TKN心理サロンブログ:被害者・加害者の気持ち

yokoitomizou 2014年3月18日 by yokoitomizou

先週末は、下の娘の中学校卒業式でした。

下の娘も大きくなりました。

私が歳を往くのも仕方ない事ですね。

 

娘にとって、

良い思い出の中学生生活には成らなかったようです。

 

3年生になり仲の良かった友達から、

変則のいじめ被害に遭ったからです。

 

その友達のクラスを巻き込む「狂言イジメ」により、

娘が犠牲になってしまいました。

 

信じて居ただけに、

娘にとっては深い傷に成りました。

 

「狂言イジメ」がばれ、被害者が加害者となったのに、

その友達は「何もなかった」の如く、

普通に学校い生活を送り始めている。

 

学校、教師は、出来るだけ事を穏便に済まそうとした結果、

更に娘の傷が深くなり

「大人は信用できない」状態になりました。

この言葉は「親も信用できない」に繋がります。

 

娘は夏休み前に「登校拒否」に入りました。

丁度「エサレン研修」中でしたので、

傍に居てやれない悔しさがありました。

歯痒い思いでした。

 

世間の「いじめ」が娘にも!

 

それから約二ヵ月間、

女房は娘と添い寝を続けました。

二学期からは学校へ行ってくれるのか、不安の中で。

 

不安定ながらも二学期からは学校へ行くようになりました。

 

しかし、当事者は普通に友達と楽しそうに学校生活を楽しんでいるようです。

娘はその姿を見るだけで苦しみます。

 

その内、クラスでは苦しんでいる娘の方が悪いかのような空気になって来ていました。

 

特に思春期故に、割り切る事が出来ません。

拘ってしまうのです。

 

「悪いのはあいつなのに、のほほんと学校へ来て楽しんでいる。

被害を受けた私はこんなに苦しんでいるのに!

悪い相手が何故苦しまない。」です。

 

被害者と加害者の気持ちの違いです。

 

被害者は、その苦しみを持ち続けます。

 

加害者は、その苦しみから逃れるために、忘れます。

 

 

私共の生徒さんの中に「教誨師」の方が居られます。

 

刑務所へ出向き、

受刑者の話を聴き更生への、

助けをします。

ボランティアで。

 

しかし、教誨師、刑務官の前では、

更生しますという顔をするそうです。

仏像に手を合わせ被害者の人に対し祈るそうです。

 

仮釈放を得るために。

直ぐに再犯を犯す人が多いようです。

 

韓国大統領の言葉ではありませんが

「被害者は1000年経っても、心に残っている」

 

何も、加害者は一生、

末代までも罪の意識を持って、

小さくなって生きろなどとは言いません。

 

人は、人を傷つけるものです。

真っ正直では生きていけません。

 

もし、図らずとも人を傷つけたら、

傷つけた人の心の痛みを感じ、

我が身に起きた痛みとして感じ取る

「思いやり」が必要です。

 

相手の心を傷つけた事を、

心に留めながら更生して人生を生きる事が、大切かと思います。

 

ここにも、「受容と共感」の難しさが出てきます。

 

娘は、今でもその事で苦しんでいます。

「そんなもんなんだ」と割り切れるようになれば、楽なのですが、

なかなか旨く行かないようです。

 

私たちが、気を使わせないように「笑顔」を出してくれています。

傷ついた心はまだ癒えて居ません。

 

子供から、大人へ変わる時期です。

この苦しみがやがて娘を、

強く大きくしてくれると信じて居ます。

 

春から始まる、「高校生活」が楽しいものになる事を祈ります。

 

今も、娘に何をしてやれるか?

葛藤しています。

 

カウンセラーとしては、失格ですね!

 

 

 

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