 

この時の記憶がしっかり残っていたようです!

 

幼すぎて、何が原因かは全然覚えていないようです。

 

娘は小さい時から「とうとは怒ったら怖い」と、言っていました。

娘に対しては、

あまり怒っていなかったので、

「優しすぎるなァ」と、思っていた位でしたから、

 

「何故かな?」と思っていた、

謎が解けました!
 

 

「三つ子の魂、百までも」とは、

理に叶った諺だったんですね!
 

 

先人たちの智慧は凄いものですね!

 

そして、「刻印」の怖さも実感しました。

 

 

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父親の存在:尾頭付き

cocorotkn 2013年2月19日 by cocorotkn

昨今はの考え方では、

もし死語になっているかもしれませんね!

 

夕食時、

父親は食卓の上座に座り、

「尾頭付きの魚」が

家族より一品多く食卓に付きます。

尾頭付きとは言わなくても、

家族より一品多く料理が付きます。

 

その家の「大黒柱」「家長」だからです。

一目置く存在なのです。

 

但し、その一品を父親がひとり占めにするのではなく、

お魚ならば「一口」食べた後、

骨などを取り除いた食べやすい綺麗な身を、

子供たちに食べさします。

美味しい処を

子供たちに分け与えるのです。

表現に語弊が有るかも知れませんがね!

 

それにより、

子供たちに父親と言う存在を認識させ、

尊敬させるのです。

 

このような経験が有るからこそ、

イザと言う時に父親の権威が届いているので、

「シツケ」が出来るのです。
 

 

私も休みの日に「晩酌」をします。

その時に「酒のアテ」として

一品、子ども達より多く食卓にのります。

そしてその一品は「子供たちも好きな料理」です。

 

この時に、

私が先ず箸を付けるまで、

子供たちは箸を出しません。

 

私が一口食べた後、

子供たちに「食べるか?」と聴き、

子供たちに渡します。

後は子供たちのものです。

私の元に戻って来ない時も多々あります。

 

しかし、その姿を観ているのが「嬉しい」のです。

一番の「酒のアテ」です。
 

 

子供たちに対し、

きつく怒った覚えはありません。

でも、子供たちは私の事を「怖い」と思っています。

今ではどうか分かりませんがね?

 

だからこそ、

イザと言う時に「ニラミ」が効くのです。

 

これも親子の中で

「思いやり」の気持ちが有るからこそ、成り立ちます。
 

 

昨日、「お雛様」を出しました。

 

本来ならば女房の両親が「7段飾り」を買ってくれているのですが、

子供たちが大きくなってしまったので、

飾るスペースが無くなり

「御内裏様とお雛様」だけを飾る事になりました。

 

3月3日の雛祭りが済んだら急いで

「片づける」なければなりません。

 

娘たちが幸せに嫁ぐ姿を、

この目で見届けたいですので!

 

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