TKN心理サロンブログ:父親として「永遠の0」

yokoitomizou 2014年2月4日 by yokoitomizou

今話題の映画「永遠の0」は、まだ観れていません。

 

子供の受験などで、

スケジュールが合わずこのままでは、

観損ねてしまう可能性おおいにあります。

又、ビデオ鑑賞になりそうです。

 

そこで、文庫本を読みました。

映画を先に観るか、本を先に読むか?難しいところです。

本を先に読むと、

あらすじが分かってしまい、

映画の先読みをしてしまいます。

 

当然、原作を映画のあらすじとのズレが出てしまい、不完全燃焼になりがちです。

 

原作を読み、私なりの思い入れで「ストーリ構成」が出来てしまい、

期待通りにあらすじが展開せず「何で!」という思いがよくあります。

当たり前です。

私は映画監督でもないし、

脚本家でもないのですから、

原作から監督が思い描いた世界が映画になるのですからね。

 

 

映画では、どの様に描かれているか分かりませんが、

主人公の「宮部」さんの、

思い出や証言を聴きまわっている処で、

 

「家族の元に帰る事です。」の言葉の意味が問われています。

『「家族」というものが、「男が守るべきもの」だ』。

 

『戦争が終わって復員して所帯を持って、

そして子供が出来て初めて、

自分の人生が自分だけのものでない事を知った。

男にとって「家族」とは、全身で背負うものだと言う事を知った。』

主人公が、「生きて家族の元に帰る」事に執着していた事の、大きな理由の一つのようでした。

 

「男とは」と、言う気はありませんが、

家族全体の向上をさせる環境を作る為に、

家族を理解し、成長を進める機会と環境作りをいし、

一人の指導者が、

家族対し、

どの様な課題を行い、

報酬や罪を決定し、

子供のとって見本となる重要な人物。

そして、責任を逃れる余地のない立場の人。

 

それが「父親」(家によっては、母親でもかまいませんよ)

(この部分は「専科講座:エリクソンで伝えている処です。)

 

だからこそ、生きて「家族の元へ帰る」

 

原作には、もっと色んな意味が含まれていると思います。

私自身、家族に対してその「責任」があります。再確認をしました。

 

原作を読んで、色々と考えさせられました、感激した部分も多々ありますが、この部分に心惹かれました。

 

スイートピー

 

コメントは受け付けていません。